5 初陣
マハガは、ア級トカゲ型巨獣に対峙している。
「攻撃、はじめちゃって」
ミラの声とともに、マハガは動きはじめる。
まずは間合いを保ちつつ、巨獣を中心とした円を描くように動き、相手の出方をうかがっていた。
「あれが巨獣……デカい……」
俺は砲座から、マハガの走りに揺られながら、巨獣をまじまじと見つめていた。
トカゲ型と呼ばれているように、地面に腹ばいになったような形をしていて、背は高くないが、何しろ長い。
体長だけで、四十ミルターはあるといっていた。
いくら〈異常血〉を発症した俺の魔法が強力とはいえ、あの大きな図体に効くのだろうか。
「ミラ、どうやって戦うんだ?」
耳にはめこんである、通信用の魔法道具に話しかける。
「んー、ぼこぼこってして、ばーっとやってくれればいいよ。ね、ロークス」
いやいや、適当すぎるだろ。
と思っていたら、振られたロークスは応じた。
「まずはいつも通り、一撃離脱での接近戦で打撃を加えたあと、ティグレ君の主砲の一撃で結節点を撃ち抜く、ということかな」
よくわかるな、ロークス。
ところで。
「その、結節点ってなんだ?」
「結節点は、簡単に言えば弱点だね。
巨獣は、ああ見えて、一種の菌類が岩石や金属を結びつけてあの形を作っている、いわば集合体のようなものなんだ。その中核部分を結節点と呼ぶ。そこを攻撃すれば、巨獣は倒せるってわけだよ」
「結節点の場所は、どうやって分かる?」
「僕のカン、かな」
思わず、溜息が漏れる。なんだか、ミラといいロークスといい、ノリで戦っているような気がしてならない。
すると、マハガは急に円運動をやめ、巨獣に向かって方向を変えた。
動きに気づいた巨獣が、首をもたげる。
そして。
巨獣が、尾を振りかざした。
「お、おいっ、来るぞっ!」
尻尾に、やられる!
「ん、そうだね」
ロークスは、途端にマハガを横飛びさせる。
全身がふわりと浮くような感覚のあと。
「うわっ!」
着地の揺れが、激しく来た。
横を見ると、先ほどまでマハガが走っていた場所に巨獣の尾が叩きつけられ、土砂を跳ね上げていた。
間一髪だった……。
マハガは後脚で粘るように大地を踏みしめ、巨獣に向かってまっすぐに跳ぶ。
それと同時に、マハガの前脚が大きく引かれて。
巨獣の頭部を殴りつける。
巨獣はのけぞり、後ろに数歩引き下がった。
「やっぱり、デカい……!」
目の前で動かれると、さらに迫力は増していた。
巨獣の挙動すべてが、吹きつける強風のような圧を与えてくる。
まるで巨大な建物がひとつ、意思を持って動いているかのようだった。こんな恐ろしい巨大生物が辺境にいるなんて、噂に聞いたことすらなかった。
マハガはふたたび巨獣から距離を取り、相手の出方をうかがっている。
巨獣は尾で地面を叩き、こちらを威嚇しているかのようだった。
すると巨獣は、地面を強く蹴り、マハガに向かって激しく突進した。
「速い!」
巨体を、信じられないほどの素早さで動かしてくる。
マハガに体当たりを仕掛けるつもりだ。
「跳ぶよ、つかまって」
ロークスの声。
途端に、マハガは大きくジャンプして、巨獣の突進をかわして。
「うわっ――」
身体が浮かび上がり、とっさに俺は、目の前にあった砲座の
そして跳び上がりついでに、巨獣の背をマハガの後脚が踏みつける。
巨獣は地に伏したが、すぐに身を起こし、恨めしそうに首を振った。
「ふむ、まだやるのかな?」
ロークスの声からは、余裕が感じられた。
巨獣は再び動き出す。
尖った頭部が、全部口であるかのように、縦に真っ二つに割れる。
そして、突進。
だがマハガは、今度は突進に対して動かなかった。
「おい、ロークス!」
なんで動かないんだ!
「大丈夫」
ロークスの余裕の声とともに。
巨獣のひと噛みを、マハガは軽く後ろに身を引いただけでひらりとかわし。
その頭部を、前脚で横合いから強く叩きつけた。
打撃の勢いに、巨獣は身を一回転させ、吹き飛ぶ。そうして横倒しになった巨獣は、足をじたばたとさせていた。
「ロークスの操縦って……」
マハガの凄まじい戦闘機動を体感して、思わず口にしてしまう。
「すごい、のか?」
「ありがとう、ティグレ君。操縦技術は、僕のちょっとした自慢でね」
と、巨獣が身を起こす。
「だが、格闘戦じゃ巨獣を倒すのは骨が折れるんだ。だから、そろそろ――」
ロークスの言葉に、ミラが重ねる。
「魔法、撃ってちょうだい?」
いよいよ出番か……!
だが。
「ちょっと待ってくれ、ミラ」
俺は、ふと疑問が浮かぶ。
「なぁに?」
「マハガに、魔法給いはいるのか? 魔力の供給がないと、魔法は撃てないぞ」
魔法使いは魔力を放出する。そのためには、魔力を注ぎ込む魔法給いが必要。
魔法使いと魔法給いは、常に二人一組でなくてはならない。
だがミラはふふん、と鼻を鳴らす。
「乗ってるよ、マハガに」
魔法給いが、いるのか!
「それなら!」
魔力の供給経路を開く式を、小さく
すると。
「なんだ、これ――」
俺は思わず、息を飲む。
これまでに感じたことのない量の魔力が入り込んでくる。
過去に、競技魔法では何十人という魔法給いと組んだ。だが、ここまでの膨大な魔力供給ができる魔法給いになど、出会ったことがない。
だが、これなら。
「俺の〈異常血〉の魔力放出量にも……追いつく!」
自分の右手を見つめる。
そして、強く握りしめる。
「ロークス! どこを狙えばいい!?」
「結節点のある位置を、僕がマハガで殴る! その位置を覚えてくれるね?」
「わかった!」
マハガは、勢いよく駆けだす。
巨獣の左側に回り込み、その横っ腹に向かって、前脚で殴打を加えた。
「ここだ、ティグレ君!」
「了解!」
マハガは巨獣から距離を取るように走り、立ち止まって、巨獣に対して
俺は右手を前に突き出して、頭の中で魔法式を思い描く。自分が最も得意としている、大威力の光線魔法を。
その間にも、手先から溢れ出んばかりの魔力が練られているのを感じる。ラナキュラスに向けて放ったときよりも、格段に大きな魔力が。
「これなら、いける!」
◆
そのとき、操縦席で魔力計を見たロークスは、目を見開いていた。
「この魔力量――」
魔力計の針は、とうに振り切れていた。
ミラも、口を真一文字に結ぶ。
「ふつうじゃない、かな」
「あぁ。少なくとも僕は、見たことないレベルだよ」
ミラは、自信に満ちた笑みを浮かべた。
「最強の魔法使いのティグレに、最強の魔法給いのあの子のペア……
これもしかして、あの、辺境最大の巨獣にも勝てちゃうかもしれないね」
「ふふっ、それは面白そうだ」
◆
俺は、手のひらに意識を集中させる。
そして、呟く。
「光芒――」
練られた光が、空間を突き破るかのように溢れ出して。
それは一本の、
一閃、放たれた。
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