第17話 体外魔力操作

 研究計画を立ててからは体外の魔力を操作する技術を習得するために色々と文献を漁っていた。


 確かに使えれば便利なのだが、魔力が拡散してしまい効率が良いものではないということで、普通はあまり使われていない技術とのことだ。

 それこそ魔法の極限を必要とする上位冒険者が魔力を集積させるために行う、みたいなことにしか使われない。普通自分の魔力だけでなんとかするものだし、それを超えるものを相手にはしないのだ。


 とはいえ魔力の外部化というのは割と人気な分野で、この手法については結構情報があった。他にも電場により魔力粒子の分布を偏らせることができたという研究成果もあったが、これはまた今度じっくり見ることにしよう。


 しかし今までは検索して調べられていた論文もこうやって手探りで探すのは非常に骨が折れる。しかもつい最近習得した言語で書かれた物がほとんどだ。いくらレジュメ集的なものがあるとはいえ大変な物は大変だ。

 都合の良い助手がいたらぜひ雇いたいものだが、まあそれができるくらいの能力があれば自分でも研究しているか。



 さて体外の魔力の操作方法についてだが、コツのようなものがわかった。方法は大きく分けて二つある。

 一つは簡単だ。自分の魔力を放出して大気中の魔力にぶつける。これだけで動かせるわけだが、よほど集中させるとかをしない限り明らかな赤字だ。それに自分の魔力が混ざってしまう手法は研究上論外だ。

 二つ目は現実的だが難しい。結局は自分の体内の魔力を操作している現象を再現すれば良い。ずばりその方法は電場を生じさせることだ。普段は神経によりその作用が起こされている。

 体内の魔力を動かすことと体外の魔力を動かすことでは大きな違いがある。体内であれば神経などにより操作されているが、体外ではいわゆる感覚というものを伴わずに、かつ意識的に電場を生じさせる必要がある。完全に身体から切り離すためには空気をイオン化して空気中に電場を発生させる必要が出てきたりするが、基本的には身体の表面に電場を生じさせれば十分だ、


 ちなみに技術自体は高等ながら結構昔から存在していて、それが解析されてきたことで今は習得が現実的な技術になっているらしい。

 電場なんて知られていなかった時代からあったということは、最初の発見者は神経に流れる電流を自分で制御しようとして発見したとかなのだろうか。今となっては定かでは無いが技術で戦闘能力を極限まで高めようとした相当クレイジーな人がいたのだろう。


 さてここまでも難しい技術だが、俺が挑戦しようとしているのはさらに上だ。普通こうして体外の魔力を操作したら、身体にまとわせるもしくは取り込むことで体内の魔力とまとめて使用して魔法を使うことになる。しかしそれでは体内の魔力と混ざってしまうのだ。俺は完全に体外で魔法を起こす、もしくは自分の魔力を混ぜないで魔法を放つ必要がある。


 とはいえ前者なんかはできたらノーベル賞級だ(この世界にノーベル賞はないが)。これはつまり魔力に命令を飛ばす方法を解析できたことになるからだ。

 これが普通に運用可能になれば電気に代わって魔力が最強のエネルギー源となり得る。現実的なのは後者になる。


 同様の取り組みについて試しが無い訳では無いが、習得は地道な鍛錬が必須だとのこと。具体的には魔力を出さないで魔法を使えれば良い。どういうことだと思うかも知れないが、これを理解するためには前提知識がいる。


 まず魔法は魔力を魔力で操作することで起こっているということを把握しないといけない。根本的には脳及び神経が魔力を操作しているのだが、それはあくまで起爆剤のようなもので、目に見える現象はそれで操作された魔力で起爆されて起こるのだ。


 一見不思議なようだが、これを認めれば納得が行くこともある。

 一つは魔法が遠隔作用を起こせるということだ。これは魔力を媒介して現象を起こせなければ説明がつかない方法だ。ちなみにこれは事前に命令を組み込んだ体内の魔力を出しているわけであり、残念ながらこれがすなわち体外の魔力操作に繋がるわけでは無い。

 もう一つは魔法陣だ。これは魔法が魔法を起こしていることがよくわかる例だ。魔力を注ぐことで魔法陣により魔法の初動が起こり、余剰に注ぎ込まれた魔力によって魔法を起こす。こちらについては実用化されている体外魔力操作の唯一の例と言えるだろう。最もその手法は明らかになっていないのだが。


 話を戻そう。それで実際体外魔力操作をどうするかだが、この魔法の起動に必要な魔力だけを使うことで実現可能だ。

 注ぎ込む量を極限まで制御する手もあるが、あくまで感覚でしかなく、厳密な量ははかれない。それにそもそも非常に繊細な操作だ。だから魔法発動のプロセスを途中で止めるという技術を習得する必要がある。


 実はこの技術も戦闘に使われていたりする。発動前で複数の魔法を停止させて、複合的に複雑な魔法を発動することが可能なのだとか。

 一つの魔法を普通に発動させるだけでも苦労している俺と比べるととんでもないなという感想しか出てこない。

 ともかくこの技術を習得できれば自分の魔力を消費する前に体内では反応が止まり、外部の魔力のみがそれにより魔法としての形をとる。


 しかし、あれだな…。自分で言っていてとんでもない技術だということをあらためてはっきりと認識した。

 ある程度習得できるまでは注ぐ魔力を極微量にするという方法で近似的に行うしかないだろう。感覚に頼らざるを得ないが、これでも自分が発動する魔法の威力を把握していればある程度の精度で測定できるはずだ。


 何はともあれ実験はまず何か思いがけないことが起こらないかひたすら試すということも重要だ。当面はその方向で行こうと思う。



 さて色々と考えて疲れたので、気分転換に外に出ることにした。

 日当たりの良いベンチで目を閉じて日課の魔力操作訓練をしていた。目を閉じていた方が集中しやすいためこういう訓練のときは目を閉じる。考え事をするときもだ。


 そうしてしばらく練習していると、誰かが話しかけてきた声に気づき目を開けた。


「やあ。シュウジ君だったっけ?研究は進んでいるかい?」

「こんにちは。それがどうも大きな壁がありまして。当面は精度が悪い状態で色々と試す必要がありそうです。」


 今話している人はマリクさんだ。この世界で生まれ育った研究者で、俺より年上の27歳男性。大学を出てこの研究所に雇われている。基礎魔法理論を研究している人で、この間も色々と話を聞かせてもらった。そのときは興味があるテーマも俺と結構似ているところがあって話がはずんだのを覚えている。


「それはもしかして体外魔力操作のことかな?」

「よくわかりましたね。前も話したとおり魔力のエネルギー量を定量化したいのですが、必須前提技術が難しくて…。」

「この分野の研究だとそれが壁になってるね。僕も習得に挑戦していたけど体外で魔法を発動するのが難しくて今はそれを使わないテーマでやってるよ。一応微小な魔法を発動する方法はできるようになったんだけどね。」


 やはり難しいのか。


「でも考えてみればこの段階の実験だと精度はまだいらないかもしれないですね。」

「そうだね。それと一応性質上仮説だけ提唱して実験は技術力が高い人に任せるっていう人もいるよ。ただその場合お金がすごくかかるから僕らじゃあ難しいけど。」


 最終的にはこういう手段を取ることも必要か。ただこれだといくらでも捏造データを取ることができる気がするが。この辺は魔法ならではの不安点だ。

 ちなみにこの辺の信頼度の問題も基礎魔法理論の不人気の原因の一つらしい。


 もう一つの大きな理由は、魔法陣の研究の方が人気が高いことだ。後々俺も研究したいと思っているから研究内容についてはそのとき詳しく触れることになる。


「ところで一定量の魔力を出す方法にもうアテはあるのかな?」

「あっ…。そういえばそもそもそれを考えていませんでした。」


 なんという失態。結局感覚に頼って魔力を出しただけではいくら取得量が厳密でも意味がない。だがマリクさんの顔を見ると何か良い策がありそうだ。


「それなら今のうちに話せて良かった。こういう定量的な研究にはもっぱら魔法陣が使われているんだ。種類によっては魔力を注いだ分だけ魔法の威力が上がるものもあるし、逆に一定量しか受け付けないものもある。その魔法陣を改造して魔法発動部分を省略したものが使えるわけだ。一定量の魔力を放出する魔法陣、必要だろうから僕の研究室から一枚予備をあげよう。」


「ありがとうございます。…やっぱり一人で考えるばかりだとだめですね。思わぬ落とし穴に気づけない。」


「そうだね。だからこそ僕は君が新しく来てくれて嬉しいよ。この研究分野にはもっと人が必要なんだ。僕も暇というわけじゃないけどできる限り相談に乗るよ。ただし、その代わりと言ってはなんだけどできるだけ情報は共有してほしいな。もちろん論文を書くなら黙っていてくれてかまわないからさ。」


「こちらこそよろしくお願いします。転生者だとどうしても視点が凝り固まってしまいますから、これからも色々お世話になります。」


 そうして一人目の研究仲間ができたのだった。

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