21 作戦

「今回の作戦、足止めから、討伐に変えませんか?」


 ミラの声に、軍議の場にいた皆が、一様に彼女の顔を見た。疑いの、あるいはあきれたような眼差しで。

 どよめきも、さざ波のように起こっていた。

 作戦指揮官のサージは、皆を手で制して、声を上げる。

「マハガのミラ、だったな。貴殿の考えを聞こう」

「ありがとうございます」

 うやうやしく頭を下げると、ミラは話しはじめた。

「グ級に対応することにおいて、最大の難点はなんでしょうか? 私は、その巨大さだと考えています」

 当たり前のことを、という声が飛んでくる。

 ミラは意に介さず続けた。

「巨大であるということは、全身の表面積が大きい、すなわち表面を覆う魔法花の本数も多い、ということになります。そしてそれは、魔力量の膨大さにつながっています。魔力量が多ければ、攻撃力も防御力も高まります。これは、日常的に巨獣に相対している皆さんならば、経験として理解していることではないでしょうか」

 ミラは、一歩前に出た。

「グ級は、表層に魔法防御層を展開しています。これまでグ級に対しては、その巨大さによる魔法防御層の強靱さゆえに、結節点を突いて倒すことが困難と思われていました。過去二百年のグ級との戦いが、すべて足止めにとどまっていたことが物語っています。

 ですが、グ級は倒せる、と私は確信しています」

 ふたたび、どよめきが起こる。

 円座の中から「どうやるっていうんだ」という声が発せられた。

 ミラは、さもその声を待っていたかのように、口元を笑ませ、切り出した。

「五日前、我々のマハガは、その堅牢さゆえに十年間放置されていた、ビ級を討伐しました」

「あのビ級を――」

 指揮官のサージは、思わず言葉を漏らす。

「コトア、写真を見せてあげて」

「わかりましたわ」

 コトアは席を立ち、数枚の写真を手に、サージのもとに向かう。

 写真を手渡されたサージは、繰りながらそこに写されたものをじっと見ている。

 そして見終わると、隣に座る五号移動要塞の艦長に写真の束を手渡した。

「たしかにこれは、ビ級だ。討伐されているな」

 五号の艦長は、ひげを触りながらうなずいて、横に座っていたフリーランスの大傀儡アークゴーレムの代表者に回した。

「だが、どうやって?」

 サージはミラを見据えて、問うた。

「それは、我らがマハガの主砲から語ってもらいましょう」

 ミラは、俺のほうを見てうなずいた。

 俺もミラにうなずき返す。

「ビ級には、強力な偏向結界があった。結界のためにあらゆる攻撃が届かず、その結果、ビ級は誰も手をつけない巨獣となっていた。だが、この偏向結界を消失させ、結節点を破壊することに成功した。

 その方法は――」

 自分が唾を飲み込む音が、耳の中で響く。

「飽和攻撃だ。

 主砲を撃ち込み続けることで、偏向結界に負荷をかけ、結界を消失させた。巨獣が防御用に使っている魔力を枯れさせるんだ」

 すると、ひとりの大傀儡アークゴーレム乗りの男が手を挙げる。

「だが、ビ級の強力な偏向結界を使い切らせるほどの攻撃が、どうして可能だったのだ?」

 ミラは男に向いて、言う。

「ひとえに彼、ティグレの主砲の威力があってこそです。大威力の光線魔法を撃ち込み続けることで、偏向結界を打ち破ることができたのです」

 男はミラの言葉に応じる。

「だとしたら、グ級を倒すには、ビ級どころではない攻撃力が必要だ。さすがの君のところの主砲も、そこまでの威力はあるまい」

「ええ、ありません。ですが」

 ミラは、ややわざとらしい手振りを加えながら、円座の中心に歩み出る。

「ここには、十を超える大傀儡アークゴーレムが集っています。各々の大傀儡アークゴーレムは、いずれ劣らぬ主砲を揃えているはず。その打撃力を結集すれば、ビ級と同じことが、グ級に対してもできるのではないかと考えています」

 と、サージが立ち上がり、ミラに言う。

「つまり、ここに集結したすべての大傀儡アークゴーレムによる一斉射撃で、グ級に対する飽和攻撃を仕掛ける、ということか」

「はい」

 はっきりとうなずくミラ。

「ビ級のような明らかな偏向結界ではありませんが、グ級が全身に展開する魔法防御層を打ち破るために、有効かと」

 あごに手を当て、サージは考え込む。

 さきほどまでざわついていた、他の大傀儡アークゴーレム乗りたちの間には、いけるのではないか、という空気が流れはじめていた。

 はじめの疑念は、いまでは賛意に変わりつつあった。何よりも、ビ級を討伐したという実績が物を言ったのだ。


 しばらくの間を置いて、サージは言う。

「諸君、マハガから提唱された飽和攻撃による討伐作戦について、賛同する者は挙手を」

 フリーランスの大傀儡アークゴーレムの代表者は、九人中九人。

 そして、サージと五号の艦長も、ともに挙手していた。

「それでは、全員一致とみなす。本作戦の方針は、マハガ提唱のものに切り替えることとする」

 ミラは無言のまま、深々と頭を下げた。

 と、立ち上がったサージが言う。

「だがひとつ、懸念がある。結節点へ到達する射撃は、どのようにする」

「この場にいる中で、最も威力の高い主砲に任せるべきかと」

 ミラは、俺を一瞥いちべつする。

「だとすれば、その役割は――」

 サージの口から、俺の名が出ることを期待する。

 だが。

「四号移動要塞の主砲に、任せることとしよう」

「四号?」

 ミラは、想定外の展開に目を丸くしていた。

「四号は、最近新たな主砲を採用した。その主砲の威力は、文字通り桁違いだと聞いている。ならば、貴殿の提唱する結節点射撃にも適任だと考えている」

 俺は、思わず歯噛みした。

 俺よりも威力の高い主砲を撃てる奴が、辺境にいるっていうのか。

 いったい、誰なんだ。


 だが、サージは思わぬ言葉を続けた。

「が、あいにく四号移動要塞は、集結地点への到着が遅れている。到着を待っての作戦開始では、グ級が動き出す公算が高い。

 ならば結節点射撃は、ビ級討伐の実績がある、マハガの主砲に一任しよう」


 思わず、拳を小さく握る。

 横を見ると、コトアと目が合う。小声で「やりましたね」と言って、にっこりと笑っていた。


「それでは、具体的な作戦要綱については、マハガの艦長と協議の上、本日中をめどに伝えることとする。諸君は自機に戻り、準備を進めていてほしい」

 サージの言葉に、円座の者たちはばらばらと立ち上がり、その場を離れていく。

「では、ミラ艦長」

「はい」

 ミラは、サージの手招きにうなずく。

 こちらを振り向いて、ミラは。

「コトアとティグレは、マハガに戻ってて。飽和攻撃作戦になったことを、ロークスとファファに伝えておいてくれる?」

「わかりましたわ」

「特にファファは、ゆっくり休ませておいてあげてね」

 俺はうなずく。


 コトアとともに、俺はマハガへと戻っていく。

「どうしたんですの、顔がにやけていますわよ」

「あ――ああ、なんでもない」

 グ級の結節点への射撃を任されたことに、内心、誇らしい気持ちだった。

 それが無意識に、表情に出てしまっていたのだ。


 だが、ひとつだけ引っかかることがあった。

 四号移動要塞の主砲、だ。

 さも、俺が補欠であるかのように扱われるほどの威力、ということなのか。


 四号の到着は遅れているという。

 だがもし到着したら、結節点狙撃の役割は取って代わられてしまうだろう。

「それまでに――グ級を倒す」


 俺は、開いた自分の右手を見つめ、その手を強く握りしめた。

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