【転校生は魔法使い】3/3
それはアオイが事件の次の日から学校を休んでいることが、別のクラスに知られたから出た噂だった。
アオイが魔法使いだという噂は瞬く間に広がり尾びれがついた。夜中に空を飛んでいるところを見た、とか、女子トイレで怪しい呪文を唱えていたとか、学校中で眉唾もの話が出回っていた。
「根も葉も無い噂は慎むように」
問題視した校長が朝礼で言い、噂はある程度沈静化したが、アオイは相変わらず学校を休んでいたし、魔法事件の続報もなかった。
集団下校は続いていたが、非日常は日常になり始めていた。
皆、この生活に慣れ始めていたのだ。
そんな中、僕だけ取り残されたように毎日ドキドキと不安な日々を過ごしていた。
アオイはなぜ学校に来ないのか。
もしかして警察に捕まってしまったのかもしれない。
そんなことを考えると寝付けなかった。
連絡網を頼りに何度も伝話した。けど誰も伝話には出なかった。
「明日から通常登校に戻ります」
二週間ほど過ぎた頃、ホームルームで担任の教師が明るい声で言った。
「社会科見学は行けなかったけど、運動会は予定通り行いますから、練習頑張りましょうね」
教室は歓喜の声に包まれた。
けど、先生の話はそれだけで、魔法使いが捕まったのか事件が解決したのか、それらについては何も教えてもらえなかった。
ただ、一つ。
「アゴウニュさんは家庭の事情で転校することになりました」
皆が運動会について喜びの声をあげているその中で先生は言った。
クラスの皆は運動会の話題に必死で、アオイのことなんか誰も気にしてないみたいだった。そんな喧騒の中、僕だけが言葉を失っていた。
朝礼を終わらせ、授業を始めようとする先生を引き止めた。
「先生。アオイが転校するって本当ですか。それ、いつですか?」
「それが今日なのよ」
「今日? 急すぎじゃん。なんでですか」
「家庭の事情だって言ったでしょ。先生だって昨日の夜に保護者の方から連絡があって知ったんだから。びっくりしたのよ」
「どこに引っ越すんですか?」
「アガルタ大陸に行くって聞いたわ。昼の便で出るから挨拶にも行けないって。突然よね。校長先生には話が行っていたみたいなのだけど、詳しい話は伺えなかったわ。元々はアガルタ大陸に住んでいたみたいだし、実家にでも帰るのかしらねぇ」
先生は本当に何も知らなさそうだった。
先生はありきたりな慰めの言葉を残して授業を始めた。
僕は上の空で一時限目の授業を受けた。
アオイが転校してしまう。謝ることも仲直りすることもできない。もう二度と会えない。
最初の数分間はショックで何も考えられなかった。
けど、先生のさっきの言葉を反芻しているうちに気がついた。
今までどこにいるのかわからなかったアオイの居場所がわかったということに。
アオイが船に乗るのは昼だと先生は言った。
ダリル海を越えて外海に出るような大型船が入れる船着場は街の南にあるクリモ広場にしかない。
つまり、クリモ広場に行けばアオイに会える!
クリモ広場は学校を抜け出しさえすれば、一時間もかからず行ける距離だ。
授業はまだ一限目。二限目は美術だから教室の移動がある。その際に学校を抜け出してしまえば良い。
大丈夫。余裕で間に合う。
頭の中で学校を抜け出してクリモ広場まで向かう道筋を辿りながら、授業をやり過ごした。
長い授業が終わり、休み時間になると、通学リュックにくくりつけられているボックスボートの定期券をこっそりと取り外してポケットにねじ込んだ。
皆が教室移動を始める。
「おいぺぺ、どこ行くんだよ」
「トイレ。先行ってて」
まさか学校を抜け出そうとしているとは誰も思わない。
なんの疑問も持たない友達と別れ、ひとり靴箱に向かう。
靴を履き替え、通路を抜け正門の脇の業者用の小さな門から外に出る。
誰かに止められやしないかとヒヤヒヤしていたが、あっけなく学校から出ることができた。
クリモ広場へ向かうボックスボートの
学生は定期券を見せればボックスボートに無料で乗ることができる。だから、お金を持っていなくてもへっちゃらだった。
観光客に紛れ、ボートに乗り込んだ。
普段なら学校で授業を受けている時間に青空の下にいると思うと不思議な気持ちだった。
ボックスボートはいくつかの
クリモ広場はアルムウォーレンの中でも有名な観光地の一つだ。
広場の中には新鮮な食材や土産物が売られるアルム市場や、勇者カプルス像がある噴水公園など、ガイドブックに乗る名所がいくつかあり、平日でも観光客が溢れかえっている。
大道芸人や音楽家が芸を披露している港場の向こうに大型船の発着場があり、大きな魔導帆船が停泊しているのが見えた。
こんなお祭りみたいに混雑した場所で、あの体の小さいアオイを見つけられるのだろうか。
きっと闇雲に探しても、絶対に見つからない。
そう思ったので、人の波をかき分け一直線に停泊している魔導帆船のもとへ進んだ。
いずれ彼女は船に乗るのだから、乗船口のそばにいればいいのだ。
目を凝らして見ていれば、いつか見つかるだろうと、たかをくくった。
昼の便まではまだ時間がある。船の乗船口はまだ開いていなかった。行き交う人の中、僕は地べたに腰を下ろした。持久戦は覚悟していた。
正午近く、乗船時間が近づくと人が増えてきた。目を凝らしてアオイを探す。
しばらく眉間に皺を寄せていたが、ついに人々の往来の中に薄紫の髪の毛が揺れるのを見つけた。
スーツケースを引いて乗船口を探している小さな後ろ姿。小さな後頭部がゆれ、チラリと横顔が見えた。赤い瞳。間違いないアオイだ。
慌てて立ち上がって手を振った。
「アオイっ!」
しかし、彼女は僕に気が付かない。そのまま人混みの中に消えていく。
まずい。僕に気づかずに船に乗ってしまったら、それでおしまいだ。
声を張り上げ、人混みをかき分け、後ろ姿に何度も声を投げた。
すると、ようやくアオイは立ち止まった。
声に気づいたのか、アオイは周囲を見渡している。
「アオイ! アオイ・アゴウニュ」
手をあげて叫ぶと、ようやくアオイが僕を見つけた。
「うそ。ペペ君? なんで?」
驚いた顔をして立ち尽くすアオイの元に駆け寄る。
「えっと……見送りに来た」
本当は謝りに来たと言いたかったのに、心がムズムズして、うまく言葉が出なかった。
「びっくりした。学校は?」
「……抜け出してきた」
「だめじゃん」
「だって、急に引っ越すなんて、聞いてねえもん」
「そっか。ごめんね」
「いや、別に責めてるわけじゃなくて……」
謝るつもりで来たのに、表情が強張って、愛想が悪くなってしまう。くわえて逆にアオイに謝らせてしまうし、僕は本当にダメな奴だ。
気まずい沈黙が二人を包みこむ。これじゃダメだ。なんとか切り出さなきゃ。
「あのさ、引っ越す理由って、やっぱり魔法を使ったことが都市警察にバレちゃったから、なんだよな」
「うん。そうだよ」
アオイは躊躇いもなく頷いた。
簡単に即答され、次の言葉が出てこなかった。
僕のわがままに付き合ったせいで、彼女はこの街から出て行かなきゃいけなくなったんだ。
その事実が重量を持って肩にのしかかったようで、罪悪感と後悔と、それからよくわからない幾つかの感情が溢れてきて、僕は唇を噛んだ。
心の奥がむず痒いような痛いような感覚だった。搔きむしりたいけど、心は触れられないから掻きむしることができない。
だから、その代わりに僕は頭を勢いよく下げた。
「ごめん! 俺が……魔法を見たいとか言ったせいで、こんなことになったんだよな。本当にごめん」
「別にペペ君に原因があったわけじゃないよ。なんとも思ってないよ」
アオイは僕の言葉を遮るように言って視線を落とした。僕を拒絶するような冷たい表情だった。
僕が悪いのだからこんな風にあしらわれたって仕方ない。
でも、僕にはもう一つ謝ることがあったから、視線を逸らされても言葉をつづけた。
「あと、それとさ、あの日、ウイグル達に魔法使いなんていなければ良いだろって訊かれたじゃん、あの時、頷いちゃったこと。ホントに……ごめん! 俺、場の空気に流されて酷いことを言った。本当にごめん! それを謝りたくて来たんだ」
思いを全部吐き出した。頭を下げたままアオイの返事を待つ。
少しの間があって、アオイは口を開いた。
「……あの場で、あの雰囲気の中で魔法使いを庇うような事は言えないって、それは理解できるよ。でも、ショックだった」
頭上で放たれたアオイの言葉に僕は目を閉じた。
「ごめん。本当にごめん」
「でも、そんなバカみたいにまっすぐ謝られたら、許さない方が悪いみたいじゃん」
緊張していた空気が緩むような気配を感じた。
恐る恐る顔を上げると、呆れてるのが半分、おかしさが半分とった表情のアオイがいた。
「ペペ君は正直でずるいね。ちょっと羨ましいけど」
「そんなことない。許せないのが当然だと思う。ごめん」
もう一度頭を下げた。
「もういいよ。学校を抜け出してまで謝りに来てくれたんだもん。今回だけは特別に許す。……けど」
「けど?」
「声が大きい。あんまり魔法とかそういうの、人のいる場所で言わないでもらえる?」
「あ、ごめん……」
慌てて声をひそめた。行き交う人たちが僕たちの会話に聞き耳を立てていないか慌てて周囲を見たけど、こちらを見ているような人はいなかった。
「だけどさ。俺のせいで引っ越す事になっちゃって、なんて謝ればいいか……」
「ペペ君。違うんだよ。今回の件はペペ君は何も悪くないの」
アオイは首を横に振った。
「そんなことないだろ。最初はお前だって魔法は見せられないって言ってたじゃん。それを無理に見せてって言ったのは俺じゃん。俺が悪いじゃん」
「そうじゃないの。マールを助けるために、不良たちを魔法で吹き飛ばしたことがあったでしょ。あの時の魔法の痕跡が都市警察に見つかっちゃったの。それが問題にはなっただけなんだよ」
「けど、その後だって、俺が何度もアオイに魔法を使わせたじゃん。それだって痕跡は残るんだろ」
「この街の条例じゃ、あの程度の小さな魔法で捕まることはないよ」
「許可なく魔法を使うのはダメなんじゃないのか」
「原則は禁止だよ。でも、日常生活に伴う小規模の魔法に関しては容認されているの。アルムウォーレンには亜人とか色々な人種がいるから、ある程度の範囲で規則は緩いの」
「……でも、俺が使わせた魔法は日常生活には無関係だったじゃないか」
「それはそうだけど、現行犯でもない限り、日常生活に伴う魔法だったかどうかなんて、痕跡だけじゃ、わからないでしょ」
「そうかもしれないけど……」
「ともかく、ペペ君は無関係ってこと。気にしないで。マールを助けるために魔法を使った時、こうなっちゃうことも、ちょっとは覚悟してたし」
「そうだ。なら俺が都市警察に証言するよ。あそこでアオイが魔法を使ったのは虐められてた
アオイは首を横に振る。
「それでも魔法は使っちゃいけないの。それが決まりだから」
「でも、魔術士が魔術を使ってひったくりを捕まえたり、人助けしたりって新聞でよく載ってるじゃん。同じことじゃん」
「魔術士は……いいの」
「なんでだよ。別に魔術と魔法って同じようなもんだろ?」
「やってることは同じよ。魔術も魔法も体内に溜めた魔力を使って様々な秘術を起こすことを言うの。魔力が自然に体内に湧いてくるのが魔法使いで、魔力を外部から体内に取り入れるのが魔術士。それだけよ」
「やってることは同じなのに、なんで魔法だけ禁止されてんだよ」
「魔法使いは昔、魔法で人々を支配していたから」
「昔の話だろ」
「でも、そのせいで人々を苦しめたのは事実よ。わたしたち魔法使いの子孫は、魔法を使わないって約束で、只人の街で暮らさせてもらってるの。だから、仕方ないの」
「わかんないよ。そんな昔の知らない奴らの責任を取るために、わけわかんない決まりを作られて、それでアオイは都市警察に捕まったのかよ。酷いじゃんか」
「うん。でも、仕方ないの。これが現実だから」
「そんな……」
「あと、今更だからちょっと言いにくいのだけど。別にわたし、捕まってないから。誰からも被害届が出てた訳じゃないし、わたしが魔法を使った経緯は都市警察も調べ上げていたし、マールのこともペペ君のことも全部知ってたよ。おかげで情状酌量の余地ありってことで、厳重注意でお咎めはなし。その辺りはこの街のおおらかなところなんだろうね」
「てっきり逮捕されて、この街じゃ暮らせなくなったのかと思った。……あれ、でも、それじゃ責任感じて引っ越す必要なんかないじゃん」
「うん、でも、部屋に警察が来たから、わたしが魔法使いだって近所の人にバレちゃって。大家さんから出てってほしいって言われちゃって」
「嘘だろ。魔法使いってだけで? そんなの差別じゃん」
「そうだよ。だって今も魔法使いは迫害されてるもの。魔法使いの血を引いていることは誰にも明かすなっていうのが、魔法使いが血を引いた自分の子供に最初に教えることだもの。映画でも漫画でも悪役はいつも魔法使いばかりだし、魔法使いの家系じゃなければ良かったって何度も何度も思ったよ」
知らなかった。自分は何も知らなかった。この街は差別のない平和な街だと教えられていた。只人も亜人も仲良く暮らす街だと。でも、それは表面的な部分でしかないのだ。何も知らずに暮らしている裏で、誰かが今日も虐げられているのだ。
「ごめん。俺なんにも知らないで、わかってなくて、魔法使いがカッコいいとか憧れるとか言って……」
自分の発言がいかに無神経で世間知らずだったかを知って恥ずかしくなった。
「わたしね、前に学校でね。魔法使いだってことを友達に知られて、酷いことされたことがあるの。だから、他人に自分の血のことは明かさないようにしていたんだ。本当は友達が欲しかったけど、魔法使いだって知られちゃいけないから、無愛想にしてた。それなのに、ペペ君はいつも話しかけてきて、少しウザかったけど嬉しかった」
アオイは笑った。
「魔法を見られた時は焦ったよ。でも、ペペ君が魔法をカッコいいとか言ってくれて、嬉しかった。けど、ちょっと怖かった。他の人に知られたらまた虐められるかもしれないって。でも、ペペ君は信用できると思った」
「それなのに、俺はアオイを裏切った。みんなの意見を否定できなかった、ごめん」
「違うの。さっきも言ったけど、頭ではわかってたんだ。あの状況で魔法使いを庇うような発言をしたら、わたしにもペペ君にも良いことはないって。それに気づいていながら、ペペ君に八つ当たりみたいな態度を取ってしまった自分が嫌だった。魔法が使えない人が魔法使いを恐れ、理解できない存在だと思ってるように、わたしも心の底で
アオイが瞳を潤ませて僕に頭を下げた。そんなことしなくていいのに。僕が慌てて顔を上げさせる。
謝るのは僕だけでいいのだ。
「あら、アオイ。お友達?」
声がして振り向くと、銀色のロングヘアをたなびかせて女性が近づいてきていた。
「マヤさん」
アオイが振り向いて恥ずかしそうに涙を拭った。
「アオイのお母さん?」
訊くとアオイは首を横に振った。
「ううん。わたし、お母さんいないの。魔法使いの血を引いてるってわかると捨てられる子って多いんだけど、マヤさんはそういう孤児の魔法使いを引き取ってくれる団体の人」
さらっと口にした事実に僕は面食らってしまった。
「気にしないでよ。同じような境遇の魔法使いはたくさんいるし、全然寂しかったりしないから」
僕の表情から何かを読み取ったのか、アオイは明るい声で言った。
「あなたがペペ君ね。話は聞いてるわ。お見送りに来てくれたの?」
綺麗な声。良い匂い。確かにアオイの母親というよりはお姉さんと言った方がいい年齢だ。
「仲直りはできたのね」
アオイに訊くマヤさんの表情は柔らかかった。マヤさんは僕たちの関係を知っているようだった。
「良かった。せっかくできた友達と喧嘩別れなんて寂しいものね。それにしても、ペペ君、今日は学校はどうしたの」
「えっと、アオイさんが引っ越すって朝のホームルームで聞いて、このままじゃ謝らないままで別れることになるって思って、それじゃダメだって思って、それでいてもたってもいられなくなって……」
「ぺぺ君それで学校を抜け出して来ちゃったんだって」
「あらあら。やんちゃね。じゃ、今頃学校は大騒ぎかもしれないわ」
「……意外と誰も気づいてないとかね」
アオイが横からチャチャを入れる。
「それはそれで、ちょっと寂しいんだけど」
肩をすくめてみせるとアオイはぺろりと舌を出した。
「うそうそ。大丈夫。ペペ君は友達多いから、みんな心配してると思うよ」
遠くで港のスタッフが乗船客に案内のアナウンスを始めた。もうすぐ船が出ると告げている。
僕たちは聞こえないふりをして会話を続けた。
学校のこととか、マールの様子とか、別れの時間が迫っていることに気がつかないふりをしながら、沈黙になってしまうのを恐れて、どうでもいい話をしてしまう。
「そろそろ時間ね」
しばらくは黙っていてくれたマヤさんが、髪をかきあげて言った。
「うん。ペペ君わざわざ来てくれてありがとう。学校に戻ったらきっと怒られるんだろうね」
「おわ。そういうこと言うなよ。帰り辛くなるじゃんか」
「ふふ。ペペ君が怒られてるところ、もう一回くらい見たかったな」
「うるせー」
憎まれ口を叩きながらも、急に寂しくなってきた。せっかく仲直りしても、もう会えないのか。
三人で乗船口の方へ歩いて行く。
アオイの小さな背中。こうやって一緒に歩くことももうない。なんとなく、二人とも歩幅が狭かった。
「そうだ。あなた達にプレゼントをするわ」
乗船口の前で、何かを思い出したように立ち止まったマヤさんはカバンを開き、二つの小石を取り出した。
平べったくて赤く輝く小石と、丸っこくて茶色に光る小石。
「これは?」
「魔石よ」
マヤさんは取り出した二つの魔石を手のひらに乗せて、小さな声で呪文を唱えた。
すると二つの魔石がじんわりと光を放ち、色が変わった。
二つとも同じ淡い水色になった。
「これでこの二つはペアになったわ。片方をペペ君に。片方をアオイにあげる」
「ペアですか?」
「ええ。この二つの魔石に魔法をかけたわ。互いの魔力を感じ取って同じ色になるようになったの。二つとも同じ水色になったでしょ。近くになればなるほど同じ色に、逆に遠くに離れると魔力の反応が薄れて、元に色に戻る」
「じゃあ船が出てしまったら色は戻るってことですか」
「そうよ。これは、またいつか会えますようにっていう古い
「また、いつか。会えるかな?」
「……わかんない、この街に親戚がいるわけじゃないし、アガルタ大陸に行ったら全寮制の魔法学校に通うから、旅行なんてできないし」
「おいおい、そういう時は嘘でも会えるっていうもんだろ」
「あ、ごめん」
「そういうところだよな。アオイが友達できない原因」
「え、そんなことないし。わたしは変に期待しても寂しくなるだけだからそう言っただけだし」
「現実的な奴だな。俺はまたアオイに会いたいよ」
ちょっと恥ずかしいけど、ちゃんと言った。
「……ありがと」
照れた顔でアオイは俯いた。
「アオイは?」
「会えたら良いなって思うよ」
「ちぇ、意外と素直だな」
「変に誤魔化してもペペ君しつこいから」
「俺のことわかってるじゃん」
「友達のことくらい、わかるよ」
二人で笑いあった。
「じゃあ。いつかまたアオイに会えるようにこの魔石に祈ってるよ」
「うん。私も。さよならペペ君」
微笑んで手を小さく振ってアオイは船に乗船口を登っていった。
アオイが乗った魔導帆船が汽笛を鳴らして出港した。
デッキにアオイの姿が見える。
僕は彼女に見えるように大きく手を振った。
アオイもずっと手を振っていた。
船が遠くになって、魔石の光が段々と弱くなっていく。
船が見えなくなってしばらくして、魔石は茶色に戻った。
☆
クリモ広場の港に僕は立っていた。
手のひらに握った小さな魔石が輝きを放っていた。
港に停泊する魔導帆船に近づけば近づくほど、魔石は輝きを増した。
信じられない。何かの間違いではないかと何度も思った。
だって、期待なんてしていなかった。
船が来る時間に港に来るのは、単にランニングのペース配分の目安にしていただけのことだった。
もしかしたら……などという淡い期待を持っていたのは、はるか昔のことで、今はただのルーティンでしかなかったのだ。
けど、お守りのようにいつも持ち歩いていた魔石は確かに色を変えていた。
港に近づくほどに、茶色の魔石が少しずつ水色に変化していた。
僕はまさかと思いながらも、魔導帆船に近づく。
港に降り立つ人々の列。
僕は立ち止まり、目を凝らす。
その中に明らかに狼狽えた様子でキョロキョロとあたりを見渡している女性がいた。赤い瞳、薄紫色の髪の、あの頃よりかは背が伸びているけど、全然平均以下の小さな体。
その彼女の手の中にはキラキラと眩しい光を放つ魔石が握られていた。
運命って言葉は好きじゃないけど、これを運命だと好意的に言ってくれる人がいるのなら、僕はそれをわざわざ否定したりはしない。
僕は手を振り懐かしい名前を叫んだ。彼女は僕を見つけると信じられないといった表情で立ち尽くしたけど、瞳に涙を浮かべ駆け寄ってきた。
突撃するように僕の体にぶつかってきた懐かしい友達の、華奢な体を僕は受け止めた。
クリモ港は出会いと別れの広場だ。
涙を流し別れを惜しみ、笑顔で再開を喜ぶ。
今日は僕たちの番だった。
僕たちはまるで子供の頃に戻ったみたいに大声で互いの名前を呼び合って手を取り合った。
〈了〉
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