マハガ ~魔法の威力が高すぎて追放された俺が、巨大兵器の最強主砲になった~
キリカ
1 異常血
「ティグレ。お前、タマ切り落とされるんだってな」
そう言って、看守はにやりと笑う。
それは、冗談でもたとえでもない。
俺は今日、去勢される。
すべては十二日前、競技魔法での出来事がきっかけだった。
◇
十二日前。
王都のコロシアム。
コロシアムでは〈競技魔法〉が行われている。互いに魔法を撃ち合って相手を倒す、魔法を駆使した武術試合である。
「皆様、お待たせいたしました! 本日のメインイベント! ランク第二十五位、ティグレの挑戦を受けるのは……」
言葉を溜めに溜めた司会者が、観衆の期待をあおり立てる。
「対戦成績、四十三戦四十三勝、ランク第一位! 古今に並ぶ者なき無敗のおぉぉ、王者っ!」
司会者は、天に向かって高らかに指を差す。
「ラナキュラスっ!!」
その名が呼ばれたとき、コロシアムを埋め尽くす観客は一斉に立ち上がり、
歓声に沸き立つ戦場への入場門に、俺は立つ。
あのラナキュラスへの歓声を聞いて、くやしくないわけがない。
「絶対に負けられない……」
ティグレは、濃い灰色の髪に、魔法使いらしい細身の
「ラナキュラスを倒して、認めさせてやる。俺の力を」
俺は、自分自身を奮い立たせるようにつぶやいていた。
認めさせる、とは言っても。
決して、俺は劣った魔法使いではない。競技魔法での戦績も低くはない。ランク二十五位は、何百人といる競技魔法使いの中では、上位の存在である。
だが、それに満足できなかった。
なぜなら、自分の技量を、人々が認めてくれていないように感じていた。
もっと評価されるべきだ。
もっと注目されるべきだ。
もっと賞賛されるべきだ。
――最強になりたい。
俺の光線魔法の威力は、競技魔法界随一。
勝負勘も、決して悪くはないと思ってる。
けれどいまひとつ、評価が伸びない。
俺の年は二十一歳。競技魔法界のピークと言われる十九歳を超えているということもあるのだと思う。
それに、ランキングが上から十二番に入ると「
だがラナキュラスを打ち破れば、一気に十二傑入りは確実である。いや、無敗のラナキュラスを倒すことは、十二傑どころではない、それ以上の名誉だ。
ようやく掴んだ、ラナキュラスとの対戦カード。
今日の試合は、絶対に落とせない。
入場門のゲートが開かれる。
その瞬間、観客の声は一層高まった。
悔しいことに、その声のすべてが、対するラナキュラスに向けられたものだということを、俺はよくわかっていた。
「だからこそ……絶対に」
拳を握りしめ、白のマントをひるがえし、俺は歩んでいった。
歩む先には、長身の女性の姿があった。
長い銀髪を大きく三つ編みにし、涼しげで整った顔立ち。揺れる髪の色を際立たせるような、紋章入りの黒いマントをまとっている。その下に見え隠れする白銀の鎧もあいまって、さながら戦乙女といった、
彼女こそラナキュラス。
年齢は十八と、まだ若い。
同じ年頃の王都の少女なら、恋やファッションにうつつを抜かしているぐらいのはずなのに、彼女の風格はどのようなベテランをもしのぎ、戦績においても一度たりとて敗れたことのない、絶対王者だった。
俺は、ラナキュラスと二十ミルターほどの間合いを取って、互いに向き合った。
「ラナキュラス、あんたに勝つ」
射抜くような目線を送り、その顔を見つめる。
だがラナキュラスは、小さく鼻を鳴らしただけだった。応じる必要すらないといったばかりに。
「……聞いちゃいたが、いけすかない奴だな、あんた」
「無駄口を叩くな。力は試合で示せ」
思わず、歯噛みした。
言われなくても、と心の中で言い返す。
「では、両者構えて」
コロシアムに、審判の声が響き渡る。
客席が水を打ったように静まる。
腰を落とし、右手に魔力を集中させる。
ラナキュラスは直立姿勢のまま、考え込むようなポーズで、握った手を口元に寄せた。
「はじめ!」
開戦の合図。
「
詠唱とともに、
だが、ラナキュラスは手の一振りだけで、その薄緑色の光線をさばき、はじいた。
「それで、全力か?」
あきれたように目を細めるラナキュラス。
「んなわけあるかっ!」
ラナキュラスの反撃に備え、跳躍魔法で右に大きく横飛びする。そして空中で再び右手に魔力を溜め、彼女に光線を放つ。
着弾。
緑の散乱光が、しぶきのように上がる。
だがそこに、ラナキュラスの姿はなく。
「どこだ!?」
すでにまったく別のところに立っていたラナキュラスは、俺が着地しようとしている場所に、拘束魔法の陣を展開していた。
「まずい――」
すんでのところで、空中で跳躍魔法を行使し、罠にはまるのを回避した。
だが。
「浅はかだな、ティグレ」
飛び退いた俺を追うように、赤い光弾が飛び来る。
眼前にまで迫った光弾は、
「ぐっ!?」
全身に展開している
このまま寝転んでいては、ラナキュラスに的にされるだけだ。
必死に身を起こし、追撃を受けないように防御結界を展開する。
予想通り、そこには光弾がいくつも飛んできた。
「くそっ、やっぱりただもんじゃねぇ……」
ラナキュラスは立て続けに光弾を打ち込んでくる。結界を砕こうとしているのだ。
「けど、やるしかねぇっ!」
ラナキュラスに向けて右手を構える。
次の一撃で、確実に仕留めると決意して。
その瞬間。
ぱきん。
頭の中で音がして、何かが外れたような気がした。
「――なんだ、これ」
俺の右手に集まる魔力が、いままでとは桁違いに大きい。
魔法使いは、単独で魔法を放つことはできず、いわば魔力のタンクである〈魔法
これまでの魔力が、手に握ったリンゴぐらいの感覚なのだとすれば。
いまは、身体の何倍もの大きさの巨石を、手元に楽々と握りしめているような感じだった。
「これなら……いける!」
コロシアムが、ざわめいている。
おそらくは、俺の魔力の強大さに。
それは当然、ラナキュラスも同じだろう。
とっさに、ラナキュラスはすべての魔力を防御に回した。四重に結界を展開し、身体を包む緩衝魔法も厚くして。
「喰らえ!」
叫びとともに、収束した
ただひたすらにまっすぐ、光はラナキュラスに向けて伸びていき。
瞬時に、彼女の四枚の結界を打ち砕いて。
ラナキュラスはとっさに、自らを包む緩衝魔法をさらに強化する。
だが。
「――ぐっ!!」
ラナキュラスの頭に、光線は直撃した。
彼女は、大きく吹き飛ばされた。
「……うそ、だろ?」
放った光線の帰結に驚いたのは、俺自身だった。
自分の魔法は、あのラナキュラスを、打ち倒した。
そこまではいい。
だが、かろうじて身を起こした彼女の右目の周りには、魔法性の火傷痕が残っていた。身体への防護を完璧にしている競技魔法では、まずありえないことだ。
それだけじゃない。ラナキュラスの緩衝魔法に弾かれた光線は、観客席に飛び込んで、騒ぎになっていた。
「試合中止!」
審判の声が、コロシアムに響き渡る。
「ティグレへの魔力供給を切断!」
「ラナキュラスの救護を急げ!」
俺のまわりに、棒を構えた何人もの護衛が走り来る。
とっさに右手を構える。だが、魔力の供給はない。
すでに、魔法給いからの供給が断たれているのだ。
「拘束しろ!」
背後で、護衛が棒を振りかぶった。
そして、背中に強い痛みが走る。
「ぐっ」
魔法での緩衝がされていない
視界が揺らぎ、俺は地面に倒れ込んだ。
「こいつは〈異常血〉を発症した。閉じ込めておけ」
なんだって?
〈異常血〉の発症――?
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