第4話
「――ッ!」
少女の足を覆う白いブーツが地を蹴った。
煌めく金の髪、陶器のような白い肌。日の光を擬人化したような少女が空気を突っ切って空間が華やがせる。
美麗な少女の右手には一本の剣。古来より力の象徴としてあつかわれてきた得物が握られている。
少女の容姿ならシンボルとしての役目を十分に果たせる。何せ元がお花を摘んでいそうな少女だ。その端正な顔立ちが微笑むだけで、場は一枚の絵画に昇華する。人の目を惹くにはこれ以上の逸材はいない。
もっとも誰かがそんなことを口にすれば、少女は形のいいまゆをひそめるだろう。彼女はシンボルとしてではなく、守る力を身に着けるべく剣を振るっているのだから。
「ハッ!」
迎え撃ったのは年上の女性。白いドライフラワーが黒い髪によく栄える。剣を握る点は少女と同じだが、構えは熟達したものを感じさせる。
見て分かるほどの実力差がありながら打ち合いは続く。一合、十合。剣身が接触するたびに乾いた音が鳴り響く。
心地よい金属音。二人で黙々と音を奏でるさまは楽器の演奏を想起させる。
「素晴らしい」
女性が思わずと言った様子でつぶやいた。
女性は手を抜いていない。
手札を全て見せていないという意味では手を抜いているが、体格の差は歴然。互角に戦えているだけでも異常だ。
人々はこの少女を天才と呼ぶ。
勇者の二文字は祝福であると同時に呪いとなる。魔王を打ち破れるのは勇者のみ。うら若き乙女だろうと否応なしに戦う運命を背負わされる。
邪神の加護が強力であるように、神の加護も対象があるべき領域を超越させる。将来は人類最強の戦力となる。人々からの期待は重い。
勇者なら活躍して当然。勝って当たり前。人々の間でそんな考えがはびこっている。努力しても少女を褒めるのは一握り。勇者とて人間、そんなあつかいを受けてはいずれ精神が
一言でも褒めてくれる相手に出会えたことは、少女にとって数少ない幸運の一つだ。
「あっ⁉」
少女の手から剣が弾き飛ばされた。打ち上げられた得物が弧を描き、重力に引かれて地面に突き刺さる。
女性の吐息が空気を揺らした。
「強くなられましたね、ユミアお嬢様」
「負けては意味がありません」
「駄目ですよ、以前教えたじゃないですか。いずれ
「そこまで前向きには考えられません」
「できないからこそ練習するんですよ。剣と同じです」
ユミアは歩みを進めて剣の柄を握った。地面から引き抜いて再度構える。
「次お願いします」
「その前にお嬢様、それを私に」
女性が左手を差し出した。
「は、はぁ」
ユミアは戸惑ったのちにブーツの裏を浮かせる。視線を剣身に落として、得物に異常がないことを確認して小首を傾げる。
剣の譲渡が行われて、稽古相手がにこっと口角を上げた。
「では、今日の稽古はここまでにいたしましょう」
「え、でもまだ日は高いですよ?」
「これは師範からの命令です。ここのところ根を詰めすぎましたし、残りのお時間は
「遊ぶなんて、そんな時間は」
「あります。お嬢様もなさりたいことはあるでしょう? 貴方の故郷と比べればユーキィ村に物はありませんが、散歩するのも
「お友達ができたとして、私は何をすればいいのでしょうか?」
女性が困ったように頬をかいた。
「あ~~うん、そうですね。ずっと訓練してきたんですもんね。ちゃんと遊び方もお伝えすべきでした。申し訳ございません」
「謝らないでください。今謝られるのはとても不愉快です」
ユミアが白い頬を小さくふくらませる。
女性が苦笑して、離れた樹木に視線を向けた。
「ところで、そこのお嬢さんはお知り合いですか?」
「え?」
ユミナは女性の視線を目で追って振り向く。
木の幹から帽子がはみ出ている。
「あ」
目が合った。帽子の主が頭部を引っ込めて樹木の幹に隠れる。
「ピンベルさん? 今日も来ていたんですね」
ラナ・ピンベル。よく稽古を
「あ、えっと、こんにちは」
「こんにちは」
ユミアは口角を上げて微笑を作る。
剣の師匠が体の前で両手を打ち鳴らした。
「ちょうどいい。ユミアお嬢様、彼女にエスコートしてもらってはいかがでしょうか?」
「エスコート?」
「そうです。今日は彼女と一緒に遊んできてください。私はやるべきことがあるのでお先に失礼します」
「え、ちょ、ちょっとラセルさん⁉」
稽古相手が背中を向けて走り去った。
二人きりにされて、ユミアはピンベルに向き直る。
「ピンベルさん、今日はどうしました?」
「近くまで来たので寄ってみました。その、駄目でしたか?」
「駄目ではありませんけれど」
ユミアは眼前の少女とあまり親しくない。せいぜい村を歩いている時にあいさつするくらいだ。談笑はおろか、共通の趣味で盛り上がったこともない。
ユミアに間を持たせる自信はない。帰宅して湯浴びをしたい衝動に駆られる。
「…………」
ラナが話したそうな視線を送っている。
人生経験に乏しいユミアでは、この視線を振り切って帰途につくのは不可能だった。
「散歩をしたい気分なんです、付き合ってくれませんか?」
「は、はい!」
ラナの表情がぱぁーっと明るくなった。小さな体が木陰から飛び出して駆け寄る。
ユミアは村への一歩を踏み出した。
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