9 開花
「くそっ、どうなってやがんだ、あいつ!」
俺は苛立ちを口にする。
「思ったよりも素早い……どうしたもんだろうね」
ロークスの声にも、焦りの色が浮かんでいた。
「とりあえず動き止めて、ばーっとやっちゃえば?」
「「できたらやってる!」」
ミラの適当な発言に、俺とロークスの声が重なった。
リクの支府に向けて発ったその日の昼下がり。
マハガは、巨獣に遭遇した。
遭遇は、完全に予測不能だった。
何しろ、巨獣は土の中からいきなり現れたのだ。
相手は小型、二十ミルターほどの大きさである。尖った鼻先に、地中を掘り進むための鋭い爪のついた手足。まさに、モグラのような形状をしていた。
「モ級にしては速すぎるね。亜種かな」
ふつう、モ級と呼ばれる巨獣は、地上ではそこまでの速度は出せないはずらしい。
だが相手は、マハガの打撃をすべて避ける。
俺の主砲の狙いも定まらない。
「しかし、あいつ避けてるだけだな……攻撃してくる気配がない」
巨獣は回避ばかりで、マハガに向かって攻撃をしてくる様子はなかった。
何か、攻撃手段を隠してるのか?
ふと、俺は異変に気づいた。
深緑色をしていた巨獣の色が、ところどころから赤っぽく変わりはじめている。
全身の数か所が
「なんだ、あれ……」
砲座から身体を出して、のぞき込むようにして見る。
紅色は、巨獣の全身を覆わんばかりだった。
「開花だ!」
ロークスが叫ぶ。
「開花?」
「巨獣は、全身の表面に
「ということは――」
「急いで片付けないと、危ない!」
気づけば、巨獣の全身は赤色に染まっていた。
そして、巨獣は足を止める。
「――止まった! いまなら!」
「いや――あれは」
ロークスは、巨獣がこちらに真っ直ぐ向いているのを見て、危険を察知した。
「来る!」
とっさに、ロークスはマハガを横跳びさせた。
その瞬間。
マハガのすぐ横を、光弾がこするように飛んでいった。
光弾は、そのまま曇り空へと消えていった。
「巨獣って……魔法撃ってくるのかよ!」
「そーだよ。すごいでしょ」
「ほめてない!」
マハガは巨獣に光弾を撃たせまいと、打撃を加えようとして接近する。
だが、巨獣はまたしても素早く逃げ出してしまう。
「くそっ、撃ってみる!」
ファファの魔力量が無尽蔵とはいえ、主砲の無駄撃ちで無用な負担をかけたくなかった。だが、撃たないことにはどうしようもない。
構えた右手に、魔力を集中させて。
「
緑色の光が一閃する。
光線は巨獣に命中せず、地面をえぐっただけだった。
すでにマハガの側面に回り込んでいた巨獣は、ふたたび口を開く。
そして、飛び来る光弾。
マハガは身を伏せて、光弾を回避する。
「うぉっ!?」
マハガの背中にいる俺の頭上を、光弾が飛び去っていく。
戦闘中は砲座に防護魔法をかけているとはいえ、もしあれに当たっていたら、と思うと、肝が冷えた。
巨獣が撃っては、避けるマハガ。
巨獣の光弾とマハガの回避の応酬が続く。
「何にしろ、足を止めないとどうしようもない!」
駆け回るマハガの振動が止まらない。
俺は、砲座の手すりを左手で必死に掴む。その間も、隙あらば光線魔法を撃ち込もうと、右手は巨獣に向けて構えたままだった。
「ティグレー、なんかそういう魔法ないの? ぴたっと動き止めちゃう系な」
またしてもミラが、適当なことを言う。
「あるわけないだろ!」
そんなもんあったら、最初から撃ってる!
と、そのときだった。
「あの巨獣に、目はありますの?」
通信に、少女の声が割り込んでくる。
コトアだった。
「ああ、目にあたる感覚器はあるね」
ロークスの返答に、コトアは「なら、光ですわ!」と叫ぶ。
「そうか!」
ロークスは意を得たりと、声を上げる。
「ティグレ君、大きな光を発する魔法を撃てないかい?」
「なるほど、あいつはモグラみたいなもんか、だから目をくらます――」
「そうですわ!」
「それなら、任せとけ!」
魔法式を思い浮かべる。
競技魔法のときも、相手の目くらましに使った技。
「
光弾が弧を描いて、俺の手からゆっくりと飛んでいき。
腕で目を覆い隠して、備える。
どん、という音とともに、太陽がもう一つ生まれたような光が発せられる。
光が弱まるとともに、巨獣を見る。
巨獣は身を縮めて、動きを止めていた。
「いまだ――」
狙いを定める。
そして。
緑の光線が放たれ、モ級巨獣を貫く。
巨獣は半身を吹き飛ばされ、力なく倒れた。
残りの半身は崩れ、巨獣を構成していた岩石が転がり出す。
「よしっ!」
思わず、拳を握りしめた。
「コトアのおかげだ、ありがとな!」
「なっ、べ、別にちょっと思いついただけですわ……」
通信の声だけでも、彼女が頬を赤らめているのが伝わってきた。
砲座から降りると、ロークスが待っていた。
ロークスは、モ級の吹き飛ばされたわずかな残骸をマハガに食わせがてら、俺に向かって言う。
「ティグレ君、やっぱり君の魔法はすごい。小型とはいえ、一撃で巨獣を吹き飛ばすなんて、なかなかできることじゃないよ」
褒められて、こそばゆい気持ちだった。
「ミラから聞いたよ。競技魔法で、あまり評価されないことに悩んでいたんだってね」
「ああ、そうだ……」
「ティグレ君の魔法は、強力だ。純粋な力、という印象だよ。だけどそれは、華麗さを求められる競技魔法の世界では、ひょっとしたら受けなかったのかもしれないね。質実剛健、とでも言うのかな。だけどね」
ロークスは、優しい笑みを浮かべていた。
「君は君でいればいい。この辺境の地が、きっと君を輝かせるさ」
「……ありがとう、ロークス」
ロークスも、なんだかとてもクサいことを言う。その気恥ずかしさに思わず、顔を伏せてしまう。
けれど、その言葉がとても、嬉しかった。
◇
その夜。
元倉庫だった部屋は、すっかり片付けられて、俺の部屋になっていた。
相変わらず倉庫のなごりである物品箱が部屋の隅に積み上げられてはいるし、ベッドは毛布を箱の上に敷いただけの、急ごしらえのものだった。
けれど、自分の部屋があるというのは、心が落ち着くものだ。
「ふぁあ……」
吊り下げられている魔法灯が、ぼんやりとした橙色の光を放っている。
仰向けになってその光を見上げていると、あくびが出てくる。
「そろそろ寝るか……」
寝台から身を起こし、照明を消そうとしたとき。
コンコン、と扉を叩く音がした。
「誰だ……?」
もうみんな寝てるんじゃないのかと思いながらも、扉に向かい、ドアノブを引く。
「遅くに、申し訳ありませんわ」
立っていたのは、パジャマ姿のコトアだった。
「コトア、どうした?」
「少し、付き合っていただけません?」
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