魔王は追う。勇者は逃げる

原滝 飛沫

1章

第1話


 人類と魔族は争っている。


 互いに違う神を主と掲げて、おのれが信仰のために得物を振るう。


 神々は信徒の信仰に応えて、それぞれ異なった加護をもたらす。


 選ばれた人間には魔を討ち払う光が与えられる。


 異形の群れを率いる魔の王には純粋な暴力が付与される。


 この日もまた人類に祝福がもたらされた。光のカーテンが世界に下りて、人々は作業を忘れて夜天を仰いだ。


 人類にとっては救世の光だ。人々は目元からあふれた滴で頬を濡らした。体の前で両手を組み、蒙昧もうまいなる自分たちに手を差し伸べた神を礼賛した。


 それは聖なる神の祝福。魔なる者にとっては忌むべき兆候。


 しかし異形の群れもまた歓喜で賑わっていた。


 聖と邪。二種の加護が世界にもたらされるのは同じタイミングだ。


 すなわち魔族にも神の祝福がもたらされた。魔族領が極夜にも劣らない闇に浸され、禍々しい炎の柱が天を衝いた。


 一人の人間と一体の魔族が恩寵おんちょうをたまわった時から、人類と魔族の駆け引きが始まる。


 古来より、魔族の王を討つ者は勇者と呼ばれる。


 邪神の加護を得た魔王は強大だ。人の身で勝利するには、神よりもたらされた加護が不可欠。特効となる力を保有した勇者だけが唯一魔王を打倒し得る。


 人類は勇者を魔の手から遠ざけつつ、その成長を促す。


 魔族は策をめぐらし、勇者が成長し切る前に叩き潰す。


 人類と魔族。次の選定までどちらが世界の覇権を握るかは、勇者が魔王を倒し得る力を獲得するかにかかっている。


 ゆえに勇者には過酷かこくな運命が待ち受ける。


 非力だろうと関係ない。神に選ばれた、それだけで殺気をぶつける魔族が集まる。屈強な異形に追われる生活が始まる。


 人々も勇者を頼りにして集う。戦いから逃げることは許されないし、誰も許可してはくれない。殺伐さつばつとした運命のかごに囚われる。


 数百年前から続く、何度目か分からない追跡劇が幕開けた。

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