22 開戦
翌朝は、警報で目が覚めた。
いつでも動けるように、俺は着替えないまま寝ていた。
身体を跳ね起こすと、走って砲座へのはしごに向かい、急いで登る。
登りきると、雲一つない青空が見えて。
その空を背に、濃緑色の山が、動いていた。
グ級が、活動を開始した。
「ミラ、ロークス!」
耳に装着したままにしていた端末に向かって、声を上げた。
「ああ、聞こえているよ」
「おはよー、朝から元気だね」
二人の声が返ってくる。
「グ級が動いたぞ」
「うん、そうね」
ミラの口ぶりは、庭先に野良犬が出たぐらいのゆるい反応だった。
「ま、もうすぐ指揮官から命令が来るはずだよ」
するとミラの言うとおり、通信に鋭い声が割って入ってきた。
「諸君、二号のサージだ。グ級が動き出した。昨晩届けた作戦要綱に従い、各機、第一段階に入れ」
第一段階。
それは、最初の計画どおり、円周状に掘られている空濠に、グ級を誘導することだ。
昨日の軍議のあと、ミラとサージは作戦を組み直すために、五時間も打ち合わせを続けていた。
その結果として、飽和攻撃を行うにしても、まずは空濠に落とすことが有効、という結論に至ったらしい。
「じゃ、いっちょはじめますか」
ミラの声とともに、かがんでいたマハガは、ぐらりという揺れとともに立ち上がる。
「ティグレ君、まだ主砲は撃たないでいいからね」
ロークスの声に、「分かってる」と返す。
作戦第一段階では、マハガはまだ主砲を撃つことはしない。
飽和攻撃に向けて力を蓄えておく、ということだった。
そのかわりとして、グ級の気を引きつけるために、一番派手な砲撃ができる
バリバルタだ。
「よっしゃ、ぶちかましたるわ! 全砲門、構えぇ!」
リーンの
その声に、耳元の端末が震える。思わず俺は、身をすくめた。
「撃てぇっ!!」
バリバルタの背中に生える何十本もの棘が、一斉に火を噴く。
飛び行く砲弾は、ひゅるひゅるという音とともに風を切って。
グ級の頭部で、凄まじい爆発と火柱が起こる。
一拍置いて、マハガの砲座にも轟音が届いて。
次いで、爆風に巻き上げられた砂塵が、マハガの装甲にぶつかってぱらぱらと音と立てた。
「すごい迫力だな……」
目を覚ましたばかりのグ級は、わずかに頭部を傾けたようだった。
俺は、手元の双眼鏡でグ級の頭を見る。が、大きなダメージは受けてはいないようだった。
並みの巨獣なら一撃で倒れるはずの、バリバルタの一斉射撃。それをまともに喰らっても、傷一つない。
「グ級の防御、どんだけ堅いんだよ……」
すると、ふたたびリーンの声がする。
「第二射、全砲門構え!」
バリバルタの背中の棘が、グ級の頭に向けられる。
「撃てっ!」
砲弾の群れが、空を切って飛んでいく。
だが。
その瞬間、グ級の頭から首にかけて、濃い緑色をした表面が、一斉に青く変色した。
「開花した!?」
それも、あんな瞬時に。
すると、まばたきひとつした後に。
グ級の頭の少し上のほうで、球体状の稲妻のような光が炸裂した。
その光が発せられたと同時に、空中で爆発が起こる。
俺は思わず、目をつぶった。
「――なんだ!」
通信に、切迫した声が入る。
「砲弾、消滅!」
「くそっ、迎撃されたんか!」
バリバルタの砲弾は、稲光に飲み込まれて爆発させられ、グ級に届かなかった。
するとグ級は、地に伏せるようにしていた頭を起こして。
まるであごを外すかのように、その巨大な口を開いた。
口の内部には、上下ともにびっしりと、やすりのように歯が生えていた。
グ級は、息を吸い込むように動きを止めて。
咆吼。
大地も、空も、居並ぶ
すべてが、震えた。
耳を押さえても、その叫びは鼓膜を破らんばかりに突いてくる。
めまいがするぐらいだった。
が、すぐに耳元の端末から、ミラののんきな声がする。
「よーし、グ級ちゃん、やっと目を覚ましたみたい」
「ミラよりずっと寝起きがいいみたいだね」
「――ロークス、だまってて」
ミラのふくれっ面がかんたんに想像できた。
相変わらずのこの二人の余裕は、どこから来るんだろうか。
と、通信にサージの声が入ってくる。
「バリバルタは後退しつつ、グ級に対して射撃を継続。
「了解、移動開始」
ロークスの声とともに、マハガは動く。
砲座から周りを見ると、他の
マハガに揺られながら、俺はグ級をじっと見ていた。
グ級は、歩行を開始していた。
本当に、山が動いているみたいだ。
動作はゆっくりしているが、その重い一歩一歩は、凄まじい地響きを起こす。まるで大地を割ってしまうかのように。
あれと戦っているんだ。俺たちは。
そう思うと、身震いがした。
競技魔法のときの、決して死なないように守られた戦いとは違う。
これまでの巨獣との戦いも激しかったが、それともまた違う。
なんだか、嵐や地震のような、絶対的な自然と対決しているような、そんな恐ろしさ。
これは本当に、命を賭した戦いなんだ。
散発的に砲撃を繰り返すバリバルタのほうに、グ級はまっすぐ向いて進んでいる。
その前脚には、徐々に空濠が迫っていた。
「誘導は順調。空濠まで、推定で三百ミルター」
「了解。バリバルタ、誘導砲撃を続けよ」
「承知ぃ! もっと撃ち続けるんや! 当たらなくてもかまへん!」
背の棘から火を噴きつつ、疾走するバリバルタ。
その先には、黒金色に鈍く光る、巨大な壁のようなものが立つ。
五号移動要塞だ。
「グ級は間もなく空濠にはまる。バリバルタは五号の後背に入るとともに、誘導砲撃を終了。弾薬再装填の後、扇状陣に復帰せよ」
サージの命令に、ミラはひとりごとのように言う。
「やるなぁ、リーン。でもあそこまで派手にやったら、バリバルタはグ級の標的になってるはずだからね」
「グ級が撃ってくるだろうから、五号を盾にする、ってことか?」
「そゆこと」
俺の問いに、ミラは軽い調子で答えた。
「まあでも、グ級ちゃんがそんな狙いどおりに動くかっていったら、ねぇ」
ミラは鼻を鳴らす。
その瞬間だった。
グ級の盛り上がった背中が、青色に変わる。
背中の魔法花も開花したのだ。
「来るのか――?」
俺は、グ級が砲撃に移ると思った。
だが。
背中の魔法花が放つ青い光は、グ級の身体を垂れ落ちるように、脚のほうに広がっていく。
そして。
「――バカな」
サージは、自らの目を疑った。
空濠を目の前にしたグ級が、一瞬、身をかがめて。
その脚から、青い光の奔流を放って。
跳んだ。
空濠を、跳び越えた。
驚いたのはサージだけではない。
戦場にいた誰もが、目を見張った。
あの巨体が跳躍するなど、過去のグ級の記録にもないし、当然、誰にも想像がつかなかった。
着地と同時に、凄まじい轟音のあと、衝撃波が砂を巻き上げる。
突風が、すべての
「ぐっ!」
俺はとっさに伏せたが、吹きさらしのマハガの砲座は、砂嵐をもろに受けた。
金属をひっかくような音が、立て続けに鳴っていた。
「いままでと違う戦いをしようっていうのは、グ級もいっしょみたいだね」
艦長席のミラは、興味深いものを目にしたような顔をする。
そして、耳につけた端末に触れ、言う。
「二号の指揮官、応答願います」
「私だ、サージだ。どうした、マハガ」
「グ級が空濠にはまらないのだとしたら、作戦第二段階への移行は難しいかと」
「残念ながら、貴殿の言うとおりだ――が、何か考えがあるのか」
ミラが口元を笑ませた音が、聞こえるはずもないのに、聞こえたような気がした。
「ええ、とっておきのが、ひとつ」
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