12 防衛戦

「まーったく、気持ちよく昼寝してたとこなのに……」

 艦長席で寝込んでいたミラは、首を回して、寝ぼけまなこをこする。

「ミラ、あんまりぼーっとしてられないよ。接近してる巨獣は、かなり速い」

「ジ級かぁ……そりゃ速いはずだわ」

 巨獣は、十本の脚が生えたクジラのような形をしていた。

 せわしなく脚を動かし、まっすぐにリクの街に向かって驀進ばくしんしている。

「うちの〈主砲〉は、いまどこにいるのかな?」

「ん、コトアとデート中」

「デートって……まぁ、仕方ないか。しかし接近戦で、やれるかな」

 ロークスはひとり、ぶつぶつとつぶやいて、作戦を練っていた。

「ティグレがいなかったときを思い出してやるしかないかねぇ」


 と、そのとき。

「悪い、遅くなった!」

「申し訳ありませんわ!」

 息を切らしたコトアと俺は、操縦室に飛び込む。

「おっ、帰ってきたの? えらいねぇ、ふたりとも」

「マハガの主砲だからな、俺は」

 ミラは短く口笛を吹き、「かっこいい」と茶化す。

「それで、巨獣は?」

 魔法描画を見るために、ロークスの後ろに駆け寄る。

「ジ級、高速型だよ。大きさは六十ミルターぐらい。つまり、デカいし速い」

「厄介そうな奴だな」

「一直線に、リクの街に向かっている。水際での迎撃戦になる、攻撃のチャンスはそんなに多くないよ」

「わかった」

 俺はコトアに、ファファへのおみやげの袋を預けると、砲座に上がるはしごに足を掛け、素早く登っていく。

「気をつけて」

 心配そうなまなざしで、コトアが声をかけてくる。

「あぁ、行ってくる」

 コトアはうなずき、操縦室内の固定ベルトつきの椅子に座った。


 砲座に上がると、遠くに巨獣の姿が見えた。

 砂煙を巻き上げて、まっすぐにこちらへ向かってきている。

「つまりは、一撃で仕留めればいいってことだな」

「そだねー。ずばーんとやっちゃって、ティグレ」

「任せとけ!」

 右手を前に突き出して、構える。

 同時に、ロークスがマハガを立たせると、大きな揺れが来る。

「ファファ、聞こえるか」

「んー、なーに?」

「悪いが、俺に送る魔力量を、ちょっと多めにしてくれないか。奴を一撃で撃ち抜きたいんだ」

「わかった、ファファがんばるね」

 ファファはのんびりした声で返す。

「ロークス! 奴の結節点はどこだ?」

「当て推量でしかないけど、頭部だと思う。真正面から撃ち抜いてくれるかな」

「了解!」

 構えた右手に意識を集中させる。

 ファファからの魔力が、流れ込んでくる。頼んだとおり、いつもよりも多くの魔力が来ている手応えがある。

「狙う先を見つめて放すな、か。師匠が言ってたな」

 これは、狙撃に近い。

 一撃必殺を期さなければならない。

 俺は、自分に競技魔法を叩き込んだ師匠の言葉を思い返していた。

 その言葉通り、巨獣の頭部、眉間をじっと見つめる。

「行くぞ――光芒こうぼうっ!」

 手のひらから、一直線に光線魔法が放たれる。

 光は、巻き上げられた砂埃を吹き払い、巨獣の頭部を目がけて進み。


 命中。

 巨獣の頭部の端から、胴体の側面の一部が吹き飛ぶ。

 だが。

 一瞬よろめいた後、巨獣はふたたび、姿勢を立て直して走り続ける。

「くそっ、外したか!?」

 着弾直前に、巨獣が頭を振ったようだった。

 ダメージは与えたが、結節点を撃ち抜くことはできなかった。

 気づけば巨獣は、主砲を放つ前よりも、ずっと大きく見えている。

「目測、接触まで一キリミルター! ティグレ君、もう一発行けるかい!?」

 ロークスの声には、焦りの色があった。

「あぁ、やってみる!」

 再び右手を、巨獣に向けて構える。

 次で仕留めなければ、巨獣はリクの街に到達してしまう。

 そう思えば思うほど、右腕は緊張でこわばる。

「落ち着け……」

 自分に言い聞かせる。

 ファファからの魔力が、再び供給される。

「よし!」

 もう一射を放つ。

 そのときだった。


 あたりに、重なり響く風切り音が、こだました。

 次の瞬間。

 何十という爆発が、巨獣の右側面で起こる。

 その轟音に、俺は思わず顔をそむけた。

 ふたたび巨獣を見れば、それは炎に包まれ、転倒していた。

「っ、何だ!?」


 地平線の向こうに、背中に棘が幾十も生えた、ワニのような影がひとつ。

 それは八本の脚を持ち、六十ミルター級の巨大な体躯を素早く前に推し進めていた。

 その姿を見たミラは、思わず目を丸くして、つぶやく。

「バリバルタ――」

 地平線の影、その背にある棘の群れは、すべて機械の砲であった。

 砲門はすべて巨獣に向けられ、爆音とともに、ふたたび一斉射撃が放たれた。高音とともに飛び行く砲弾は、倒れ込んだ巨獣に、容赦なく追い打ちをかける。

 巨獣はのたうち回っていた。


 砲声が止むと、そこには粉々になった岩石と、たなびく硝煙しょうえんだけが残されていた。


 ◇


 マハガの横に並ぶと、「棘だらけのワニ」、バリバルタは倍ほどの大きさがあった。

 リクの陸港に、マハガとともにバリバルタは接岸していた。

「あれも、大傀儡アークゴーレムなのか?」

 俺は、傍らのミラに問う。

「そ。うちよりずっとデカいでしょ」

「なんていうか、巨獣よりよっぽど巨獣っぽいな」

 バリバルタはその体躯の刺々とげとげしさから、凶悪な印象を与えていた。


 すると、バリバルタの方から、人影がこちらに走ってくる。

「おぉい」

 手を振る人影は女性だった。ミラも手を挙げて返す。

「ミラ、久しぶりやんな!」

「どーも」

 その女性は、俺よりも背が高かった。一目見ただけで、姉御あねご、という言葉が浮かんでくる。

 伸ばしっぱなしのように、ところどころが跳ねた茶髪に、白衣のような上着をまとっている。左目だけにつけている、片眼鏡が印象的だった。

「紹介するよ。バリバルタの艦長、リーン」

「おおきに。ミラ、脇のはどちらさん?」

「ティグレ。マハガの主砲だよ」

 俺は、リーンに向かって小さく頭を下げた。

「お、あんたがあの主砲か。威力だけはええもん持っとんな。せやけど、さっきの戦い、あれじゃバクチやで。危のうてかなわんわ」

「ぬぅ……」

 バクチって……。

 遠慮なく言われて、少し困惑した。

「うちのバリバルタのは、大量に打ってそこそこ当てるんが主義や。あれ全部、機械砲でな。うち、機械使いやねん」

 機械使い。

 この王国にはほとんど存在しない、魔法に頼らず、機械技術だけを駆使する者たちのことである。

「ただなぁ、それ以上は企業秘密や。いくらうちの親友のミラんとこの主砲かて、こればっかりはしゃべられへんわ」

 リーンは屈託なく、歯を見せて笑う。

 なんだかこの人にはかないそうにない、と思った。

「ところでバリバルタも、辺境府に呼ばれたの?」

 ミラの問いに、「せや」と答えるリーン。

「大規模作戦て、なにをおっぱじめる気なんやろな」

「んー、なんとなく見当はついてるかな」

「お、さすがは策士ミラや」

 ふふん、とミラは猫のような口をする。

 この人が策士って、いつもどかーんとかばーんみたいな擬音しか口にしていない気がするが、と気が遠くなる。

「ティグレ、もしかしたら君にも、ふかーく関係する話かもねぇ」

「俺に?」

 どういうことなんだ?

「そ。明日の辺境府、私らと一緒に来るといいよ。

 君が戦うべき、ほんとうの最強の話が、聞けるかもしれないよ」

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