19 ひるね
動かざる植物型巨獣、ビ級。
これを打倒することは、グ級に挑むために必要なことだったと、ミラは言う。
「どういうことなんだ、ミラ。それならそうと、最初から言えばいいだろ」
ミラは考えなしだったのではない。
考えを明らかにしなかっただけだ。
だが、コロールで隠し事はなしだと約束した矢先に、また何か伏せていたのかと、そう感じてしまう。
「黙っていたことは謝るよ。さっそく、君との約束を破ってしまったことも。
でもさ、ティグレ。最初からこのことを話していたら、君はきっと手加減してた。結果、ビ級は倒せなかったはず」
「それでも構わないはずだ。どうして、無理をさせたんだ」
ミラは、はっきりとした声で言う。
「君が、そして私たちマハガが、グ級に勝つために必要なことなんだ」
グ級に、勝つために?
それとこれとが、どうつながるのかが分からなかった。
「ティグレ、君はグ級に勝ちたいと言ったね」
「ああ、言った」
「だけどそれは、何の代償もなしに得られる勝利じゃないんだ。最大最強のグ級を倒すためには、それなりの作戦がいるんだよ」
俺が望んだために、ファファを犠牲にしている、とでも言いたいのか。
腹の中で、何かが沸き立つような感覚だった。
「……説明してもらえるか、ミラ」
「グ級は、とんでもなく巨大なんだ。そして巨大だということは、そのまま魔力量の膨大さを意味する。つまりは、攻撃力も防御力も行動力も、破格だってこと。
それを倒すためには、魔力を削ぐしかないんだよ」
いつになく真剣な声のミラは、続ける。
「魔力を削ぐために一番簡単なやり方。それは、攻撃を与え続けることなんだ。
たとえるなら、雨粒一滴に、私たちを殺すような力はない。でも雨に降られ続けると、身体が冷えて体力が失われていくような感じ、っていえばいいのかな」
攻撃を与え続ける、ということ。
それは、さっきのビ級に対して、偏向結界を消失させるために、光線を打ち続けたことと重なる。
だが。
「グ級の大きさは、さっきの奴の比じゃないだろ。それこそ、ファファが死ぬぞ!」
「もちろん。だからなにも、ファファひとりにすべてを負わせようなんて、思っちゃいないよ。
これは、作戦に参加するすべての
「すべての、
「グ級討伐には、多くの
一斉に、グ級を継続的に攻撃することで、相手の魔力を消耗させ、結節点を撃ち抜く。
その最後の一手は、ティグレ、君に託したい」
「俺に――?」
「私の知る限り、一点集中で君ほどの大打撃を与えられる主砲は、ほかにいないからね」
一瞬、心が揺らぐ。
俺が、グ級にとどめをさすということなのか。
しかしすぐに、思い直る。
「ミラの考えはわかった。だが、ファファのこととのつながりがわからない」
「作戦指揮官に、交渉するために必要だったんだ。
足止めから、飽和攻撃による討伐に作戦を切り替えてもらうためには、それなりの説得材料がいる。だからこそ、これまで十年放置されてきた不動のビ級を、飽和攻撃で倒してみせた。これを応用すればいい、ってね。
コトア、さっきの写真、撮れてるよね?」
「えぇ、撮りましたわ……。最初から最後まで、何十枚も」
「ありがと。これで指揮官と話ができそうだよ」
グ級の作戦を控えて、わざわざビ級討伐に出向いたミラの狙いは理解した。
俺の不安は、ただ、一点に尽きる。
「――ファファは本当に、大丈夫なのか」
「その点については、僕が保証する。いまの
「信じていいよ。私にとっても、ファファは大事な家族だから」
ミラの声音は嘘をついていなかった。
気持ちが少し、落ち着いてきた。
「ミラ。食ってかかって悪かった」
「私こそ、ごめん。隠すような真似をして」
「とりあえず、下に降りる。ファファの様子を見たい」
俺はハーネスから留め具を外して、砲座から降りた。
生まれたときから過酷な宿命を負わされているファファに、これ以上、つらい思いをさせたくない。
マハガにいることが、ファファにとってつらいことになってはならない。
俺は、強くそう思った。
その足で、すぐにファファの炉箱に向かう。
炉箱にはすでに、ミラとロークス、それにコトアの姿があった。
ロークスは何かの装置で、ファファの様子を確認していた。
「大丈夫。ちょっと昼寝しているぐらいだよ」
「よかったですわ……」
コトアはほっとした表情をしていた。
「いつごろ目を覚ますんだ?」
俺の問いに、ロークスは首を振って返す。
「ファファ次第かな。でも起きるまで、僕はここで様子を見ているつもりだよ」
ロークスがついていてくれるなら、少しは安心できそうだ。
ふと、部屋の壁に背中を預けているミラを見た。その表情は、かすかに曇っているようだった。
ミラに歩み寄り、声をかける。
「どうしたんだ」
「ううん、なんでもない」
「なんでもないって顔じゃないぞ」
「いや、ね……ちょっとヘコんでただけ。私って、自分の都合でファファを扱っているんじゃないか、って思って」
その言葉に、そんなことはない、と気楽に返すことはできなかった。
それは、ミラだけの問題ではないからだ。
マハガを動かすために、ファファを炉箱に閉じ込めておくこと。
主砲を撃つために、ファファから膨大な魔力を引き出すこと。
どちらも、ファファを犠牲にして、成り立っている。
そして、ファファの願いをかなえたいと思えば。
いずれも、諦めるしかない。
俺は、マハガと、マハガの皆とともにいるこの空間が、好きだった。
だけどそれは、ファファの苦しみに支えられたものなのかもしれない。
幸い、と言っていいのか。ファファは、苦しそうな顔はしない。泣き言も言わない。俺たちを嫌ったりしない。
だけど。
本当に、それでいいのだろうか。
マハガを、失いたくない。
ならば、せめて。
「ファファのこと、大事にしてやろう」
ひとりごとのように、俺はミラに言った。
◇
しばらくして。
「ファファは、起きたか」
炉箱に入ると、ミラもロークスもコトアも、ファファもいた。
「起きましたわよ。ね、ファファ」
そう言って、コトアはファファのさらさらの髪に触れる。
「うん、おはよ」
「おはよう、ファファ。よく寝れたか?」
うん、と言ってうなずくファファは、俺の手元にあるものの匂いに気がついたようだった。
「ティグレ……それって」
「クッキーだ。それも、山盛りだぞ?」
「ふわあぁぁぁ……」
ファファの目が輝く。いまにもよだれが垂れそうなぐらい、口を開ける。
「ぜんぶ、たべていい?」
「もちろん。ファファのために作ったんだからな」
「やった!」
盛った皿がテーブルに置かれるのが待ちきれないといった様子で、椅子から立ち上がるファファ。
「ほら、どうぞ――」
と言い終わるよりも前に、ファファの手がクッキーに伸びる。
そして、口に放り込んで。
「――おいひい」
満ち足りた笑顔を、浮かべる。
抱えているはずの憂いなんて、かけらも見せない笑顔を。
「ティグレ、私も食べていい?」
「ダメだ。これはファファのだからな」
「えー、ケチぃ」
口をとがらせるミラ。
「……そう言うだろうと思って、いま追加を焼いてる」
「さっすがティグレ!」
「それは楽しみですわね」
「ああ、そうだね」
ミラもコトアもロークスも、穏やかな顔をしている。
和やかな空気が、炉箱のなかを満たしている。
いまの俺にできる、ファファを大事にしてやるということは、こういうことなのかもしれない。
そう、思えた。
グ級との戦いが近づくいまにあっては、なおのこと。
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