第7話 日本人

 俺が寝泊まりする部屋はリンさんの書斎とは別棟だった。


 客人用の部屋だと言う言葉通り結構立派な部屋だった。


 大きなベッドに南向きの窓。ランプをかけて夜でも本が読める机と椅子。私物を置ける棚に加えて既に何冊か本が入った本棚。扉には鍵があってプライバシーもバッチリ。


 トイレは共同らしいが。


 これで風呂食事付きなのだから十分豪華と言って差し支えないだろう。


 食事は時間が決まっていて、あと一時間くらいしたら食堂で振る舞われるらしい。一般の人にも公開されていて、お金を払えば日替わりの三種類の定食から選べる。


 俺は優待券をもらったので毎日毎食タダで食べられる。


 だが猶予は二ヶ月で、この間に言語を習得し、さらに手に職まで持たないと行けないというハードスケジュールだ。


 最も選り好みさえしなければ転生者主導の活動に参加することは容易だし、兵士としての雇用はいつでも募集があるから問題ない。



 他にもいくつか受け取ったものがある。


 まずはお金だ。合計で銀貨30枚ある。要は約三万円だ。

 少ないと思えるかもしれないが、生活費は0なので結構自由だ。どこぞのひのきのぼうを渡してくる某RPGの王様とは大違いだ。


 そして紙と鉛筆とケルバー語の教科書。それと鉛筆を削るためのナイフ。

 慣れない紙質に初めてのナイフ鉛筆削り。実際こうして目にするまではなんとかなると思っていたが、思ったよりストレスが多そうだ。早く良い勉強道具が欲しい。


 周辺の地図もくれた。

 日用品は日々売り場がずれる市場で買うため店を構えているところしか記載されていない。とはいえ店を使うのは当分先になりそうだ。


 砦に図書館があり、自由に使えるというのを聞いたのでまずはそこへ向かいたい…と思ったが文字が読めないのだった。


 まあできる限り同時並行していこう。


 後はこの世界の服だ。

 今日みたいな元の世界の服を着ているとかなり視線にさらされるからだ。

 最もアジア系の人の場合は顔で転生者だとバレることが多いらしいが。




 そんなこんなで現状の整理が一通りついた。


 新しいことが起こりすぎて死んだのがつい数時間前だとは思えない。


 これからどうなるか不安はあるが、それと同じくらい期待もしている。


 この世界なら俺にもやれることがあるかもしれない。そう思うとこんな状況なのにワクワクしてしまうものだ。


 待遇も元の世界では考えられないくらい良いしな。


 …明日からやること盛りだくさんだ。


 そんなことを考えていると身の安全が確保された安心感からかドッと疲れが出てきた。


 とりあえず一休みしたら食堂に行ってこの世界の食事とやらを経験してみるか。


 そう思って体をベッドに預けたと思うと、いつの間にかそのまま眠ってしまっていた。




 窓から差し込む陽光で目が覚めた。


 どうやら昨日あのまま眠ってしまったらしい。


 体の疲れが取れると急にお腹が空いてきた。思えば昨日昼を食べようとしてその前に死んだのだから18時間くらい何も食べてないことになるのか。


 それは腹も空くわけだ。


 用意された服に着替えると、俺は食堂へ向かった。



 食堂にはもう結構人が集まっていた。


 初めて行くところは勝手がわからないもので、うろうろしていると気になる人を見つけた。


 明らかに日本人らしい顔つきで、若々しさはないが男らしい顔つきと筋骨隆々の体をしている。


 彼と目が合うとさっきまで彼は話を切り上げてこっちへ向かってくるようだ。


 ガンつけたと思われたか?


 一瞬そう思ったがケルバーの人はそんな国民性じゃない…いや元ヤンの日本人かもしれない…。


 なんて思っていたがそれは杞憂だったようで、こちらに軽く手を上げてにこやかに挨拶をしてきた。日本語で。


「おはよう。君が昨日来たっていう新しい転生者かい?日本人の。」


「はい。青井修司と言います。

 えっと…あなたも日本出身なんですか?」


「そうだ。もう15年も前になるけどな。日本語は忘れちゃいない。

 俺の名前は柳純一郎って言うんだ。同郷のよしみでこれからよろしくな!」


 笑顔が朗らかな人だ。


 なんというか安心できるお父さんタイプって感じだ。


「話しかけてくださった理由を聞いても?」


「あぁ、そんな深い意味はない。そもそも転生者には会うようにしてるし、日本人だから尚更会ってみたいと思ってな。

 俺も転生した直後は苦労したからな。そのときの先輩転生者がしてくれたみたいに、俺も後輩育成をしようって理由もある。」


 いい人だ...。


 出会う人出会う人みんないい人すぎて怖くなってくるな。


「そうでしたか。早速ですがこの食堂の使い方を教えてもらってもいいですか?

 それといくつか経験者に聞いてみたいこともあるので。」


「そうだな。一緒に食事をするのはこの世界でも大事なコミュニケーションの一つだ。別に複雑なわけじゃないが教えてやろう。マナーも教えてやる。」


 そうして言われるがままに列に並び、何種類かある中でどれが何だかわからず戸惑っていたらオススメを勝手に頼まれて、暖かい食事を手にすると俺たちは二人で席に座った。


「ここでのいただきますは手を合わせて目を閉じるんだ。日本っぽくて良い文化だろ?」


 柳さんの言葉に頷くと、俺は昨日殺されたオオカミを思い出しつつ、命のありがたみを感じながら真似をしてシンドル教流のいただきますをした。


 出された料理はパンと魚の身が入ったスープとベーコンサラダ(全てらしきものだが)だ。


 使うのは木製のスプーンとフォークだ。


「まずは食べろ。話は腹が落ち着いてからだ。」


「ありがとうございます。」


 空腹だった俺は一心不乱に食事を掻き込んでいった。


 美味しい。


 空腹は最高のスパイスだと言うが全くその通りだと思う。


 それにそもそも味は薄いが悪くはない。口に合いそうで安心している。


「ここの料理はなかなかのもんだろう?」


「はい…正直ここまでちゃんとしたものが食べられるとは思っていませんでした。」


「まあたまに転生者にとっては食べるのがはばかられる食材もあったりするが、ゲテモノじゃないからな。この国にも色んな地域があるから慣れていった方がいいかもしれないな。」


 そう言うと柳さんは隣のテーブルの料理を指さした。


 遠目でははっきりとはわからないが、よく見ると小さいイモムシのようなものがこんがり焼かれた料理のようだ。


 昆虫食か…虫はそこまで苦手じゃないがさすがに食べたことはないな。


 ちゃんと調理されたら案外食べられそうな気もしているが。


 一通り料理を食べ終わると、

「それで、聞きたいことはなんだ?」

 柳さんが目的を思い出させてくれた。本題を忘れるところだった。


「まずは言語の習得について、経験者から話を聞きたいなと。」


「うーんどうだったかなぁ…。何せもう15年前になるわけだからな。

 まあ習うより慣れろだ、うん。言語っていうのはそういうもんだ。」


「確かに強制的に使わざるを得ない状況に追い込まれて日々使えば嫌でも身につくってことなのでしょうね。」


「そうだ。ただアドバイスではないが、一応どんな感じの言語かだけ、日本語と英語を軸にして説明しておいてやろう。」


 言語の概要を聞くとこうだ。


 まず文字体系は日本語の五十音みたいに子音+母音らしい。日本語にない子音もあったりするから全く同じではないが。


 文法は英語に近く、位置で役割を決める言語らしい。


 このありがたみはドイツ語を学んだから嫌というほどわかる。位置が自由ということは、位置を確定させるために色々付け足したり変化形を使ったりする必要が出てくるからだ。


 文型は基本がSOVだ。この点では日本語に近いと言える。


 しかし思ったより使いやすい言語だな。


 もっと複雑かと思っていた。


 単語こそ何のとっかかりもなくて覚えるのが大変そうではあるが。


「ありがとうございます。これを知っていると勉強がやりやすくなると思います。」


「いいってことよ。他には何か聞きたいことあるか?」



 もう一つ聞きたいことがある。


 ずばり魔法の使い方だ。


「次は魔法についてです。魔力というものを知覚しないと魔法が使えないと聞いています。俺に魔力を教えてくれませんか。」


「魔法か?リンがその辺の斡旋もやると聞いていたんだが…予定が変わったのか?」


「…もしかしたら昨日部屋に着いてすぐ寝ちゃったので説明できなかったのかも。」


「まあせっかくだ。俺も今朝は余裕があるし教えてやろう。一発でつかめるもんじゃないからな。無駄にはならんだろう。」


「ありがとうございます。」


 こうして俺は人生初の魔法習得をすることになった。

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