第9話


「各々状況を報告しろ」


 すでに人化の魔法は解いている。今外気にさらしているのはヴァルク本来の姿だ。


 計六枚の翼。荘厳な金と禍々しい黒を兼ねた様相は、見る者によって幾多にも印象が変わる。


 神の裁きか、悪魔による理不尽な略奪か。仰いだ村人はどちらかを思いながら死んでいったに違いない。


 ヴァルクは上空から村を見下ろしている。


 捜すならまず高い所から。捜索の常識とされる手法だ。上からなら多少の障害物を無視して辺り一帯を見渡せる。


 逆を言えば、障害物に隠れた相手を見つけるのは困難だ。


 まだ勇者を発見できていない。結界魔法を使っているヴァルクはこの場を離れられない。部下からの交信を待つしかないのが現状だ。


「こちらウィーグ。空から勇者を捜索中。対象を見つけるには至っておりません」

「こちらドラキー。対象発見には至っておりません。村人に居場所を吐くように要求しておりますが、いまだ勇者の所在は不明です」


 普段のドラキーは敬語から程遠いしゃべり方をするが、公式の場においては他の配下と似た口調で話す。


 親友でも特別扱いしては示しがつかない。ヴァルクはもちろん、ドラキーもその辺りのことはわきまえている。


 他の配下からの報告も終わって、ヴァルクは体の前で腕を組む。


「見つからない、か」

「引き続き捜索しますか?」

「捜索を続けたとして結果が出ると思うか? この村の敷地はそれほど広くない。ここまで難航するということは、我々は何かを見落としていると考えるべきだ」


 どこかに隠れているのか、包囲する前に村を出ていたのか。


 数日前から配下が村の外を見張っている。外に出る者がいればヴァルクの耳に入ったはずだ。


 消去法で隠れていることになるものの、障害物は一つや二つじゃない。建物、岩、川、森。可能性を考えればキリがない。こうしている間にも有事を知った別勢力がユーキィ村に集結することも考えられる。


 確実に、堅実に。この日の内にかたを付ける必要がある。


「……仕方ないか」


 ヴァルクは深く空気を吸い込んで配下に伝達する。


「こちらヴァルク。一時的に結界を解くから全員外に出ろ。全員の離脱を確認後ユーキィ村を地図から消す」

「魔王、それは……」


 ドラキーの言葉は続かない。


 配下の心情を理解した上で続けた。


「必要な犠牲だドラキー。言いたいことは分かるが、ここは口を閉ざせ」

「……承知いたしました」


 勇者捜索の任に当たる全員から離脱完了の報告が入った。


「……やるか」


 体の前で両手を固定した。手と手の間に光を吸うほどの濃密な黒が収束する。


 人や魔族が保有できる魔力総量は決まっている。 強力な魔法ほど発動には大量の魔力が必要だ。


 一人ではまかなえず、数十人集まってやっと発動にこぎつけるものもある。人数が多いほど効力も高まり、広範囲を灰燼かいじんと化すことも可能になる。


 ライアはその類の魔法を一人で行使できる。


 邪神に授けられた恩寵がもたらす効果は単純明快。莫大な力を無限に引き出せるというものだ。


 どれだけ魔力消費量が多い魔法でも、際限なく引き出せるならコストは機能しない。


 まさしく無限の可能性。あらゆる制限を取っ払った規格外には、効率を重んじる従来の技など必要ない。大海のごとき出力にはふさわしい器がある。


 歴代の魔王もヴァルクと同じことを考えた。邪神の加護を最大限活用できるように試行錯誤した。


 邪神の加護を獲得し得た者だけが、発動にまでこぎつける魔の極致。それが光を呑み込む漆黒の波動となって解き放たれた。


 青々しい景観から色彩が失われた。捜索に邪魔だった建物や樹木もその色を失って霧散する。


 生き物とて例外ではない。黒い魔の手に触れた先から文字通り『終わる』。逃げ惑う村人が一人、また一人と原型を失う。


 滅びの闇は止まらない。


 ユーキィ村に属する全てが、この世界から失われるまで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王は追う。勇者は逃げる 原滝 飛沫 @white10

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ