第2話


「面を上げよ」


 厳かな広間にて、玉座に座す者の声が響き渡る。


 見た目は小柄な少年だ。


 長めの髪は光を吸い込むほどに黒い。対照的な白い肌も相まってまった雰囲気を醸し出している。まだ顔にあどけなさこそ残るものの、魔族の中で突出した力を誇る王だ。


 頂点にいる者の余裕だろう。ひじ置きにひじ杖をつき、不敵な笑みをたずさえて部下を見下ろしている。


 派手な赤いじゅうたんの上で人型が頭を上げる。


 まるで生気がない。背からマントを垂らして静謐せいひつとするさまは神官のごとき様相だが、顔面はのっぺりとしてつかめそうな突起がない。薄い生物味は見る者に恐れと不快感を覚えさせる。


 一目で魔族と分かる人型が、あろうことか人間にひざまずいている。はたから見れば異常な光景だが驚愕をあらわにする者はいない。


 王たる少年が人間の様相を呈しているのは、本来の姿では燃費が悪いという理由に起因する。


 資源は無限ではない。食費や魔力がもったいない。それらの浪費を抑えた上で、生活に最低限必要な要素を備えるのが人の体だった。魔法で自らの体を偽った結果が少年の様相だ。


 人類と魔族は戦争の真っ最中。好き好んで敵勢力の身なりを真似する者はいない。ごく一部を除いて、ほとんどの魔族が燃費の悪さを許容して生きている。


 少年はそのごく一部に属していた。


「魔王よ、恐れながら申し上げます。先程考案なされた襲撃作戦、ご再考いただけないでしょうか?」

「俺の考案した作戦に不備があると?」

「とんでもございません。勇者が成長しきる前に叩く。理屈の上では非常に合理的でございましょう。私が申し上げたいのは、魔王が直々におもむかれる必要があるのか、という点にございます」


 少し前、どこかの誰かが神の祝福を受けた。


 闇の力を司る邪神は魔族に力をもたらす。その対に位置する神が恩寵を授ける対象は人間以外にあり得ない。


 勇者は確実に存在する。成長する前に潰すのは至上命題だ。魔族はこの目的を掲げて今まで秘密裏に奔走ほんそうしてきた。


 勇者の成長具合が戦況を左右することは人類も心得ている。あちらはあちらで魔族の動きを牽制しつつ、神々に選ばれた者を捜している。


 どちらが先に勇者を見つけ出すかは戦争の勝敗に直結する。人類と魔族、どちらも手を抜かずに捜索を続けた。


 努力は実った。魔族は勇者が隠れ潜んでいると思われる地を見つけ出した。


 人物の詳細までは分からない。


 それでも所在は突き止めた。人類軍はまだ正確な位置を特定できていない。


 勇者を神の加護ごとこの世から消すなら今が好機だ。魔王は迅速に強襲作戦を考案し、自ら先頭に立つ意思を伝達した。大神官がその作戦に異を唱えて今に至る。


「最も強き者が戦地におもむく、それの何が悪い?」

「魔族は魔王の力を旗印としてまとまっております。万が一にも敗北なされるようなことがあれば、他の魔族が空いた玉座をねらって内部分裂を起こすでしょう。優勢な現状もたちまち崩壊することが予想されます」

「つまり俺が負けると、お前はそう言うのか?」

「あくまで可能性の話にございます。神々が勇者に与えるのは、邪神がもたらす闇に特効の光。対峙すれば少なからず敗北のリスクが発生します。我らが魔王軍には他にも屈強な戦士があふれておりますゆえ、ここから先は配下に任せるべきだと愚考いたします」

「そうかもしれないな」

「では――」


 人型がバッと顔を上げる。

 

 少年が右手をかざした。


「早合点するなエヴィフ。勇者の光が我らが神の力に対して特効を有することは知っている。だが今しかないのだ。今なら俺本来の力でどうとでもなる。ゆえにこそ力のあつかいが未熟なうちに叩かねばならない。それこそ取り逃すことのないよう徹底的にな」

「ならば少数精鋭ではなく、軍を動かして包囲殲滅はいかがでしょうか?」

「ならん。出軍は動きが大規模になるし移動も遅い。人類軍に勇者の所在を教えるようなものだ。それを防ぐためにも至急的かつ速やかに動く必要がある」

「そのようなお考えがあってのご判断でしたか。てっきり、周りの目を気になさったがゆえの苦肉の策とばかり」

「無い口を閉じろ、首を刎ねるぞ」

「申し訳ございません」


 のっぺりとした顔がこうべを垂れる。


 脅したにもかかわらず声色は平坦。大神官の立場は魔王と持ちつ持たれつだ。この程度で処分されることはないと高をくくっているのだろう。


 少年はため息をこらえて言葉を続けた。


「とにかくこれは決定事項だ。どうしても止めたければ、俺を力でねじ伏せられるだけの猛者を持ってこい」


 魔王は魔族の中で、最も戦闘能力の高い個体がつく階級だ。


 魔族は強い。妖しげな術を用いなければ人の身で抗うことも叶わない。


 魔族の頂点に君臨することは、世界で最も強き存在であることの証明だ。より強き戦士をつれてくるなど無理難題。実質何をっても覆さないと宣告したようなものだ。


「おたわむれを。魔王を超える強者など在るはずもございません」

「ならばもう下がれ。これ以上俺の時間を奪うな」

「ははっ」


 のっぺり顔の人型が下がる。


 ここに謁見えっけんが終了した。

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