第13話 食堂にて(2)
「ドラゴン…ですか?」
ファンタジーっぽい世界だからいてもおかしくはないかもしれないが、それでもあらためて聞くと驚いてしまう。
もしドラゴンというのが想像通りのドラゴンであれば、どんな生体構造をしているのか見当がつかない。あるいは魔法があるのならあの巨体で空を飛ぶことも可能なのかもしれない。
「あぁ。話を聞く限りドラゴンとしか言い様がない。
だがひとくくりにされてはいるがドラゴンと言っても色々いるらしいな。魔物とも獣ともつかないような存在だ。人の言葉を理解するのは造作も無いほどの知能を持ち、生物としての身体能力も人間とは明らかに格が違う。この世界で最強の存在と言っても良い。最も伝説級の獣人だったり武装した人間の集団だったら殺すことはできる。あくまで最強の“生物”だ。」
話を聞くと、亜人のカテゴリとしては身体能力が違いすぎで、獣人のカテゴリとしてもドラゴンが知能を持った種として確立しすぎているから別枠になっているのだとか。
幸い生物として個の強さが十分であるため繁殖能力は低いのだとか。そうじゃなかったら人間はとっくに滅ぼされていそうだ。
ところで気になるのは…
「伝説級の獣人って何ですか?」
「たまに、それも百年に一度くらい異常な強さを持った獣人が生まれることがあるんだ。子孫も十分強いんだが、始祖は別格に強い。獣から人語を理解するまでの変異を起こすことがあるからこそ獣人にはこういう個体が生まれることがあるって話だ。
人亜獣大戦で当時の大国に小数の亜人獣人が拮抗できたのはこうした獣人の活躍が大きいらしいな。」
「そんな生物がポッと出てくるなんてこの世界は一体どうなっているんですかね。」
「人間だって知能に関しちゃあ異常な天才がたまに生まれることもあるし、どの種にもあることだ。そういうやつが転生者のアイデアを次々実現していったからこそ今の発展があるってわけさ。」
「元の世界でも歴史上似たようなことはありましたね。そう考えるとあながち不自然ではないのかもしれませんね。」
話が逸れたがドラゴンについて気になることはまだある。
「ところでドラゴンって大きいですか?それで空を飛んだりしますか?」
「大きさはまちまちだが象より重いであろうやつが飛んだというのは聞いた。情報が不正確なのは許してくれ。あまり人と関わりたがらない種族だし、人も奴らとは関わりたがらないんだ。」
「一体どうやってそんな巨体で…。」
「魔法を使ってると考えれば説明がつく、って話だ。最も人間があんな重い物浮かせてたらほとんどの人はすぐ魔力切れになるだろうけどな。」
そうか、この世界には魔法がある。口から火を噴くのだって全く不可能とは言えないし、どんなに飛ぶのに向かない形状でも力ずくで浮かす事はできうるのか。
「それだけ魔力がある…ということですか。」
だが魔力というのがエネルギーなら、使い方によっては仕事0で、すなわちエネルギー0で位置を維持することもできるかもしれない。そういった抜け道がないとも限らない。
「古い記録にはそうあるが信憑性に欠ける。研究のためにわざわざ出向くのは災いをもたらすことに繋がるからやろうってやつもほぼいない。」
「なんというか…この世界って脅威が多すぎませんか?」
「全くだ。だがそんな中でも戦争は起こる。人間ってのはたくましいと思わないか?」
他に脅威があるのに人間どうしでにらみ合う。一見非合理なようで、そうやって色々な争いによって人間は生きていくのだということも今はわかっている。本当に、たくましい。
「俺も頑張って強く生きないとな…。」
「まあそう気負うな。なるようになるもんだ。俺がうまくいった人間だから言えるだけかもしれないけどな。」
気がつくと柳さんのグラスは三杯目になっていた。
「…これって聞いて良いのかわからないんですが。」
「言ってみろ、判断はそれからだ。」
「柳さんは戦争って参加したんですか?」
そう聞くと何かを思い出すように遠くを見つめながらゆっくりとグラスの残りを飲み干した。そしてテーブルに置くとこう言った。
「聞いちゃいけないことはないさ。これだって本当にあった歴史の一つだ。だがどうしても思い出しちまうんだよな。初めて人を殺したときのことを。」
ドキッとした。戦争というからには命のやりとりがあったとわかってはいた。だが実際に人を殺すということがどういうことかは、わかっていなかったのだと言わざるをえない。
「そうだ、俺は戦争に参加した。今では人亜独立戦争と言われているやつだ。俺は戦争のまっただ中にこの世界に来て、自衛隊だった経験から短期間で戦力となった。自衛隊だった頃はめちゃくちゃきつかったし、こっちに来てからも訓練は大変だった。だが戦争を終わらせるために最前線で何かしたいと思っていたんだ。
それで実際数年と経たずに前線基地に配属された。最初は戦いには参加せずに基地のことや作戦の立案に参加していたんだが、そんなある日事件が起こった。
俺が小規模隊に同行していたときのことだ。周辺の包囲網に気づき後がなくなった敵兵が夜襲を仕掛けてきたんだ。攻勢だったからこのままなら無血で降伏させるのも不可能じゃないと思っていた。だからこそ気が緩んでいた。
敵襲が来たことを知らせる音が聞こえて飛び起きたら、数分後には辺りが火の海になっていた。その中で殺されそうになっていた一人の兵士を助けるために、俺は初めて殺す気で剣を振るった。ずっと訓練の一環で練習はしていたが、人を切ったのは初めてだった。鈍い音と嫌な感触は今でも覚えている。その後のことはよく覚えていないが、必死に駆け回った。こちら側の死者は4人だった。殺し殺され、あのとき戦争の意味を知った。
人はちゃんと死ぬ。ここが今比較的安全だからって気を抜くなよ。
…っと、説教くさくなっちまったな。でも大切なことだ。タイラスなんかに行く時は気をつけろ。過去の敵国であり現在も世界で一二を争う大国だ。研究者ならあそこで得られるものも多いだろうが、戦争の火種になりかねないものもある。
結局俺も平和な日本に生きていた人間だ。この世界で人殺しが当たり前でも、俺はそれを見たくないんだ。」
「...辛いこともあるだろうに話してくださってありがとうございました。この世界では俺も研究ばかり考えて突っ走るだけじゃあダメですね。正直自分の認識が甘かったと気づけました。」
戦争体験を聞くとはこういうことか。今の世代だと直接戦争を経験した人に話を聞く機会はほぼない。
平和ボケしていたことに気づけて良かった。俺は生きて研究を続けたいんだ。
この世界で生きて行かないといけない。そんな当たり前のことを今初めてわかった気がした。
「最後にもう一つ聞いて良いですか?」
「もちろんだ。」
「学校のシステムってどうなっていますか?」
「小学校、中学校に近いものは結構広まってきてはいるな。小中合同みたいな学校もあるけどな。義務教育というシステムではないが、識字率も高いし教育は普及している方だろう。」
「そこでは何を教えているんですか?」
「元の世界と同じようなことだ。そこまで広範ではないが、おおよそ生きて行くのに困らない程度の知識は網羅していると言っていいだろう。」
「なるほど、では高校や大学に相当するものは?」
「進学先というよりは金持ちのための施設って感じだが、色々な分野の大学がある。同じ大学が複数分野をカバーしていることもあるし、魔法大学や工業大学みたいに独立しているものも多い。高校っぽいものもあるにはあるが、小中以上になると基本は最終的に研究を行う施設だ。もちろんちゃんと授業もあるけどな。」
「うーんそうなってくると一度魔法大学とやらに通ってからの方が良い気がしてきますね。」
「そうするやつが多い。魔法をちゃんと勉強しないと正規入学のための試験に受からないけどな。だが転生者は場合によっては特待生扱いにしてもらって入学することも可能だ。知識体系がこっちの人間とは大きく異なるから、下手に同じ扱いにすると十分生かしきれないと考えてのことらしい。」
「大学といえば入学試験があること、すっかり忘れてました。でも自分がしたい研究に専念する道も存在するようですね。いずれにしても魔法の勉強はすることになると思いますが。」
他の研究者がどんな道をたどったのか、今何を研究できるのか、まだまだわからないことだらけだ。機会があればリンさんに詳しく聞いておこう。
「ま、今は平和な時代だ。焦らずにな。」
質問を終えると柳さんはもう食べ終えていたので、俺も残りの食事を掻き込んだ。
考えれば昨日風呂に入っていないから、今日こそ風呂に入りたい。そう言うと柳さんが案内してくれるらしい。
柳さんの服の下の筋肉、すごそうだな。
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