20 軍議
「あれが……」
ティグレは砲座から、マハガと併走する巨大な
丸々とした甲虫のような形をしている。
「辺境府の移動要塞――六足型なので、あれは二号ですわね。全長百十七ミルター、全高五十ミルター、乗員は二百名を超えると聞いていますわ」
「じゃあ、あれは?」
ティグレは、すでに集結地点に立つ、巨大な岩壁のような要塞を指差す。
「あれは五号。辺境府の新鋭機で、全長百五十ミルターと移動要塞中最大、かつ最も重装甲ですの。特殊な魔法装甲のおかげで、並みの巨獣の攻撃魔法ならば、かすり傷にすらならないそうですわ」
隣に立つコトアは、移動要塞のスペックをすらすらと挙げていく。
「で、あれが――」
その巨大要塞が小さく見えてしまうほどの、まさに山のような巨影が、その向こうに鎮座している。
「グ級、だな」
うなずくコトア。
見たところその巨体は、長さ五百ミルターはありそうだった。
うずくまっているためにひとつの山のように見える。だがよくよく観察すると、その四本足と長い尾のある形状は、トカゲ型巨獣をより頑丈に、より大きくしたようなものだった。
「大きいですわね……」
「ああ……」
コトアはカメラを構え、立て続けに何枚も、グ級の姿を撮影する。
「この写真も中央に送りますけれど……また、握りつぶされるのでしょうね」
目を伏せるコトア。
「中央にいたときは、巨獣の話を噂でも聞いたことはなかった。巨獣のことについては、徹底して情報を押さえ込んでいるんだろうな」
「そう、しかし疑問なのです。中央はどうして、巨獣のことをこれほどまでに明らかにしようとしないのかと」
ふむ、と唸る。
たしかにコトアの言うとおり、中央がここまでひた隠しにする理由がわからない。さらには、中央から辺境に出た者は、基本的に中央に戻ることはできない。
いったい、何が狙いなのだろうか。
ふと、思う。
「コトア。中央と辺境の間に巨大な水濠があるよな」
「ええ、ありますわね」
「あれは、いったいなんのために?」
「辺境が、流刑地でもあるのはご存じですわね?」
「ああ、知ってる」
「水濠は、そのための障壁だという説明が中央ではされていますの。けれど辺境の人たちは、巨獣が中央に入らないための守りだと考えていますわ。中央に巨獣が侵攻して、王朝が危険に晒されるのを避けるためなのでしょう」
たしかに、巨獣が中央に入り込んだとしたら、混乱は必至だ。
「けれど」
コトアは続ける。
「中央が隠しているのは、巨獣のことだけではないのです。辺境のほとんどのことは、中央に知らされません。きっとなにか、ほかに知られたくないことがあるように、わたくしは感じていますの……」
「なるほどな……」
コトアの言うことはもっともだと思えた。
執念深い、とまでいえるレベルで辺境のことを中央に隠すなど、深い理由があるように思えた。
すると。
「コートーア。ティグレー」
砲座へのはしごの穴から、ミラが顔を出して、俺たちを呼んだ。
「なんだ?」
「なんですの?」
「もうすぐ集結地点につくからね-。着いたら、
「えっ?」
「わたくしたちが、ですの?」
ミラはうなずく。
「例の作戦の提案には、ふたりがいっしょにいてくれたほうがいいからね」
例の作戦。
ビ級に対して取った、魔力消耗作戦のことだ。
「わかりましたわ」
コトアに続いて、俺もうなずく。
「じゃ、決まり。出かける準備、しといてね」
手を振り、ミラは降りていった。
コトアと顔を見合わせて、同時にうなずく。
いよいよ、対グ級作戦が始まるのだ。
◇
二号移動要塞の下には、巨大な白い天幕が張られていた。
その下には、辺境府の移動要塞、そして個人所有の
移動要塞は二号と五号。
移動要塞は、〈打撃群〉として、巨大な要塞一機に、小型の
個人所有の
「ミラ!」
「あ、リーン」
「滑り込みセーフやわ。出発遅れた上に、途中で小型の巨獣にからまれたんや」
「うちも、道すがら一体倒してきちゃったよ。それも……」
「それも?」
「あの、ビ級をね」
「ビ級!? うそやろ?」
リーンは、わざとらしいとも思えるぐらいに驚いた反応を見せた。
「ほんまやでー」
ミラは、怪しいイントネーションで、リーンの北方なまりを真似した。
「あんた、グ級本番の前になに重い仕事しとんねん……」
「どうしてもね、やっとかないとならなかったんだ。このときのために」
ミラが見せた真剣な表情に、リーンは目を細める。
「ま、あんたがそう言うなら、考えがあるんやろ」
「このあとの軍議、楽しみにしてて」
そう言って、ミラとリーンは、円状に並べられた代表者用の椅子に向かう。
「コトア、ティグレ」
「なんだ?」
「二人は、私の後ろの椅子に座っててくれる? 話してほしいタイミングで声をかけるから」
コトアと俺はうなずいて、ミラの後ろに座った。
それぞれの
みな、
そんな中、かっちりした黒の制服を着た女性が、立ち上がって声を発した。
よく通る声に、皆はいっせいに彼女の顔を見た。
「お集まりの諸君、対グ級作戦への協力、まことに痛み入る。
私は、辺境府の二号移動要塞艦長、本作戦の指揮官を務めるサージである。これより本作戦の概略について説明する。諸君からの質問や意見は、そのあとにお願いしたい」
居並ぶ面々の表情をざっと眺めて、異論がないことをたしかめると、サージはうなずいた。
「知ってのとおり、グ級は辺境最大の巨獣だ。十三年に一度目を覚まし、都市を襲撃することが知られている。現在、グ級には覚醒の予兆が現れており、一両日のうちには、活動を開始する想定だ。
グ級による被害は、他の巨獣とは比較にならない。ゆえに、ここで奴を足止めすることが我々の任務である」
サージは続ける。
「伝統的な方法ではあるが、本作戦においては、グ級の活動を阻止するべく、事前に用意した
そう言って、サージは自身の後ろにあった図を指す。
中心にグ級を模した記号があり、それを取り囲むように、二重の円が描かれていた。
「落とし穴ってわけか」
「そのようですわね」
俺のつぶやきに、コトアも小声で応えた。
「空濠は深さ四十ミルター、幅百ミルター。正直、五百ミルターのグ級を落とすには小さいが、奴の足がはまりこむだけの大きさはある。これを以て時間を稼ぎ、グ級が活動する三か月の期間を少しでも減らすことを目的とする」
そして、とサージは続ける。
「諸君らには、砲撃によりグ級を空濠に誘導する役目を頼みたい。そして、空濠にはまったところに攻撃を仕掛け、奴の体力を削る。
なお辺境府の五号移動要塞は、その防御力を以て、グ級の攻撃に対する
五号の艦長と思しき制服の男が、深くうなずいている。
「説明は以上だ。諸君らからの質問や意見を受けようと思うが、いかがだろうか?」
と、ミラが待ち構えていたかのように、手を挙げる。
立ち上がったミラの顔には、自信が満ちあふれていた。
「今回の作戦、足止めから、討伐に変えませんか?」
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