16 白い巨獣

「ミラ……」

 ミラはこちらに近づき、溜息をひとつついて、顔をのぞき込む。

「まったく、君は困った奴だね」

「なんでミラが……それに、こいつらはなんなんだ」

「私のお友達、だよ」

 そう言うと、ミラは白フードの男に、小声で「大丈夫、もういいよ」と語りかけた。

 白フードの男は、俺の椅子の後ろに回ると、手足のいましめを解いた。

 跳ね上がるように、椅子から勢いよく立ち上がり、ミラの前に駆け寄る。

「どういうことなんだ!」

「声が大きいよ、ティグレ。私は君を助けに来たんだよ」

 助けに、来た?

「ファファのこと、聞いて回ってたそうだね」

「ああ、だがそれが関係あるのか」

「ファファの話っていうのは、ここにいる人たちにとっては、じつはすごーくデリケートなことなんだよ。だから目を付けられて、さらわれちゃったってわけ」

 俺は、白フードの者たちを見回す。

 こいつらが、ファファとどう関係があるというのか。

「私はちょうど、彼らと情報交換をしていてね。そんとき、ファファのことを聞いて回ってる若い男を捕まえた、って話が飛び込んできたんだよ。すぐに、君だってわかった。

 じゃなかったら君、危なかったかもね」

 ミラは片手で、自分の首を絞めるようなポーズをする。

「――殺されてたってことか」

「そういうこと」

 喋り方は、いつもの飄々ひょうひょうとしたミラのものだった。

 だが、彼女の表情は、普段からは想像ができないほど鋭かった。

「ミラはなんで、こいつらと関係してるんだ」

 自分を殺したかもしれなかった者たちと、ミラが関わっているというのは、どういうことなのか。

「うーん、それはね……」

 ミラは、ためらいを見せた。

 コトアが言っていた、ファファの過去についてミラが何か隠しているようだった、という話を思い出す。

 やはり彼女は、何かを隠そうとしている。

「ミラは、俺のことを家族だって言ってくれただろ。どうして隠し事なんかするんだ!」

「――家族だから、だよ」

 ミラらしくない、重い口調だった。

 深い吐息を、ひとつ。

 そしてミラは、こちらに向き直る。

「君を巻き込みたくなかった……けどこの状況じゃ、隠す意味なんてないか」

 ミラは、隣にいる白フードの男に口を寄せる。

「彼に、話してもかまわないね?」

 男はうなずいて、「ミラがそうしたいのなら」と言う。


「ここは秘密結社、〈白い花〉の拠点。私はそのメンバーなんだ」

「秘密結社?」

「ロークスもそうだよ。でもコトアは違う。君やコトアを、このことに関わらせたくなかった。危険を伴うからね」

 コトアに対して、ミラやロークスが何かを隠していたのは、そのせいだったのか。

「これは、ファファの過去と深く関わってる。少し長くなるから、座って」

 そう言うと、ミラは部屋の片隅から椅子を持ってきて、腰掛けた。

 俺も促されて、さっきまで拘束されていた椅子に、腰を下ろす。


「唐突だけどさ。白い巨獣って、聞いたことある?」

「いや」

「辺境にときどき現れると言われてる、珍しい巨獣だよ。この巨獣が現れると、そのあたりの魔法花がことごとく枯れてしまう。そのため辺境府は、白い巨獣を発見したら、破格の報酬で討伐依頼を出すんだよ」

「それが、ファファとどう関係あるっていうんだ」

「ファファの両親は、その白い巨獣の研究をしてた。白い巨獣が魔法花を枯らす仕組みを解明して、その対策を考えようとしてたんだ。人々の生活を守るためにね。そのために、あるとき白い巨獣の一部分を、サンプルとして手に入れた」

 ミラは足を組みなおし、続けた。

「だけどそれがいけなかった。ファファの両親は辺境府に目を付けられた。研究の内容自体は、辺境府だって歓迎するはずのものだったのに、白い巨獣のサンプルを手に入れたことを、反乱のための準備だと断定して、ふたりを逮捕したんだよ。

 ちょうどそのとき、母親のお腹には、ファファがいた」

「まさか――それで」

「そう。反乱準備罪は、一族全員が同じ刑罰の対象となる。ファファの両親だけじゃなく、生まれる前のファファにも、死刑が宣告された」

「そんな……」

「生まれる前から、殺されることが決まってる。ひどい話だよね」

 手のひらに、自分の爪が食い込む痛みが走る。

 俺は、無意識に拳を握りしめていた。

「ファファを生んだあと、両親の死刑は執行された。けれど、ファファには魔法給いの資質があることがわかったんだ。だから彼女はすぐには殺されず、炉箱に詰める形での死刑執行となった。収容所で八歳まで育てて、そこからマハガに送られたんだ」

「八歳、か……」

 八歳という数字には、意味があった。

 それは、魔法に関わる資質が発現する年齢だ。俺自身も、八歳から魔法使いの修行をはじめていた。

「ファファの過去のことはわかった。

 それで、秘密結社とはどう関係するんだ、ミラは」

「秘密結社〈白い花〉は、ファファの両親の助手たちが、地下に潜伏して立ち上げたものなんだ。白い巨獣の研究は、いまや死刑の対象になると分かったからね。

 で、ファファを預かってしばらくしたとき、〈白い花〉が私に接触してきた。マハガの炉箱がファファだって、特定したんだよ。

 彼らは、ファファをよろしく頼む、と私に言ってきた。経緯を聞いたとき、私もロークスも、あまりにひどい話だって思ったよ。ファファを預かる身として、何か協力できないかって思った。それで私とロークスは〈白い花〉の一員になったんだ。

 でも〈白い花〉は、すでに辺境府の捜査対象にされてる。だから、もし関係しているとわかったら、ただじゃ済まないはず。それで、君やコトアを巻き込むことはしたくなかったんだ」

「そういう、ことか……」

「ファファのことを知る人間は、当然、この過去の出来事に近づいてる人間であり、〈白い花〉の存在に達しうるってことになる。だから〈白い花〉は、ファファの話題には敏感なんだよ」

「それで、俺を捕まえたのか」

「そう。だけど君はもう、〈白い花〉の存在を知った身になってしまった。もし万一、辺境府の手が及んだときは、知らないって言いきってくれてかまわないからね」

 そんなことで、見逃されるはずがない。

「……シラを切ったぐらいで、許してくれる奴らじゃないだろ、辺境府は」

「そりゃ、まあね」

「だったら、もう俺ももう、その一員みたいなもんじゃないか」

「……」

 ミラは、返す言葉を継げなかった。

「知ったからには、すべてを教えてくれ。マハガは家族、だろ」

「わかったよ。いろいろあって、一度には伝えきれない。だけど、必ず話すよ」

 ミラは、真剣な眼差しで俺を見る。

 この目に、嘘はなさそうだった。

 俺は、コトアのことも思い出す。

「コトアにも、話してやってくれないか。コトアも、ファファが死刑囚となった理由を知りたがってた。マハガに乗ってる時点で、俺らはもう運命共同体だからな」

「うん、約束する」

 ミラの言葉に、俺は深くうなずいた。


「さて」

 目を閉じたミラは、椅子から立った。

「一緒に、マハガに帰ろう。みんなが心配してるよ」

「ああ」

「っと、ひとつだけ。彼らに言い忘れていたことがあった。少し待ってて」

 そう言い、ミラは白フードの男に近づいた。

「〈花咲かじじい〉の手がかりは、まだ見つかっていない。また何か情報があったら知らせるよ」

「わかった。引き続きよろしく頼む」

 花咲かじじいとは何なのか?

 何かの暗号か、符牒ふちょうなのだろうか。

「じゃあ、行こう。みんな、気をつけて」

 ミラが手を掲げると、白フードの三人も同じ動作をした。


 ミラと俺は、〈白い花〉の隠れ家から路地裏に出て、マハガの停まっている陸港を目指して、夜のコロールを歩き出した。

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