13 作戦
翌日。
俺はミラに付いて、リクの辺境支府を訪れた。
入口に掲げられた巨大な紋章が、この王国の支配者たる、王家直轄の組織であることをうかがわせる。
王家は中央で絶大な権限を持っているが、その影響力は、辺境府を通じて、この地にも及んでいるのだ。
「なんていうか……金持ってそうな建物だな」
さすがに中央ほど派手ではなかったが、装飾の施された豪華な三階建ての建物は、レンガ造りの質素な建造物の多いリクの中で、浮いている感じがした。
「けっこう税金高いからねー、辺境は。こういうところに使われてるって思うと、ちょっとムカつくよね」
なんとなく、コトアが辺境のあり方自体に問題を感じ、取材を続けている理由が、ここにもあるような気がしていた。
入口から入ると、そこにはすでにリーンが立っていた。
「ミラ、遅いやんか」
「やー、ごめんごめん。途中で気になるお店見つけちゃってさ」
「あんた、遅刻癖だけは変わらへんな」
でしょ、と鼻を鳴らすミラ。そこは誇るところではない。
「ほな、いこか」
リーンに先導されて、ミラと俺は支府の中を歩いていく。中の廊下には、辺境にはまったく似合わない、赤い絨毯が敷き詰められている。
階段を登り、二階へ。
廊下を進み、突き当たりの扉に向かう。
そこには、「
リーンは扉をノックする。
「入るでー」
中は、広い執務室だった。
何十人という人間が机に向かっていた。部屋に入った俺たちは、事務官らの視線を一斉に浴びた。だが、皆すぐに、ふたたび手元に目を落とした。
たくさんの机が並ぶ奥に、他よりも広く、豪華な木彫りが施された机がひとつ。
そこには、おそらくここの責任者であろう男が座っていた。軍服のような装いに、胸元にはバッジのような飾りがいくつもついている。
リーンとミラに続いて、その奥の席に向かう。
「バリバルタのリーンに、マハガのミラ。よく来てくれた」
男は立ち上がると、手を差しのべる。リーンとミラは、かわるがわる、男と握手を交わした。
「そちらの彼は?」
「うちの主砲、ティグレです」
男は「そうか、よろしく」と言い、握手を求めた。俺は一瞬、男の顔を見る。わざとらしく跳ね上げられた口ひげが、いかにもお偉いさんという感じだった。俺は少しためらったあと、男の手を握る。
「リク支府の防寮指揮官、ズールだ。今日はあなたがた、遊撃
そう言うと、ズールは席を離れ、黒板のほうに向かった。
そこには、一枚の写真が貼り出されていた。なんだか、風景写真のように見える。
「平素は、辺境防衛への尽力、感謝している。
今回、ご協力を願いたいのは、辺境府が主導する大規模作戦への参加の打診である」
ズールが指差した写真に目を凝らす。
「山……いや、巨獣……か?」
独り言のつもりだったが、ズールは応じる。
「そのとおりだ。この巨獣が、今回の作戦目標である」
「この見た目やと……かの有名なあいつやな」
リーンはあごに手を当てて、目を細める。
「そう、十三年に一度活動する超大型巨獣。グ級だ」
と、ズールに続いて、ミラも口を開く。
「グ級っても、この級は一体しかいないんだよね。
その名はグリオール。
辺境最大最強の巨獣だよ。別名、〈動く山〉とも呼ばれてる。ほんとにデカいんだよ、山ぐらい」
山ぐらいと聞いて、その大きさを想像した。
が、想像を超えていて、うまく脳裏に描けなかった。
だが最大にして最強、というところは、強く心に刻み込まれた。
「ほんで、作戦の内容は?」
リーンの問いに、ズールは話しはじめる。
「グ級の移動を阻止することが、今回の作戦目的だ。グ級は、十三年間眠りについたあと、三か月ほど活動する。自らの体躯を成長させるために、都市を襲撃し、建造物をむさぼり食うのだ。その被害は甚大、ゆえに、動かさせてはならない。
「なんだ、倒すわけじゃないのか」
俺が発した何気ない一言に、三人がいっせいに振り向く。
思わず、ぎょっとする。
「ティグレ。あんたこいつ倒せると思っとるん? 山やで、山。山と戦って勝てる奴おるかいな」
リーンは肩をすくめた。
「んー、どうかな。わかんないよ」と、ミラが言う。
「ティグレの主砲の威力は、半端じゃないからね。うまいこと結節点に到達させられれば、倒せちゃうかも? そうすればティグレ、君は文字通り、辺境最強の主砲だねぇ」
「討伐できればそれに越したことはないが、現実的には不可能だろう。過去二百年、辺境府は奴と戦い続けてきたが、足止めすらままならないことがほとんどだった」
ズールは首を振って、続けた。
「ともあれ、非常に難しい作戦ではある。そのため今回は辺境府から、移動要塞も三機、参加することとなった」
「三機て、ガチやな」
移動要塞とは、非常に巨大な
その体長は、どの要塞もゆうに百ミルターを超え、破格の攻撃力と防御力を誇る存在。
「なかでも移動要塞四号は、最近主砲を新調したのだが、極めて威力が高い。打撃力として期待できると、我々も考えている」
「主砲を新調、か。ティグレ、君みたいに誰か、魔法使いが中央から来たのかもね」
ミラと目を合わせると、彼女は目だけで笑っていた。
「で、指揮官はん、こっちのほうはどうなん?」
リーンは親指と人差し指で丸を作る。
「支度金が五百万。作戦成功時の報酬は千二百万。どうだろうか」
「……めっちゃ破格やん。支度金だけでも、バリバルタが一年は動かせるわ」
ミラもリーンに同調して、うなずく。
「んで、作戦実施日はいつですかね?」
「三十日後だ。集結地点はこの地図のとおり」
そう言って、ズールはミラとリーンに紙を手渡す。
「辺境でも、そこそこ北のほうやな。ほんならうちのバリバルタは、一度拠点に戻ろかな。ともあれ、うちは参加オッケーや。ミラんとこはどないする?」
「んー、基本的にはやろっかな。けど一応、マハガのみんなに相談する。
それでもかまいません?」
ズールは首を縦に振る。
「明日には、お返事するので」
「良い答えを期待しているぞ」
「そしたらティグレ、いったん戻ろっか。
リーン、またちょっと連絡するー」
「承知や」
そうして、ミラはズールに一礼する。
俺はミラとともに、支府の防寮をあとにした。
◇
マハガの皆は、ファファの炉箱に集まっていた。
議題は、対グ級作戦への参加可否。
「さて、みんなの答えは?」
「賛成だね」
「賛成ですわ」
「賛成だ」
「さんせーい」
「じゃ、全会一致ってことで。対グ級作戦に、マハガは参加します」
ミラはうなずく。
「グ級……どれだけ大きいのでしょうか。撮りがいがありそうですわ」
「実は僕も、グ級の実物は見たことないんだよね。ね、ミラ」
「そ。私たちがマハガで活動しはじめたのは六年前だから、グ級の活動時期にぶちあたってないの」
俺は、すでにグ級を倒そうという気で満ちあふれていた。
思わず、息巻く。
「俺は、グ級に勝ちたい。足を止めるだけじゃない、倒したいんだ。奴が辺境最強の巨獣だっていうんなら、なおさらな」
「そーだね、いまの私たちならやれるかもね。
ところでさー」
口に入れた飴をぼりぼりと噛みながら、ミラは言った。
「作戦まで三十日あるんだけど、みんな、北に行かない?」
「北かい?」
ロークスの声は、意外そうな響きだった。
「バリバルタはね、北の整備拠点、コロールにいったん戻るらしいんだ。せっかくだから、私たちもついてってもいいかな、って」
コトアは、胸元のカメラに手を添えながら言う。
「北のほうは、わたくしも行ったことがありませんの。もし行くならば、楽しみですわ」
「僕もいいと思うよ。作戦までの期間、バリバルタと同行できるなら心強いからね」
皆、バリバルタについていくことにも賛成の様子だった。
すると、ミラはファファのところに近づいた。
「それに、コロールはさ」
ファファの頭に手を置いて、ミラは言う。
「ファファの故郷だし、ね」
俺は思い出す。
コトアが言っていた、ファファは生まれながらの死刑囚だという話を。
ファファにかつて、何があったのだろうか。
北に行けば、それがわかるような気がした。
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