第3章 マグライルでの研究生活
第16話 マグライル国際学術研究所
時刻は朝。朝食を食べ終えた俺はこの町で出会った人々の何人かに見送られながら町を発つ。
元々行く先が近い上にちょくちょく帰ってくる旨は伝えていたので、感動の別れとはならない。
「あっちでも頑張れよ。お前ならきっと研究だってうまくやれると信じてるぜ。」
「はい。そちらもお仕事頑張ってください。」
「おう!」
柳さんもお勤めが始まる直前なのに見送りに来てくれた。
「何かうちで買える物があったら安くするからたまによってらっしゃいね。」
「俺も今度帰ってきたら冒険者として話を聞かせてやるぜ。」
道具屋のおばちゃんと知り合った冒険者だ。
「お世話になりましたー!また今度!」
俺は馬車から身を乗り出して人々に手を振り返す。
たった二ヶ月とは思えないような濃厚な二ヶ月。右も左も分からなかった時からこの町の人々には本当にお世話になった。土産話でも用意しておこう。
馬車には護衛として兵士が数名と、同じ方向へ向かう人何名かと同乗した。今から通る道は比較的安全とはいえ、俺が転生してきたときみたいに獣が出ることは少なくないのだとか。
全員が知り合いというわけではないが、俺の方は噂で知られているわけで、色々と話を聞かれながら馬車は目的地へと進んでいった。
しばらく馬車に揺られていると、今進んでいる道が俺が最初に転生してきた道だということがわかった。別の町へのアクセス手段になっているわけか。
会話が落ち着いたところで本を読んでいたら酔いかけたので景色を見ていたが、いつの間にか俺は眠ってしまっていた。そのまましばらく経った時、俺は馬車を引いている人の声で目が覚めた。
「見えてきたぞ。あれが魔法研究拠点の一つ、マグライルの町だ。」
馬車から身を乗り出して見れば、ルーベンの町とは違った造りの大きな町がそこにはあった。目立つ高い建物はあまりないが、中央に大きく平たい建物が鎮座していた。あれが魔法研究機関なのだろう。
この世界にも、大学とは別とした研究機関が存在している。ここマグライルはケルバーでも五本の指に入ると言われている巨大研究施設であり、俺はここに雇用してもらうことになっている。
ちなみに国内最大の研究施設は首都ケルバードにある。
馬車の発着所に着くと、同乗した人と別れて俺は護衛とともに中央の大きな建物へと向かった。
途中、ルーベンでは見かけなかったような物を色々と見かけた。余裕があるときにまた散策して色々と探そうと思う。大きな店や魔法専門店もあり、なかなかに興味がそそられる町だ。
研究機関の名前はマグライル国際学術研究所というらしい。魔法研究が主だが、科学はもちろん人文科学についても一流の研究施設だ。
施設に着くとここで護衛の皆さんにはお礼を言ってお別れとなった。結局道中何事も無かったわけだが、運が良かっただけだろう。普段は一回くらいは獣に遭遇するらしい。
中に入るともう話は通っていたようで、すんなりと手続きが進んだ。
今後の待遇については以下の通りだ。
自分の研究室が割り当てられ、必要な物や資金は申請が通れば支給される。それとは別に研究者として雇用されているため給料も発生する。
研究成果は基本的に研究機関全体へと利益が還元される。
休日はある程度自由に取れるが、研究成果が上がらないと最悪除籍もあり得るらしい。とはいえ何か一つ発見をしなければならないというわけでもなく、研究を進めさえすれば良いのだとか。
そしてひとまずの契約期間は二年となった。
さてというわけで自分の研究室に来たのだが、まだ最低限のものしかない。ちなみに居住スペースは別に確保されている。
早速必要な物を申請したいところだが、まずは研究計画を立てないといけない。最低限は今までも合間を縫って考えていたのでまずは最初の実験の準備をし、その間に必要だと感じた物を次々にメモして次の実験に移っていくことにしよう。
記念すべき最初の研究テーマは、ずばり「魔力の保存」だ。
体内では一定まで魔力がためられるが、一度それを体外に出すと見る間に霧散してしまう。
そもそも体外の魔力を扱うというのは高等技術なのだが、不可能では無いらしい。過去に複数人から魔力を吸い取り高出力の魔法を実現したという例がある。だが魔力を放出した直後なら良いが、10秒もすればほとんど魔力粒子は残っていないのだという。
そんな魔力を保存することができれば、エネルギー源としてかなり取り回しが良くなるはずだ。もっとも人が意識して扱う必要がある時点で最終的に電気には劣るのだろうが。
そう目標を立ててから、まずしばらくの間は先行研究をひたすら漁り続けた。時には他の研究者から時間をいただいて色々と聞かせてもらったりもした。
大体の基礎魔法理論研究者は同業者が少ないということで快く受け入れてくれた。応用研究や工学が多いというのは本当らしいな。
さて、とりあえずわかったことをまとめておこう。
・外部の魔力操作は結局体内の魔力操作の延長として行われる。これはつまり直接操作できるのは体内の魔力だけであり、間接的に体外の魔力を操作することが可能ということだ。
・魔力の拡散度合いは時間が経つほど大きくなる。
・箱に閉じ込めるなどすれば魔力の拡散はかなり抑えられる。
・体外の魔力は操作が加えられなければ魔法を起こすことがない。
こんなところだ。
他にも魔法研究全般について聞いていたが、直接今考えるテーマに関わりそうなものはこのくらいだ。
研究が進めば全く関係ないと思っていた物が重要になってきたりするし、一概に言い切れないものではあるが。一旦はこのくらいにしておく。
より詳しいことを知るためにもこれから他の論文を読み進めて行く必要があるしな。
ちなみに気になることは既にいくつかある。
まずはそもそも体外魔力の使用が一般的になり得るのかだ。魔力を保存できたとして、それを扱うのが高等技術のままでは使い勝手が悪い。何か体系的に体外魔力操作の方法をまとめることも必要になってくるだろう。基礎研究としては考える必要はないのだが、今後の研究も考えると簡単にできるに越したことは無いし、どちらかといえば直接の利益があった方が嬉しい。
次に魔力の拡散の定式化をしたい。仮に魔力粒子に質量があるのであれば、運動エネルギー及び温度が定義でき、温度による拡散の速さの違いもあるだろう。一定なら一定で面白い結果だ。
箱に閉じ込めるという原始的な方法で魔力の拡散を抑えられるのは驚きだ。物体と相互作用を起こしているというのは魔力粒子の性質を探る上で重要になってくる。魔力の拡散と合わせて考えるとまるで気体のような振る舞いをしているように感じる。
空気が分子であるように、もしかすると魔力粒子も最小単位ではないという可能性がある。魔力の保存は達成してもこの辺の実験結果からどんどん謎が出てくるだろうというのは想像に難くない。
最後に体外の魔力が反応しないことも本当か気になる。起こる確率が低いというだけで、偶然に作用してしまうことはあるのではなかろうか。魔力粒子の相互作用を探ればいずれ機械的に魔法を起こすことも可能になるかもしれない。そうしたら電気より便利になる可能性もあり得る。
気になることはたくさん出てきたが、まずは魔力の量を何らかの方法で定める必要がある。というかこれが最難関かもしれない。基本的に魔力粒子は目に見えないのだ。
一定領域を素早く囲ってその中の魔力を全て熱量に変換してしまえばエネルギー量としてはかれるだろうか。前提として一定領域の魔力をそっくり魔法の作用に使えるような体外魔力操作技術を習得する必要がある。
いやそもそも魔力から熱への変換効率は一定なのか?
目に見えないものを調べるというのは難しいことだと今更ながら実感させられた。
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