15 コロール

 十日間の旅路を、マハガとバリバルタはともにした。

 途中、巨獣に遭遇することもなく、順調な旅だった。


 目的地、コロールの陸港に接岸すると、マハガとバリバルタは、それぞれで対グ級作戦への準備をすることとなった。

 ただ、バリバルタは砲弾を大量に使うのでその補充にあわただしいものの、マハガは特にそうした用意がない。そのためマハガにとっては、実質的に、ちょっとした休暇のようなものだった。


「ほな、行こか」

「では、いってまいりますわ」

 コトアにとっては、初めてのコロール。辺境の他の地域と違い、機械技術が浸透している街ということもあり、リーンの紹介で、知り合いの機械職人の工房を取材させてもらうことになっていた。

「うん、いってらー」

「気をつけてな」

 俺はミラとともに、マハガの乗り口で、リーンについていくコトアを並んで見送った。

「さってと。ティグレはどうするの? いちゃいちゃラブラブデートの相手、行っちゃったけど」

「いやだからそういうんじゃなくてな……」

 口に手を当ててにやにやするミラ。

 俺はわざとらしく、肩をすくめて溜息をつく。

「なあ、この街がファファの生まれたところなんだったな」

「うん、そうだよ」

「……故郷とはいえ、ファファは、やっぱり降りられないんだよな」

「そうだね」

「そうか――」

 少しの間、考え込む。

 ファファが死刑囚になった理由を、知りたい。

 だがミラに聞いたところで、バリバルタとの宴会の日のように、はぐらかされるかもしれない。

 ならば。

 自分で、調べるしかない。

「俺、一人で出かけてくる。ファファの生まれた街を見てみたい」

「そっか、いいよ。けどさ、あんまり余計なこと、しないほうがいいよ」

 ミラの言葉には、妙な含みがあった。

 自分のしようとしていることに勘づいているのだろうか。

 だとしても。

 俺は、知りたい。

「――わかってる」

 思春期の親子のように、ミラと目を合わせぬまま、俺は街に出ていった。


 ◇


「情報を集めるなら、こういうとこだろうな」

 向かったのは、街の四つ辻の角にある、立ち飲み屋だった。

 扉を押して中に入ると、夕暮れ時、店は多くの人でにぎわっていた。

 周りに目配せしながら、カウンターに向かう。

「エールをひとつ」

「あいよ」

 銅貨を四枚、カウンターに置く。カウンターの老人は、こちらを一瞥することもなく、銅貨を手でさらう。

 かわりに、麦の穂のような色の、よく泡だった酒が出てきた。


 エールを片手に、ひとりで飲んでいる者を見定める。なかでも、なんとなく、事情に通じていそうな風貌の者を探していた。

 といっても、それを見分ける腕が俺にあるわけじゃないのだが。

「あのおっさんがいいかもしれないな」

 店の一番奥、隅っこのテーブルで、ひとりグラスを傾けながら揚げ芋をかじっている男に狙いを定める。歳は五十手前ぐらいだろうか、細面ほそおもてで、ぎょろ目の男だった。

「なあ、突然済まない」

「ん?」

 揚げ芋を口に放り込もうとしていた男は、怪訝そうな眼差しを向けてきた。

「聞きたいことがあるんだが、いいか? 一杯おごらせてもらうから」

「なんや」

 リーンの口調と似ていた。ああ、この喋り方は北方の方言なのかと、俺は納得する。

 もぐもぐと口を動かしたまま、男は促した。

「この街で、生まれたときから死刑を宣告されていた子の話を、聞いたことがあるか?」

「いや、知らへんな」

 追い払うように、手をひらひらとさせる男。

「そうか、邪魔して悪かった」

 テーブルを離れ、別の人間に当たることにした。

 今度は、入口近くのカウンターにほおづえをついて、憂い顔をしている女に向かう。

「悪い、ちょっといいか」

 三十過ぎたぐらいの女は、口元からたばこの煙をこぼしながら「なに?」と問う。

「酒代は出させてもらう。コロールで、生まれながらに死刑になっている子のこと、聞いたことあるか?」

 すると女は、うなずく。

「知ってるのか!?」

 思わず、女に顔を寄せる。

 女は身を引き、あからさまに嫌そうな顔をしてみせた。

「けど、これ以上はやめとき。ためにならへんよ」

「どういうことだ?」

「ええから」

「……」

 ミラのようだった。この女も、きっと何かを隠している。

 だが、知っているということに変わりはない。

「ありがとな」

 そう言って、銅貨五枚を置き、女のところから去った。

 とりあえずは、退くしかないだろう。


 その後も、一人で来ている客に聞き続けた。

 だが女のほかには、何かを知っているという者は現れなかった。

「やっぱり、もう一度聞いてみるしかないか」

 女に再びたずねようと、心に決める。

 そして、彼女の立つカウンターに、再び身を寄せた。

 俺の顔を見るなり、女は呆れ顔をした。

「なあ、やっぱりさっきの話、詳しく教えてくれないか。どうしても知りたいんだ」

「そんなに知りたいんか?」

 俺はうなずく。

 どうしても、知りたいんだ。

「変わったお人や。ほんなら、ちょっと外で話そか」

 吸っていたたばこを灰皿でもみ消すと、女は手招きした。

 彼女は、背中に垂らしていた白いフードを、頭にかぶった。


 先を歩く女から、立ち飲み屋の横の路地に、招き入れられる。

 薄暗く、ごみが散らかっていて、誰かの吐いた跡もある。すえたような臭いがする。

 正直、入りたいと思えないところだった。

 だが、意を決して足を踏み入れた。

「その死刑囚の子の名前、当然、分かっとるんやろね」

「ああ。ファファだ」

「よう知っとるやない。なら、捨て置けへんな」

 女の目が、鋭さを帯びる。

 俺は、危険を察知した。


 と、そのとき。

 腕がひねり上げられる痛みが走る。

 そして、口元に何かを当てられた。

「――っ!」

 逃げないと。

 そう思ってもがいたが、すぐに身体に力が入らなくなって。


 ◇


「ん……」

 目を覚ます。

 見たこともない場所にいた。

 あまり広くはない、薄暗い部屋だった。

「どこだ、ここは……」

 身体に痛みはなかったので、暴力を振るわれたということはなさそうだった。

 しかし、手足が動かない。

 見ると、身動きが取れないよう、両手両足を椅子に縛り付けられていた。


 壁際には、俺を取り囲むように、目深まぶかに白のフードをかぶった者が三人。

「なんだ――お前ら」

 だが、誰も答えない。


 そのとき、部屋の扉が開く。とっさに、音のするほうを見る。


 思わぬ者が入ってきた。

「……好奇心は猫を殺すって言葉、知ってるかな?」


 そこにいたのは、ミラだった。

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