グロリア─女王の呪い─
弌原ノりこ
プロローグ
物心ついた時から、グロリアは窓の外に見える白壁の巨城に憧れを抱いていた。
幼い子どもたちは皆夢中になる幻想の城、平民の彼女たちには踏み入れることすら許されない最も気高く清らかな城、その最奥の目映い玉座こそが、この国で最も貴い方にのみ許された唯一無二のものなのだという。母からそう聞いた時から、グロリアの心はその玉座に捕らわれていた。いつか、そこに至れれば、自分の幸福は約束されるのだ。そう、思いながら彼女は生きていた。今この瞬間、父に床に押し倒され、頬を打たれながらも、彼女はそう願っていた。
(今日は、なんてついてないんだろう)
グロリアは、人生最悪の1日の今日を振り返った。今朝、いつもパンを分けてくれる親方が店を閉めていたせいで、一日中空腹だった。針子の仕事をしている最中、普段は滅多に指を刺さないのにこの日は三度も指に穴を開け、母の形見の服を汚してしまった。雨が降っていたせいで泥濘で足を挫いてしまった。父の酒を切らしていたせいで今はこんな風に折檻されている。最悪だった。普段ならば、こんな間抜けなミスを犯したりはしないのに。今日に限ってこんな目に遭うのだ。
何も食べていないせいで、グロリアの意識は輪郭を失い、ぼやけていく。打たれて熱を持つ頬と、ひりつく指先と、挫いてしまった足首の痛みがグロリアの意識を繋ぎ止めていた。つらい時ぐらい、気絶させて欲しい。そんな風に考えていた、その時、家の扉を叩く音が聞こえた。今は月も眠る真夜中だというのに、誰だろう。
「ああ?こんな夜中にどこの馬鹿だ?」
悪態をつく父の声が聞こえる。暴力の雨あられが止み、ひとまず命が繋がったグロリアは、休む暇もなく、扉の向こうの気配に息を潜めた。憲兵かもしれない。彼らは国王直属の治安維持部隊だ、近頃裏町で流通している「麻薬」を取り締まっていると聞く、きっと、それの調査だろう。彼女も表立って「麻薬」の売買をしているわけではないが、よく売れるその商品をちょっと「都合」することもあり、追求されればグロリアも無事では済まないだろう。
扉の向こうに立っていた人物は、どうやら一人らしい。憲兵ではない。彼らは常に二人一組で行動をしているから。
カーペットのように床に張り付きながら、グロリアは父と来訪者の会話に耳を傾けた。
「こんばんは、リーズ氏。グロリア殿は、こちらにいらっしゃるか」
「……なんでぇ、うちのガキになんか用か」
「我が主が貴殿の娘をお呼びです」
「どこのどいつがお呼びだってぇ?」
まともに答えようとしない父に業を煮やしたのか、来訪者の男は腰に提げた布袋から金貨を5枚取り出し、父の掌に乗せた。父とグロリアは、その光景に唖然とした。一体何者なのだ、この男は。
「もう一度問おう、リーズ氏。貴殿の娘、グロリア嬢はどこに?」
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