第6話 この世界のこと(2)

 さてここからはリンさんからの質問だ。


 俺の情報を書いた紙をざっと見ながらこう問いかける。


「まずはあなた自身について。生前は何をしていたの?」


「大学生でした。四年生です。」


「なるほど…見たところ理系で、知識水準は十分高いようね。

 大学はどこだったのかしら?学部学科と専攻は?」


 日本人にとってはかなり有名な大学だが海外から見るとそんなことはないだろう。そう思って答えたのだが、どうやら知り合いにそこへ留学した人がいたらしく知られていた。


 学部は理学部で、学科は物理学科、専攻は量子統計力学だ。


 理系は専門外ではあるが学問領域として概要を知っていたようで、俺の返答を聞くと少し考え込んだように見えた。


「この条件なら…いえ、あなたさえ良ければなのだけど。」


「なんですか?」


「実はつい10年前くらいまで国家間の戦争があって、基礎科学の発展が遅れているという現状があるの。

 兵器開発などに伴って力学や数学、工学、天文学なんかは需要があったんだけど。転生者によって歪な知識の補完がされているから本来踏むはずだった基礎領域を飛ばして発達した技術なんかもあるの。

 今まではそれでも良かったのだけど、徐々にほころびが出てきていて…。」


 なるほど、それらの理論の補完をして欲しいと。


「それだけじゃなくて転生について知るためにはこの世界の根本を知る必要があると思うの。

 元の世界と大きく異なる点として魔法というのがきっとカギになってくるはずよ。」


「魔法を解き明かせればこの世界を知ることにつながり、この世界を知れば帰還方法も見つかるかもしれない…ということですか。」


「もちろん無理強いはしないわ。

 それに私は基礎研究を良く知らないけど、一朝一夕で結果が出るものではないとわかっている。その気になってくれるなら支援は約束するし、短期的な結果も求めないわ。」


 大局的に物事をとらえているな。


 それにしてもなんだこの破格の条件は。断る理由が見当たらない。


 日本の研究者にこんな声をかけたら一発で落ちるだろうな。うん。


「俺も魔法の研究はしたいと思っていました。

 まだ何も知らないようなものですが、この世界に未知の物理法則があるなら解き明かしたい。元の世界でもそれが俺の願いでした。

 ぜひともその話、受けさせてください。」


 そう答えるとリンさんは満足そうな顔をした。


「ありがとう。そんなにすぐ返事をもらえるとは思わなかったわ。

 実は魔法の研究よりも魔法を使いこなすことを目指す人の方が多いの。

 私もその気持ちはわかる。

 だからその返事を聞けて嬉しいわ。」


 異世界に来たから現代知識を生かして魔法で世界最強を目指す、みたいなことか。そこまでは行かなくても魔法なんて使ってなんぼだから、うまく使えるようにして生活しやすくすることの方を目的とするのは頷ける。


「ただ実際に自分の目で見てから再度決めてもらってかまわないわ。

 この世界で他に好きなことを見つけられたらそれが一番。」


「わかりました。当面は色々世界を見て行くことにします。」


「それと実際に見なくても情報自体は私の書庫にある書類にまとめてあるものも多いからそれを使ってもいいわ。

 科学、魔法技術関連は広範に取りそろえてあるはずだから。

 元の世界にはない職業もあるからこれから何をするか考えるためにも目は通しておくべきね。

 英語とケルバー語のものが入り交じっているけど…。」


 何をするにもまず言語か。


 頑張らないとな。



「次の質問は私が個人的に調査していることでもあるのだけど。

 あなたが転生してきたときの様子を教えて欲しいの。」


 聞けば転生時の様子及びその共通点を探ることで転生の条件を確定させようとしているのだとか。


 昔から転生者についての情報はあったが、転生後のこの世界での業績ばかりに焦点が当てられていたり、そもそも資料が信用できなかったりする場合もあるため自分で調べているのだとか。


「まずは先入観を与えないために何の情報も言わずに答えてもらいます。

 転生する前の行動、行動の理由、転生による変化がもしあればそれを全て答えてください。」


「わかりました。

 転生する直前は昼を外食で済ませるために家の近くのファストフード店に向かって歩いているところでした。


 普段と違ったのはそのときいつも通っていた交差点で俺が事故に巻き込まれたことです。知らない男子高校生が横断歩道を渡ろうとしていたとき、トラックがスピードを緩めずに突っ込んでくる様子を見て、このままだと危ないと思って…気づいたら彼を後ろに飛ばして反対に前に出た俺はトラックに跳ね飛ばされました。


 助けようと思ったかは…急すぎてよくわかりません。体が勝手に動いたというか…。

 そしてはねられた俺は多分即死に近い死に方だったと思います。

 走馬灯のようなものが見えて…実際は1秒以下だったと思いますが、意識があったのはそのくらいの時間です。」


 俺が答えている間相槌をうちながらメモを取っていたリンさんは、俺が一通り話し終えると顔を上げてまた質問してきた。


「ありがとう。大体状況はわかったわ。次にかなり確定的な質問をするけど、先入観を持つ前に答えておきたいことはもうない?」


 俺が頷くと、こう続けた。


「死ぬ直前に思っていたこと…いや、願っていたことはある?」


 死ぬ直前…何かあっただろうか?


 ―…死ぬ前にもうちょっとこの世界のことを知りたかったな。―


「そうだ…俺は死ぬ直前、この世界のこと、元の世界のことをもっと知りたかったと思っていました。もっと科学の謎を解き明かしたかった。」


「なるほど。じゃあそろそろこちらからも伝えようかしら。他の転生者はどうだったのか。」


 そう言ってリンさんは今まで集めたデータを元にした情報を教えてくれた。


 まず転生者全員が死んでこの世界に来ただろうとのことだ。転生と言っているから一度死んでいるという意味になるが、まあこれは後付けだ。


 本当に死んだかは確認しようが無いが、全員が直前の状況からしてあの直後に死んだと考えているらしい。


 死亡理由は様々で、俺のように事故に巻き込まれたりした人もいれば、病死だという人も居る。ただ共通している点として、ほとんど皆が30歳未満で転生してきたらしい。


 老衰して転生してきたらすぐ死にそうだなというのはわかるが、それにしては不可解なほど若い人に偏っている。この偏りも謎がありそうだ。


 もう一つの共通点は、ほとんど全員が転生する直前、つまり死亡直前に何らかの願いを持っていたということだ。


 願いが力になる…なんて変なことは言いたくないが、これも謎の一つとのこと。


 死ぬときに後悔するなんて普通に思える気もするから考えすぎかもしれないが、願いの傾向としてこの世界で叶えられそうな願いを皆思っていたというのが引っかかるらしい。


 何かの作為を感じるというのはわかった。


 様々な混乱があって死亡時のことを思い出せない人もいたり、明確な願いを持っていなかったと証言する人もいるにはいたりするらしいが、有意にこの結果が得られているらしい。



「今のところ聞きたいのはこれくらいね。もし忘れていたら後で聞くかもしれないけど。

 そうしたら次はあなたから聞きたいことはある?

 気になったらそのときに来てくれてもかまわないけど、それなりに忙しいからいないときもあるわ。」


 結構疑問は解消できたが、知らない世界だ。疑問はまだまだある。


 が、とりあえずは生きていく上で必要なことを優先だ。他は本でじっくり吸収すればいい。


「そうですね。まずこの国でタブーみたいなことってありますか?」


「宗教のときも話したけど、基本的に温厚な宗教だからそこまで気を遣う必要はないわね。たださすがに神を大声で侮辱したら誰かしら殴りに来るとは思うわ。

 まあそのくらいは寛容だと思っていいわ。

 民間的なところについても一般的に犯罪っぽいことはちゃんと犯罪になる程度かしら。」


 そこまで意識する必要はなさそうだ。これは良い転生場所を引いたな。


「食事について、転生者特有の食べられないものがあったりしませんか?」


「知る限りではこの世界の人と同じものが食べられているわね。食文化の違いはあるけど極端に貧しいわけではないからこだわらなければ生きるには困らないと思うわ。」


 良かった。これは下手すると死にかねないことだからな。医療も元の世界ほど発達していないだろうし。


「食事も出してもらえるとの話でしたが、寝泊まりはどこですれば良いですか?」


「話が終わったら案内するつもりだったけど先に伝えようかしら。

 協会に客人用の部屋があるからそこでしばらく言語と常識を学んでもらうわ。

 登録したら国から補助金も出るからあなたが払うお金は0よ。」


 これは嬉しい。


「それと日本人なら気になるかもしれないお風呂についてだけど、一応この施設にもあるから。普通は大衆浴場を使うことになるからそっちに行って慣れてもいいわ。」


 これも嬉しい。


「なんというか…かなり整備されているようで安心です。」


「そうね。長年転生者が役に立つことを示し、積極的に後から来る転生者の支援も行ってきたことの賜物ね。

 それを理由に無理強いするわけじゃないけど、あなたが頑張った分だけ私たち全員の待遇が良くなるから期待しているわ。」


 そんなこんなで一通り話が終わると外は日が落ちかけていた。


 寝泊まり用の部屋に案内されながら俺は決意を新たにこれからのことを考えていたのだった。

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