18 静止獣

 とある村の廃墟から、岩の柱が立ち上がっている。

 まるで、大地から生えたその柱に、村ごと刺し貫かれたようであった。

 柱の岩肌は、上に行くにつれて徐々に魔法花の葉に覆われ、まばらだった緑色が、次第に濃くなっていく。

 そして。

 そのいただきには、巨大な青い花が、口を広げるかのように咲いていた。


「ビ級植物型巨獣。発生から十年、誰一人として手をつけなかった巨獣か。

 ミラ、これが君の目当てかい?」

 ロークスは、魔法描画で表示された巨獣のスペックを見て、溜息をつく。

「そーだよ。グ級の肩慣らしにどうかなって」

「慣らすっていうか、肩壊しそうな気がするけどね……」

 だが、動かない巨獣など、簡単に討伐できるんじゃないのか、と思う。

「動かないんだろ、こいつ。どうして誰も狩ろうとしないんだ?」

「よく見てごらん」

 巨大な花からは、何十本ものツタのようなものが垂れ下がっていた。

 それらは、ただぶらさがっているようにも思えたが、よく観察するとかすかに、意思のある動きをしていることがわかる。

「あれは全部、巨獣の触腕しょくわんだよ。あれのせいで、接近戦を挑むことが極めて難しいんだ」

「じゃあ、遠距離攻撃なら」

 首を振るロークス。

「巨獣の周辺の光が、わずかに歪められているのがわかった。偏向結界だよ」

 偏向結界。

 久しぶりに聞く単語だった。

 競技魔法のとき以来だ。

「なんですの、偏向結界とは」

 コトアの問いに、俺は答える。

「魔法で、自分の周辺に入ってくるものの向きを変えてしまう領域を展開する。一種のバリアみたいなもんだ。競技魔法でもときどき使われる技だ」

「つまり、撃っても当たらない、ということですの?」

「そういうことだ」

 頬に手を当て、うなるコトア。

「近距離も遠距離も難しい。これが、ビ級が十年もの間、誰にも手出しさせなかった理由だよ」

 そう言って、ロークスはミラを見た。

「ミラ、何か考えがあるのかい?」

 いつもどかーんとかばーんと言っているミラに考えがあるはずが――。

「ティグレ、競技魔法だったら、この相手どうする?」

「え?」

 意外な問いが、ミラから投げかけられた。

 俺は小さくうなりながら、戦い方を想像する。

 だが、思い浮かんだのは。

「……俺なら、とりあえず撃ってみて、それから考えるな」

 たいした答えじゃなかった。

「よし、じゃあそれでいこっか」

 拍子抜けする。

「それでいいのか?」

 やっぱりミラ、何も考えてなかったのでは。

 ともあれ、実際に撃ってみないことには、何もわからない。

「とりあえず砲座に上がるからな」

 俺は砲座へのはしごに向かい、登っていく。


 その姿を見送って、ミラは言う。

「コトア」

「なんですの?」

「今回の戦い、しっかり写真を撮っておいてね」

 ミラの言葉に、コトアは不思議そうな顔をする。

「えぇ、わかりましたわ――」


 砲座に上がった俺は、動かざる巨獣に向けて、右手を構えた。

「ファファ」

「なぁに?」

「出力高めで行くぞ。いいか?」

「うん、いいよ」

 右手に、光が収束する。

 狙いは、巨獣の柱状の体躯の、真ん中あたり。

光芒こうぼう――っ!」

 緑色の光線が、巨獣めがけて伸びる。

 だが。

 光線は、巨獣に命中しようかというところで、大きく弧を描いて、あさっての方向に歪められた。

「くそっ、ダメか」

 巨獣が展開している偏向結界は強力だった。

 出力を高めた光線魔法であっても、貫くことはできなかった。

「どーだい、ティグレ」

「相当曲げられるな……」

「だよねぇ」

 ミラの声は、さも当然、といった色だった。

「でもさ、あの偏向結界も、魔法で張ってるんだよね?」

「それはそう――」

 と、脳裏にある考えが浮かんだ。

「魔法ってことは……張るのに、魔力が必要だ」

 同じような状況は、競技魔法の戦いで覚えがあった。

 偏向結界を展開して、あらゆる攻撃をはじいていた相手が。

 そのとき、自分は。

「根比べ、だ」

 相手に持久戦を挑んだことを、思い出した。

「ファファ、頼みがある。しばらくの間、大出力の魔法を撃ち続けたい。いいか?」

 と、ファファはいつもののんびりした口調で返す。

「いいよ」

 でも、と続けるファファ。

「きょうのばんごはんは、十人前でおねがいできる?」

 思わず、夕食当番のコトアが「えっ」と声を上げる。

「もちろんいいぞ!」

「ちょ、ちょっと待ってくださる!?」

 コトアの悲鳴を聞き流して、俺は叫ぶ。

「行くぞ、ファファ!」

 再び、腕を真正面に構え直す。

 手先に意識を集中し、巨獣を射抜くように見つめる。

「光芒――継続射撃!」

 光線が放たれる。

 それは一本のぴんと張られた糸のように、巨獣の偏向結界に向けて伸び、そして曲線を描いて歪められる。

 偏向結界のきわで、光線魔法との干渉模様が現れる。それは円状に広がる波紋のようであった。ときおり、結界の表面で火花のような光が飛び散る。

「まだまだっ!!」

 光線は、変わらず向きを変えられたまま、天に向けて伸びていく。

 だが、次第に。

 光線魔法が曲げられる角度が、浅く変わってきた。

「ファファ、いけるか!?」

 俺の問いに、ファファは答える。

「ぜんぜん、よゆーだよ」

 その声には、一抹の疲労の色さえなかった。

「よし!」

 構えた右手を握り込むように、さらに力を込める。

 光線が一段、太さを増した。結界と光線の衝突するところは、激しい摩擦にさらされるように赤熱する。

 ロークスは叫ぶ。

「ティグレ君、巨獣の花が!」

 柱の頂上に咲いた青い巨花が、しおれるように下を向きはじめていた。

 魔法花の開きが弱まることは、魔力供給の低下を意味する。

「あと少しだよ!」

「ああ!」

 もっとだ。もっと。

 なお、手に込めた魔力を高める。

 光線の歪みは、かすかな傾きに弱まっていく。

 そして。

 みどりの光は、柱のような巨獣の体躯を直撃した。

 着弾点は吹き飛び、垂直に屹立きつりつしていたビ級が、かすかに傾く。

 偏向結界が、破れた。

「ロークス!」

「ああ、結節点は――」

 ロークスが指した、巨獣の弱点。

「頂上の、巨大花だよ」

「だと思った!」

 光線を止め、右腕の狙いを、巨大花に定めた。

 その花を、撃ち抜くイメージを、思い描く。

「光芒――」

 光線の直撃を受けた巨大花の青い花弁はなびらは、根元からちぎれ、炎を上げながら落ちていく。

 燃え上がりながら散っていく花の奥、巨獣の結節点に、光線魔法は到達して。

 何十本も垂れ下がっていた触腕が、次々とちぎれ落ちていく。

 柱状の体躯は、その傾きに耐えられず、いくつもの部分に分かれて崩壊していく。

「やった……!」

 はっと、気づく。

 あれだけの魔法を撃ち続けて、ファファは……!

「ファファ! 大丈夫か!?」

 通信を介してはいるが、まるで炉箱の中に飛び込むような気持ちで、声を上げた。

 だが、返事がない。

「ファファ!?」

 まさか、という思いがよぎる。

 すると。

「すぅ、すぅ――」

 耳を澄ますと、寝息のような音がする。

「大丈夫だ、ティグレ君。ファファのバイタルはこちらでも見ているが……寝てしまったみたいだ」

「そうか……」

 張り詰めていた気持ちが、ゆるむ。

「ただね」

 続くロークスの言葉には、かすかにぴりぴりとした感じがあった。

「ファファは、気絶するように寝てしまった。さすがに、少しばかり消耗しているんだろう」

 光芒の連続射撃が、ファファに負荷をかけてしまった。

 そのことに申し訳なさを感じる。

「でもね、ティグレ。誰もが手をこまねいてきた巨獣を倒せたんだ。ひとまずはそれで、よしとしようじゃない」

 ミラの言葉に、俺はいらだちを感じた。

 思わず、言い返してしまう。

「だけど、この巨獣は動くこともなかった。どこかの街に被害が及ぶわけでもなかったんだろ。それを、ファファに負担をかけてまで、倒す必要があったのか」

「あったよ」

 間髪置かず、ミラは断言した。

「これはね、グ級に挑むために必要な準備だったんだ」

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