4 大傀儡(アークゴーレム)

「これが、マハガ?」

 見上げる俺は、たぶん、ぽかんと口を開けっ放しだったはずだ。

「そう、大傀儡アークゴーレム、マハガ」

傀儡ゴーレムってことは、あの傀儡馬くぐつうまみたいなものってことか?」

「そ、正解。それの、すごく大型のものだと思ってくれればあってるよ。

 巨大な怪物に見えるけど、中には乗り込めるようになってるんだ。操縦だってできるし、住める場所だってあるよ」

 ミラが手で合図を送ると、マハガは伏せる犬のように、前脚を伸ばし、後脚を曲げ、腹ばいの姿勢になった。

 思いのほか、従順だった。

「こっちから乗り込めるから、ついてきて」

「あ、あぁ」

 ミラについていくと、ちょうどマハガの脇腹のあたりの装甲が開き、扉が現れた。扉のはまり込んでいるあたりは、岩石でできているように見えた。そんなところも、傀儡馬と同じだった。


 扉が開くと、そこには狭い通路があった。

「はい、どーぞ」

「……ほんとうに入って大丈夫なのか」

「なーにびびってんの?」

 そう言って、ミラは俺の背中を押した。

 仕方なく、マハガの内部に入る。

 薄暗い内部は、なんとなく土のようなにおいがした。


 扉からすぐにある数段の階段と、少しの通路を抜けると、広い部屋に出た。

 と、そのとき。

「おかえり、ミラ」

 三十歳前後といった感じの男性が、いたるところにレバーやボタンや計器のついた魔法機器を操りながら、首だけ振り返って言った。丸眼鏡に無精髭、それにしわの出た白衣。黒髪は寝癖のようにところどころが立っていて、髪よりも深そうな黒色をした瞳は、穏やかそうであった。

「ただいまー、ロークス」

 ミラはロークスに歩み寄り、彼にほほえみかけた。

「と、いっしょの君は……」

 ロークスは眼鏡をずり上げて、俺の顔をまじまじと見てくる。

 なんか居心地が悪い。

「ティグレだよ。競技魔法で活躍していた、魔法使い」

「ということは、うまくいったんだね、ミラ!」

「うん、みんなでパーティでもしちゃう?」

「そうしたいところなんだけどさ」

 と、ロークスは手元の魔法機器を操作した。

 すると、目の前の真っ平らな壁に、地図のようなものが現れた。

 魔法描画、か。

「出たんだよ」

 にわかに、ロークスの眼が細められた。

「ありゃ、近く?」

「五キリミルター。すぐそこだよ」

 地図上に、赤い光点が現れる。

「形は?」

「ア級、トカゲ型だ。体長四十ミルターってとこだね」

「なあ、あのさ」

 俺は、二人に忘れられまいと、割って入る。

「出たって、何が?」

 ミラとロークスは、口元をかすかに笑ませて、重なる声で言う。


「「巨獣だよ」」


「そんなわけでティグレ、早速の実戦になるけど、いいかな?」

 ミラはいきなり、俺に言う。

 いやいや待ってくれ。

「実戦って? というか、巨獣って何だ?」

 その疑問には、ロークスが応じた。

「僕らはね、この巨大兵器、大傀儡アークゴーレムを駆って、巨獣と呼ばれている、これまた巨大生命体と戦っているんだ。巨獣は辺境をおびやかす存在で、街や村を襲うことがたびたびある。だから、僕らのような大傀儡アークゴーレム乗りが戦っているんだよ」

「といっても」

 と、ミラが続けた。

「巨獣も決して、かんたんに狩れる相手じゃないよ。相手も大きいし、油断したらこっちがやられちゃう。だから私たちにも、力が必要なんだよ」

 そう言って、ミラはこっちを見る。

「まさか、それが――」

「そう、君。巨獣と戦うために、君の魔法が必要なんだ。

 マハガの〈主砲〉として」

 〈主砲〉だって?

「いままでうちのマハガは、殴りかかるしかできなかったんだ。殴り合いって危ないんだよ、巨獣の力のほうが、ぶっちゃけ強いし。けれど、君が来てくれたから、戦術の幅がぐっと広がるってこと」

 そう言うと、ミラは部屋の片隅のはしごに向かった。

「ティグレ、ついて来て?」


 先ほどまでいた操縦室から、はしごで上へ登る。

 登りながら見えた空の色は、かすかに赤みを帯びていた。あと半刻もすれば、日は地平線に沈みはじめるだろう。


 登りきると、そこはマハガの外、言うなればマハガの「背中」の上だった。

 出てきた先は、直径二ミルターに少し足りないぐらいの、円形の空間だった。胸元ぐらいまでの金属製の壁が周りを覆い、そこから上は開けていた。

「ここが砲座。君には、ここから魔法を撃ってほしいんだ」

 これを着けて、と言われて渡されたのは、体を固定するためのハーネスだった。

 腕と足を通してハーネスを装着すると、砲座を囲うように立つ金属の壁から伸ばしたフックを、ミラがハーネスに引っかける。

「こんなに固定する必要あるか?」

「そりゃだって、マハガは動くからね。それも、激しく」

 はいこれ、と言われて渡されたのは、耳に装着する小型の魔法道具だった。

「これで操縦室と話せるからね。それじゃ、私は下に降りるから」

「ちょっ、ミラ! 俺はどうすればいいんだ?」

「タイミングのいいときに、てきとーにぶっ放しちゃって」

「適当にって、おい!」

 雑にもほどがあるだろう!

 そんな心の叫びもむなしく、ミラははしごを掴んだ。

「だいじょうぶ。君の魔法なら、やれるよ」

 そう言うと、ミラは親指を立ててウインクした。


「ティグレ君、聞こえるかい?」

 耳元で、ロークスの声がする。

「あぁ、聞こえる」

「感度良好だね。さて、これから僕らは、五キリミルター先の巨獣と戦う。操縦は僕がしているけど、かなり派手に動くから、覚悟しといてね」

「うおっ」

 ロークスがそう言うやいなや、大きな揺れに襲われる。そして、視界の高さが上がっていく。

 マハガが立ち上がったのだ。

「ミラ艦長。指示を出してくれるかい?」

 艦長、だって? ミラが?

「これより、巨獣の討伐を行いまーす。マハガのみんな、戦闘態勢に移行してください」

 ミラの声は、これまでどおり、緊張感のかけらもなかった。

「目標、ア級トカゲ型巨獣。戦闘は格闘戦ならびに――」

 一拍の間が空いた。

「魔法式主砲による、砲撃戦を以て行いまーす」

 魔法式主砲。

 俺のことだ。

「マハガ、前進してー」

「前進、宜候ようそろ

 ロークスの声とともに、大地を踏みしめたマハガの、足音が響き渡る。


 一歩、そしてまた一歩。

 戦いに近づいていく実感。

 そのたびごとに、砲座に立つティグレの、心臓の鼓動が高まっていく。

「……やってやろうじゃん」

 俺の気持ちの高まりは、競技魔法の試合に臨む前と、まったく同じだった。


 マハガの速度は上がり、歩くというよりも、走るに近い動きに変わっていた。

「ティグレ、そろそろ進行方向に敵が見えるはずなんだが、どうだい」

 ロークスの声に、俺は目を凝らす。

 いた。

 夕暮れ近い光の中ではっきりとは見づらいが、真正面の荒れ地の中に、巨大な影がひとつ。

「見えた――」


 細長い身体に、横に張り出した四本の脚。

 そして、胴体の倍はあるかという、長い尻尾。


 あれが、巨獣か。

 思わず唾を飲む。

 マハガが進むごとに、巨獣の影は迫ってくる。

 その巨獣の、深緑の色までもが、はっきりとする。

「ロークス、間合いを取っていったん止まってくれるかな?」

「了解」

 ミラの指示とともに、マハガは足を止める。

 目測、五百ミルターほどだろうか。

 巨獣も、こちらに気づいたようだった。


 ミラは、深く息を吸い込んで、つぶやくように言う。

「それじゃ、やっちゃいましょっか」

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