第5話


「それで、私に何か用でしょうか?」

「特に用があったわけじゃないんです。ひょっとして稽古がいそがしかったですか?」

「いえ、一区切りはついていました。わざわざ森の中まで足を運んだからには、特別な話でもあるんじゃないかと思っただけです」


 稽古は村の近くにある森の中で行うと決められている。


 剣を打ち合わせればそれなりに音が鳴り響く。人のいる場所や住居近くでの稽古は迷惑だ。木々が音を吸収してくれるから都合がいいとラセルも告げていた。


 実際は勇者がいることを村人に隠すためじゃないか? ユミアは個人的にそう考えている。


 現にユミアは自身が受ける加護について、他者に話すことを厳しく禁止されている。人に広めた情報は言葉を介して伝播する。情報を隠し通すのは不可能だ。


 勇者の所在が突き止められれば、魔族が総力を以って殺到することが想定される。 魔族に脅されれば弱い人は勇者の居場所を吐くしかない。ユミアはまだ聖波動の使い方にうとい。魔王と対峙しても敗北は必至だ。


 今やるべきは時間稼ぎ一択。自分から広めなければ、第三者が知るまでの時間を稼げる。正体を隠すよう言われているのは、それが理由なんじゃないかとユミアはにらんでいる。


「ピンベルさんは森が好きなんですか?」

「いえ。虫や獣が出ますし、どちらかというと苦手です」

「では剣術に興味が?」

「痛いのは嫌いですね」

「…………」


 ユミアは他に話題を挙げようとして、思い浮かばずに口をつぐむ。


 ラナがおどおどしつつ上目遣いを向ける。


「あの、ユミアさんとお話ししたかったから、では駄目ですか?」


 ユミアは目をぱちくりさせた。胸の奥にじんわりと温かいものが込み上げる。


 ユミアが言葉を交わす相手は限定されている。話す内容も魔族との戦争を見越した内容にかたよる。小難しくて興味のない話も、勇者だから仕方ないと考えて耳に入れてきた。


 話し相手はいつも年上。ユーキィ村に引っ越してから同年代と談笑したことは一度もない。戦争と深く結びついた自分と関わりたがる同年代などいるはずがない。ユミアはたかを括ってきた。


 ラナにぶつけられた願いは、ユミアには少しばかり面映ゆい。


「気の利いた答えは返せないかもしれませんよ?」

「大丈夫です! 私がフォローします!」


 ふんすっ! とラナが鼻息を荒くして両の拳を握る。


 力強く意思表示する姿が第一印象からかけ離れていて、ユミアは思わず笑った。久しぶりに味わう可笑しさが心地良くて歯止めが利かない。


「ど、どうして笑うんですか?」


 眼前の顔がおどおどする。


 ユミアは笑い涙を指で拭いた。


「すみません、笑うつもりはなかったんです。ピンベルさんは面白い人ですね」

「面白いですか私? そんなこと初めて言われました。それじゃ、面白い私が盛り上げなきゃですね。頑張りますっ!」

「はい。期待していますね」


 すっかり期限を良くしたラナと肩を並べて坂を下った。平坦な道にブーツの裏をつけて、畑や池などのどかな自然の景観を視界に収める。


「アイルメリアさんはどうしてユーキィ村に来たんですか?」

「自然が豊かだからです。私は生まれつき体が弱かったので」


 嘘じゃない。


 ユミアは小さい頃から病気がちだった。見かねた父が緑豊かな地で療養できるようにと別荘を建てて、村にユミアを移住させた。


 意味合いが変わったのは、ユミアが神から祝福を受けてからだ。


 古来より神に選ばれることはほまれとされる。ユミアの両親も当初は別荘に駆け付けて、娘に恩寵おんちょうを授けられた事実を喜んだ。


 しかし魔族の動きが活発化して話が変わった。ユミアが勇者に選ばれたのを機に、魔族がこれまでにない動きをみせるようになった。


 神の加護と魔族の動き。関連づけて考えるのが自然だ。


 魔族が勇者となった人間を捜している。見つかればどんな目に遭うかは明白だ。ユミアは戻ってくるなとお達しを受けた。


 ユミアは泣いた。誕生日に買ってもらったぬいぐるみを抱きしめて、一人慟哭どうこくした。


 泣いて、叫んで、落ち着いてから公爵令嬢のユミアではなく、勇者ユミアとして生きることを決めた。師範のラセルに教えを請い、将来相まみえるであろう敵と戦う力を磨いた。


 療養のために訪れたユーキィ村は今や立派な隠れ家だ。


「私のことはいいです。ピンベルさんのお話を聞かせてください。虫や獣が苦手なんですよね。何か嫌な思い出があるんですか?」

「ありますよ。頭の上から落ちてきたり、寝ていたら目の前を通過されてぞわっとしました」

「それは災難でしたね」

「嫌な思い出はそれだけじゃないですよ。おしゃれなお店はないし、男の子がいじめてくるんです」

「ピンベルさんはこの村を離れたいですか?」


 それがいいと思う。勇者のいる場所は狙われる。村から出る機会があるなら早い方がいい。


 悪いことを連ねるにしては、ラナの表情は明るかった。


「そんなの考えたことないですよ。確かに不便なことは多いですけど、空気は美味しいし景観はきれいなんです。自然と生きてる感じがするっていうのかな、そこは悪くないって思ってます」


 告げたラナの表情に照れ笑いが浮かぶ。


 なんだかんだ生まれ育った村が好きなのだろう。ユミアはどこかほっこりとした気持ちになった。


「私、ラナさんのおすすめスポットを見てみたくなりました。連れて行ってください」

「じゃあ川はどうですか? 水がひんやりして気持ちいいんです」

「いいですね。行きましょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る