2 二者択一

 ふたたび、時はいまに戻る。


「つまり君は、〈異常血〉を発症したということだ。もうこの説明は三度目だがね」

「……」

 鼻までずりさがった眼鏡越しに、めんどくさそうに語る競技魔法団体の係官を、無言のまま睨みつける。

「君たち魔法使いは、血統の良さこそが価値であるのは、当然知っているね。血統の良い魔法使い同士をつがいにし、血統を改良するんだ。そうして魔法使い同士の血を結びつけていくなかで、ときおりこの〈異常血〉が発生するんだよ。

 症状としては、魔力放出の暴走、魔力供給の異常、など。まあ君の場合は、放出する魔力量の過剰なまでの増大だった」

「そんなことは知ってる。だが、どうして俺に起きたんだ」

 牢の床に座り込んだままの俺は、いらだって、石の床をはたいた。

「それはわからない。〈異常血〉が起こる原因はわかっていないから、手のほどこしようがないのだよ」

 ともあれ、と係官は続ける。

「〈異常血〉は遺伝する。これだけは確実なことだ。だからこそ、〈異常血〉を引きおこした魔法使いには、魔法去勢まほうきょせいを受けてもらう」

「どうして俺が!」

 魔法去勢とは、「魔法使いの能力を奪うこと」と、「繁殖能力を奪うこと」の両方を意味する。

 その方法は、俺も知っていた。

 魔法使いの能力は、眼窩がんか上部に金属の杭を差し込み、そこから杭をハンマー叩き込んで、脳の一部を破壊する方法によって奪う。

 繁殖能力については、言わずもがな。性器の一部分を切るのだ。

「執行は今日の夕刻だ。では、また時間になったら来る」

 そう言い残して、係官は靴音とともに去って行った。


「なんでだよ――なんで」

 俺はまだ、魔法使いとして認められてないんだ。

 魔法をここで奪われてしまったら、これから何を目指して生きていけばいいんだ。

「俺はまだ……最強になれていないんだ」


 そのとき。

 足音がした。

 牢の目の前に人影が立ったのに、俺は気づく。

「君、ティグレ?」

 女性の声だった。

 顔を上げると、肩のあたりで切りそろえられた赤毛の女性がそこにいた。

 年齢は、俺よりも数歳上に見えた。垂れ目の緑色の瞳は優しげな印象を与え、形の整った眉、細い鼻筋とあいまって、ひとことで言えば、美人だった。

 べにの塗られた、なまめかしい口元に目が行ってしまう。

「あんたは……?」

「私はミラ。君と、取引したいんだよね」

 ミラはしゃがんで、俺と目の高さを合わせた。

「私といっしょに、辺境行かない?」

 なんだって?

「辺境、に?」

「〈異常血〉を起こしちゃった君の魔法が欲しいんだ。私の、マハガに」

「マハガ? それは何だ?」

「んー、まあそれはいいから。ここから七日はかかるけど、行ってみればわかるよ」

 おっとりとした口調で、ミラは言う。

「そんな、何が何だか分からない話に――」

「だけどこのままじゃ、君は去勢されちゃうよ。それでもいいの?」

 ミラは、俺の言葉をさえぎって言った。微笑みを浮かべ、語調はゆるやかだった。けれどその中には、重い響きがかすかに感じられた。

「それ、は……」

「競技魔法の団体にもう話はつけてあるし。ティグレ、君さえいいって言ってくれれば、君は去勢されないで済むんだよ。いい取引じゃない?」

 もちろん、魔法去勢など絶対にされたくない。

 だが、このミラという人の言うことも、いまひとつ信用しきれない。ついていったら、いったいどんな目に遭うのだろうか。

「君の魔法の話は聞いたよ。すっごい威力だったらしいね」

 威力は、たしかに凄まじかった。

 だがそのせいで、ラナキュラスは負傷し、すべてを賭けていた一戦は中断。そして俺は、このありさまだった。

「さっき、最強になりたい、って言ってたよね。

 私とくれば、君は、君の望む最強になれるよ」

 最強。

 その言葉は、俺の心をくすぐった。

「……去勢よりも、ひどいことをしたりはしないな?」

「もちろん。約束するよ」

 本当に、彼女の言葉に乗っていいのだろうか。

 彼女の目は嘘をついてはいないことはわかる。

 だが、辺境だ。行ったことはおろか、話を聞いたこともほとんどない場所。

 それに、マハガなんて、なんのことか分からないところに連れていかれるのだ。


 だけど。

 ここにいて魔法去勢をされたとしたら。

 もう俺に、目指すものなんてなくなる。

 あとは死ぬまでの時間を、ただ時間をつぶすように生きていくのだろう。

 それはきっと、砂を噛むような、退屈な時間だ。


 なら、賭けてもいいんじゃないか。

 そう思えてきた。


「わかった、ミラ。あんたについていく」

 牢の格子の間から、手を伸ばす。

 ミラはしっかりと、俺の手を握った。

「ありがとう、ティグレ。

 じゃあ、すぐ行こっか。辺境は遠いからね。ながーい旅がはじまるよ」


 ◇


 まだ太陽の高いうちに、俺はミラとともに、王都を離れた。

 馬車の手綱たづなはミラが取り、その脇に座る。

 車を引くのは本物の馬ではなく、魔法を動力とし、石でできている〈傀儡馬くぐつうま〉だった。

 といっても、その動力の魔法は、俺の使う魔法とは性質が違う。


 魔法には、ふたつの系統がある。


 ひとつは俺が使う、〈人の魔法〉の系統。

 これは、魔法給いから出る魔力を、俺のような魔法使いが魔法に変換する形だ。


 そしてもう一つが、この傀儡馬を動かしている〈花の魔法〉。

 〈花の魔法〉は、〈魔法花〉と呼ばれる植物から魔力を吸い取って、魔法動力に変換するもの。こんなふうに傀儡馬を動かしたり、灯りをつけたり、料理の鍋を加熱したり、と生活を支えるあらゆるところに出てくる。



「そういえばティグレ、家族はいるの? もう出てきちゃってから聞くのもなんだけど」

 家族と聞いて、俺は思わず目を伏せた。

「いる、けど」

「けど?」

「どうでもいいんだ、あんな奴ら。両親は、俺よりも才能のある弟のほうばかりで、俺をちゃんと見てくれなかった。弟は弟で、俺のことを下に見てた。

 俺にかけられる言葉は、嫌味いやみ罵声ばせいのどっちかでしかなかった。だから、あの家になんの未練もない」

 ミラは小さくを置いて、返す。

「そっか。それはつらいね。そしたらマハガが、君の新しい家族になるよ」

「だからその、マハガって何なんだよ……」

 ミラは目を細めて、笑う。

「着いての、お楽しみ」


 俺たちを乗せた馬車は、街道を、東へ東へと進んでいった。

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