14 星空と

 マハガとバリバルタは、連れ立ってリクの街を発った。

 巨大な大傀儡アークゴーレムが二体、連なって歩く姿を見て、通りがかった三人の子どもが、遠くからこっちに手を振っていた。



 バリバルタの拠点である北の都市、コロールまでは十日の長旅だった。

 旅の最初の夜は、リーンの提案で、マハガとバリバルタの乗組員同士が親睦を深めるべく、野外での宴会を行うことになっていた。

 そのじつ、リーンが酒を飲みたかっただけ、というところが真相だったが。


 日も傾いてきたころ、マハガとバリバルタは、見晴らしのいい丘の頂上に陣取った。

 青紫色に暮れゆく空の下、草原の上にテーブルが並べられ、マハガとバリバルタ、それぞれの厨房で作られた料理が運び出されてくる。もちろん、リクを発つ前に、大量に買い込まれた酒の類いも。

 灯されたランプの明かりが、皆を穏やかに照らしていた。


「では、バリバルタの炉箱も、過ごしやすいように改造されていたのですね。ほっとしましたわ……」

「リーン艦長が、うちもミラさんのとこみたいにしようって言い出して。それで、マハガのロークスさんに改造してもらったんですよ」

 コトアは、隣り合ったバリバルタの乗組員に、炉箱のことを聞いていた。ファファの部屋よろしく、炉箱が非人道的な箱ではなく、快適な空間に改造されていると知って、安堵していた。

「うちがどうしたってぇ?」

 声とともに後ろから伸びてきた腕に、バリバルタの乗組員は締め上げられていた。

 そこには、早くも、というか宴会が始まる前から出来上がっていたリーンがいた。

「艦長、やめてください! 悪口じゃありませんから!」

「ほんまかぁ?」

「ほんとですって!」

 二人の様子に、テーブルには笑いが起きる。


「なるほど、バリバルタはその方式を使っているのですか。それはそれで面白いかもしれないですね」

「ええ。でもマハガのような戦い方をするのならば、魔法駆動シフトは垂直軸がやっぱりいいんじゃないですか」

「うーむ。悩みますね」

 ロークスは、バリバルタの操縦士と二人だけで語り合っていた。


「はー、平和だねぇ」

 ミラもミラで、いつ後ろに倒れてもおかしくないぐらい椅子を傾けながら、手にしたグラスで酒を飲んでいた。

 食器の当たる音に、匂い立つ食事の数々、そして笑い声。

 バリバルタの乗員は全部で二十人。これほどの大人数で騒ぐのは、マハガの面々にとっては珍しいことだった。


 俺は、この騒がしい雰囲気が、少しばかり苦手だった。

 もともと中央にいたときも、魔法使い同士の付き合いごとがあまり好きではなく、理由をつけては避けることが多かった。

 だから、自分の皿と飲み物を持って、宴会の場を少し遠巻きに見つめていた。


 だがふと、気づく。

 もっと、遠い場所にいる者がいる、と。

 ここにファファは、いない。

「まさか、炉箱でひとりなのか?」

 そう思い、皿の食事をかき込んで、グラスに注がれた炭酸水を飲み干すと、ミラのところへ向かった。

「ミラ」

「おーティグレ。やってるかい」

「俺はいい。それより、ファファはどうしてるんだ?」

 その名前を耳にして、伏し目がちになるミラ。

「ファファはね――炉箱から出てはならないきまりなんだよ」

「それは、ファファが死刑囚だからか?」

 ミラは、目を細めた。

「……コトアに聞いたのかな、そのこと」

「そうだ」

「そっか……」

 何かを振り払うように、グラスの酒を一気にあおるミラ。

 俺はミラに、ファファが死刑囚となった理由を問おうと思った。

「なあ、ファファはどうして――」

 と、ミラは俺の言葉をさえぎるように、声を重ねる。

「ティグレ。ファファにおかわりを持って行ってくれない?」

「おかわり?」

「もうあの子の分は、炉箱に届けてある。けど、ファファは大食いなんだ。きっと足りなくて、おなか空かせてると思うからさ」

 ティグレはうなずく。

「……行ってくる」

 自分の言葉をミラがさえぎったのは、わざとだったのだろうか。

 釈然としないが、たったひとりでいるファファのところに、行ってあげたいという気持ちのほうが先に立った。


 俺は、新しい皿を用意して、揚げ物と蒸した野菜を山盛りにして、マハガの乗り口に向かった。

 ふと、空を見上げる。

 晴れ上がった夜空に、何千何万もの星がまたたいていた。


「ファファ」

 炉箱に入ると、ファファはひとりでテーブルに向かっていた。

 案の定、食事はすべてたいらげていた。

 けれどその表情は、どこかつまらなさそうに見えた。

「おかわり、持ってきたぞ」

「ほんとに!」

 目を輝かせて、テーブルに身を乗り出すファファ。

「あぁ。足りなかったら言ってくれ。もっと持ってくる」

 ファファの前に皿を並べると、すぐに手をつけはじめた。

 豪快な食べっぷりだった。山盛りにしたはずの揚げ物が、あっという間に消えていく。

「うまいか?」

「うん、おいひいほ」

 口の脇に食べこぼしをつけて、もぐもぐと口を動かすファファ。


 ものの数分で、持ってきた皿は、空になってしまった。

「すごいな、ファファ。よし、もう一度行って――」

「まって、ティグレ」

 食事を取りに行こうと立ったとき、服がひっぱられるような感覚がした。

 ファファが、裾をつかんでいた。

「いっしょにいて」

 ファファの表情は、いつもどおりのあどけないものだった。

 けれどその声に、少しばかり、泣きそうな色合いがあった。

 いまここで、ファファを置いてはいけない。そう思った。

「……わかった。ここにいるよ」

 ファファの顔が、ぱっと輝いた。

「ねえ、こっち、きて」

 ぽんぽんと自分の隣の席をたたいて、ファファは座るように促す。

 その席に座ると、ファファは何も言わないで、右腕によりかかってきた。

 ファファの浅い呼吸が聞こえる。

 顔を見ると、目はぱっちりと開いていた。

 寝ているわけではなさそうだった。


 何を話すでもない、沈黙の時間。

 けれど、気まずいとか、居心地が悪い感じはしなかった。


 さびしかったのだろうか。

 そう思って、沈黙を破る。

「なあ、ファファ」

「なぁに?」

「ファファは、ここから出ちゃいけないんだろう。それって、どんな気持ちだ?」

 しばらく間を置いて、ファファは口を開いた。

「ちょっとつまんない。けど、みんながこの部屋に来てくれるから、だいじょうぶ」

「そうか……」

 つまらない、とは感じているのだなと、いたたまれない気持ちになる。

「外の世界が、見たくないか?」

「見たいよ。見たい。

 でも、わたしが出ていっちゃったら、マハガがうごかなくなっちゃう。ティグレも魔法をうてなくなっちゃう。みんながこまっちゃう。

 だから、出ていっちゃダメなんだ」

 自分に寄りかかっているファファの顔は見えない。けれど彼女はきっと、悲しそうな顔をしているに違いない。なぜなら、こんなにも思い詰めた声を、ファファから聞くのははじめてだったから。

 心が、ざわつく。


 そして。

「ファファ――来てくれ」

 俺は、ファファの手を引いて、立ち上がらせた。

 そして、そのまま炉箱の扉に向かう。

「ティグレ、そっちはだめ――」

「いいんだ。いい」

 ファファの顔を見ないまま、前に進む。

 まとわりつく何かを、後ろから引っぱってくるような何かを、振り払うように。


 手を引いたまま炉箱を後にして、廊下を通り、操縦室に向かう。

 そのままファファに、はしごを掴ませて。

 ふたりで、砲座に上がった。


 空には、満天の星空。

 地には、夜光花の咲く野原。

 空も大地も、淡い光に埋め尽くされていた。

「わぁ……」

 静寂の中に、風がささやかな音を立てる。

 ファファは言葉を失っていた。

 そして、抱きついてくる。

 見慣れぬ世界の中で、たったひとつ、すがることのできる自分に。


「ふたりだけの、秘密だな」

 ファファは無言でうなずく。


「ねぇ、ティグレ」

 ファファは俺を抱きしめたまま、顔を上げる。

「とってもきれいで……ちょっとだけ、こわい」

「そうだな……」

 こんなに広い世界があることを、あるとき突然知ったら。

 それは驚きよりも、怖さが勝るかもしれない。


 ファファの身に手を回して、優しく力をこめた。

 大丈夫だ、と言い聞かせるように。

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