【転校生は魔法使い】2/3
魔法?
魔法だって?
信じられなかった。
「本当に魔術じゃなくて魔法?」
何度も確認してしまう。
「うん。魔法」
「ってことはお前、魔法使いってこと?」
「……そう」
「すげー!! カッケー!」
思わず叫んでしまった。
「しっ! あんまり大きな声出さないで。人に聞かれちゃったら困る……」
アオイは声を潜めた。
「悪い、あいつらがまだそこらへんにいるかもしれないもんな」
「そうじゃないし。魔法使いだって知られたら大変だって言ってるの」
「あ、そうだっけ。秘密にしてんだ」
「秘密っていうか……。ペペ君、魔法使いの歴史知ってるでしょ?」
「え? ああ授業でやったっけ? あんま覚えてねーけど」
魔法使いについて知っていることといったら、生まれつき体の中から魔力が湧いてくる人だということ。昔は魔術士と戦争したりしたことがあって、物語や絵芝居では、いつも主人公の魔術士と戦う悪の敵役になっていることが多い。そのくらいのものだった。
だから、無邪気にカッコいいなんて思ったのだ。
「カッコいい? そんなこと言われたの初めてだよ」
アオイは戸惑いの表情を浮かべた。
僕はこの時、まだ十一歳。純粋なヒーローより斜に構えた脇役や美学を持った敵キャラに心動かされている時期だった。
「魔術士よりカッコいいじゃん。だって魔術士ってクソまずい飲み物とか飲んで無理矢理魔力を体に溜めてるんだろ。それに比べて魔法使いは自分の体から魔力が湧き出るんだから、そっちのが断然カッコいいじゃん」
「そんなことないよ」
アオイは首を振って否定したが、表情は緩んでいた。もしかして、少し照れている?
彼女のそんな顔を見るの初めてだった。
「さっきのは風系の魔法? カッコいいな。他にも使える魔法はあるの?」
「いちおう、あるけど……」
「すげー。なにが使えんの? 炎とか出せんの? 見せて見せて」
「今日はもう使えないよ。さっきので魔力を使い切っちゃったから」
「えー。そうなの? なら明日は? 明日なら魔力溜まってる?」
「まぁ明日なら多少。でも決まったところ以外で魔法は使っちゃいけないんだよ」
「なんで? 誰もいない場所でやれば大丈夫でしょ。俺、誰にも言わないし。良いだろ」
「でも……」
「お願い! 俺、絶対内緒にする。約束する!」
手を合わせて頼んだけど、アオイは渋い顔をするだけだった。
「わかった。じゃあ俺もこいつの世話手伝うからさ」
そこで僕はアオイの足元にいる猫竜を指差した。
「お前だって小遣いそんなにもらってないだろ。二人で交代にすればそんなに金かかんないだろ。ってか、うちなら飼えるかもしれねえし」
「飼える? ペペ君が? 無理でしょ。竜の世話って難しいんだよ」
「大丈夫。俺のじいちゃん、龍医で動物病院をやってるんだ。母ちゃんもそこで働いてるし、保護猫竜の活動とかしてるんだ」
「そうなの?」
「うん。『グレイス獣医科』ってとこ。その関係でうちでも猫竜飼ってるし。虐められてた仔猫竜を保護したって言えば母ちゃんも飼うことに賛成してくれると思う」
ちょうどいいタイミングだった。この頃、家で飼っていた猫竜は結構な歳で、両親は死んじゃう時が寂しいから、今のうちにもう一匹くらい保護猫の里親になろうかと話していたところだったのだ。
そういう寂しさの紛らわせ方ってなんか釈然としなかったけど、大人ってそんなもんだ。猫竜を保護したとなれば大義名分になると子供ながらに思った。
それに、なにより是が非でも、もう一度魔法を見たかったのだ。
さっきは不良たちに気を取られていて、アオイの魔法をちゃんと正面から見ていなかったから。
「……わかった。マールの世話をしてくれて、魔法のことは誰にも言わないって約束するなら、本当はダメなんだけど、また見せてあげてもいいよ」
「約束する! やった! ありがと!」
アオイはしつこい僕に痺れを切らしたのか、渋々ながら了承してくれた。
僕はマールを抱えて家に帰った。そして、母親に今日のことを魔法のくだりだけを隠して報告した。
母親は不良がたむろするような場所に行ったことを怒ったけど、仔猫竜を助けたことは褒めてくれて、一度病院に連れて行って市に許可を申請して家で飼うことにしてくれた。
新しい猫竜が家に来るのも嬉しかったけど、これでアオイから魔法を見せてもらう口実ができたのが何より嬉しかった。
それから、アオイは僕の家に遊びに来るようになった。
彼女にマールと遊ばせる代わりに魔法を見せてもらうことができた。
家の近所に人気の無い寂れた公園があった。
そこの一角がちょうどよかった。一本道で入り口が一つで、誰かが来たら遠くからでもわかる。魔法を使うのに適していた。
アオイは指から火を出してロウソクに灯りをつけたり、合わせた両手の中から氷の塊を取り出したり、いろんな魔法を見せてくれた。
けど、この前の不良を吹き飛ばすような強い魔法は見せてくれなかった。
「激しいやつも見せてよ」
「だめ」
「なんで?」
「前も言ったじゃん。人に気づかれる可能性が高いって」
「だって、ここなら誰もいないじゃん」
「ちゃんと勉強してる人は魔力を感知できるの。強い魔法は魔力をたくさん使うから、ここに誰もいなくても気づかれちゃうかもしれないの」
アオイは二人になるとよく喋った。
「さ、今日はこれでおしまい。早くぺぺ君ちに行ってマールと遊ぼうよ」
アオイは学校では見せない笑顔を見せた。それは嬉しかったけど、学校ではいつも暗い顔で過ごしていて、友達らしい友達は一人もいなかった。僕が話しかけても二人の時以外、学校ではあまり話してくれなかった。それが気に掛かっていた。
「なあ。なんで学校じゃ喋んないの?」
こういうことを聞くとアオイは不機嫌になる。
「前も言ったじゃん。友達を作る気はないって」
学校で皆に見せるような無愛想な表情になる。だから、いつもだったら、こういう話題は出さなかった。けど、その日はなんとなく突っかかってみたかった。
「俺は? よく遊んでるけど」
「別に……友達じゃないもん。ぺぺ君は魔法を見たいんだし、わたしはマールと遊びたいだけじゃん。利害関係の一致でしょ」
「ちぇ、なんだよ。ムズカしいこと言って。冷めてんな。俺は友達だと思ってるけど」
「……勝手に思ってれば」
そっぽを向いたアオイの表情は見えなかった。けど、不機嫌なわけじゃないというのはなんとなくわかった。
「なーんだ。じゃあ明日からマールとは遊ばせてあげられないな」
「は? なんで?」
「だって友達じゃない人は家にはあげちゃダメでしょ」
「それ、意味わかんないんだけど」
「だってさー。マールはもう大事な家族だし、大事な家族を友達でもない人には触らせたくないもんなー」
「元々はわたしが世話してたんですけど」
「なんだよムキになんなよー。俺の友達ってことなら今まで通りマールと遊んでいいって言ってんの」
「ちょっと何言ってるかわかんない」
「だから、俺たち友達だろってこと」
「……そっちが勝手に思ってればいいじゃん」
「んだよー。なんでそんな友達って言葉に抵抗すんだよ。友達でいいじゃん。ほら言ってよ。俺たち友達だろ?」
「……」
「友達だろー?」
「……わかったよ。それでいいよ」
「じゃあ言って」
「なにを」
「友達って。言葉でちゃんと」
「え、言う必要無くない?」
「あるよ! 友達なんだから」
「意味わかんないんだけど」
「言わないとマールは触らせねーぞ」
僕がしつこいのはアオイもわかっていた。
だから、アオイはため息をついて根を上げた。
「わかったよ。……ペペくんとは友達だよ」
「よっしゃ! 俺の勝ちー」
「なにが!?」
「友達って認めさせたから!」
「なによそれ。そんな勝負してないんだけど。ペペ君変なの」
アオイが呆れ笑いを見せた。
「じゃ、魔法も見せてあげたんだし、早く大切なお友達をマールの元に案内してよ」
アオイが視線を逸らして恥ずかしそうに言った。
そうして、僕たちは公園を後にした。
僕はようやくアオイと友達になれたのだ。
……けど、その友情はたった一日で終わりを告げることになった。
夜。家に学校から連絡網が回ってきた。
最近、学校の付近で魔法を使った痕跡が発見された。魔法使いが街に潜んでテロを画策している可能性がある。明日からは集団登校を義務づけ、当分の間は課外授業は中止。来週予定していた遠足も中止。
そう告げられた。
「怖いわね。魔法使いがこの辺りにウロウロしてるみたいよ」
受話器を置いた母は肩を抱いて身震いした。
「なんかの間違いじゃない? ここら辺に魔法使いなんていないでしょ」
体から血の気が引いていく。
まさか、アオイの魔法が警察にバレたわけじゃないよな。
だって、何かを壊したり誰かを傷つけたりしたわけじゃない。木の枝を少し燃やしたりはしたけど、すぐ消したし誰にも見られていないはずだった。
「魔力反応があったって。都市警察から学校に連絡が入ったみたいだから、間違いないわよ」
そういえば、強い魔法は痕跡が残るから使いたくない、とアオイが言っていた気がする。でも、アオイが見せてくれたのは弱い魔法だ。きっと大丈夫。言い聞かせるが、胸騒ぎは治らなかった。
「最近サルカエスで起きたテロも魔女同盟が起こしたものだって新聞にも出したし、都市警察も警戒して街のパトロールを強化していたんですって」
「だけど、別に魔法使いが全員悪い人ってわけじゃないでしょ?」
「それはそうよ。でも、この街で魔法を使うには許可を受けなきゃいけないの。それを受けないで使っているのだから、少なくとも、今回の犯人は良い魔法使いじゃないわ」
どうしよう。僕のせいだ。僕が無闇に魔法を見たいなんて言ったからだ。アオイが都市警察に捕まってしまったらどうしよう。
「ともかく、当分の間は外出禁止よ。学校から帰ったら家にいなさい。危ないからアオイちゃんもうちに呼んじゃダメよ」
母親の言葉は頭に入らなかった。
次の日、近所の子供達と集団登校して学校につくと、すでに教室は魔法使いの話題で持ちきりだった。
「ぺぺ。聞いたか! 魔法使いのせいで社会科見学中止だってよ!」
「来月の運動会も犯人が見つからなかったら、やらないかもって先生が言ってた」
「先月サルカエスでテロを起こした悪い組織がこの街にも潜伏してるらしいよ」
「魔法使いなんてこの世からいなくなればいいんだよ」
好き放題に騒ぐクラスメイトたち。適当に相槌を打ちながら自分の机に向かう。アオイはすでに席についていた。アオイの姿を見てホッとしたが、いつもより彼女の体は縮こまって見えた。
「おはよう」
「……おはよ」
表情が硬い。
机の脇にリュックをかけ、椅子に座る。
朝のホームルームまでの時間、教室は蜂の巣をつついたような騒ぎだった。けど、僕とアオイだけがその輪に加われないでいた。二人とも黙って俯いていた。
いつもより早く教室にやってきた先生は皆を静め、昨日の連絡網について話し始めた。
皆は口々に質問をぶつけたが、昨日聞いた話以上の情報は先生も持っていなかった。
先生は、当分の間は班ごとでの登下校を行うが都市警察がパトロールを強化してくれるから心配する必要はない。君たちは気にせず一所懸命に勉強をしなさい、と。それだけを伝えると、いつもと同じように午前の授業を始めた。
だけど、皆どこか上の空だった。暇を見つけては、こそこそと事件について話をしていた。
それは休み時間も給食の時間も続いた。
本気で怖がっている者もいれば、退屈な日々を彩る些細な非日常として面白がっている者もいた。
アオイは普段から誰かと話すことがなかったから、いつも通り静かにしていたけど、僕の元には友達が来る。僕は余計なことを言わないように、曖昧に相槌を打ってやり過ごした。
アオイが隣にいるのに、変なことは言えなかった。
なんとか一日の授業を終えて、帰り支度を始めようとした時だった。
いつもの友達がやってきた。
「ぺぺ。もし魔法使いが学校にいたらどうする?」
何気ない言葉にどきりとした。
「な、なんだよ。学校に魔法使いなんかいるわけねーじゃん」
「いやさ。それがそうでもないらしいんだよ」
友達は声を潜めた。
「……親父に聞いたんだけど、魔法の構成がそんなに複雑じゃなかったらしいんだ。大した魔法使いじゃないってさ」
その友達の父親は都市警察関係の仕事をしていた。
「ふーん」
興味がないふりをする。
「もしかしたら、魔法使いは子供かもしれないってさ」
冷や汗が出た。
「そうなんだ」
平静を装う。けど、その僕の態度が友達には不思議に思えたようだった。
「なんか、今日のペペ、変だな」
「そんなことないよ」
「そうか。で、もし魔法使いがこのクラスにいたらどうする? 俺、絶対許さないね。社会科見学も中止だし運動会も中止になりそうだし、絶対許さねーよ」
隣の席のアオイは何も聞いていないような素振りで帰りの準備をしていた。けど、声は届いてるはずだ。
「魔法使いだからって全員が悪いわけじゃないと思うけど……」
「は? 何言ってんだよ。迷惑しかかけてねーじゃんか。昔だって俺たち只人を支配してやりたい放題やってたんだぞ。んで、また俺たちを支配しようとしてテロを起こしてるんだろ。迷惑しかねーじゃん。それなのに、ペペ、お前魔法使いの肩を持つのかよ?」
「そうじゃないけど……」
「おい、みんな。ペペは魔法使いを庇うんだってよ」
友達が大きな声で周りに言うと、いつも遊んでいる仲間たちが僕の周りを取り囲んだ。
「嘘だろ。魔法使いなんてテロばっか起こしてる悪人だろ?」
「魔女同盟っていうんだろ。母さんが言ってたよ。とんでもない悪党だって。そんな奴らのこと庇うのかよ?」
「いや……そういうわけじゃないけど」
「だよな。もし学校に魔法使いがいたら、俺らでぶっ飛ばして都市警察に突き出してやろうぜ」
「いいな! そうしよう。どうせ魔法に頼るような奴なんてひ弱なガリ勉だろ。俺たちが本気出せば簡単にボコボコにできるだろ」
「よっしゃ、じゃあパトロール隊を結成しようぜ。魔法使い討伐隊だ。この街から魔法使いを追い出そう!」
友人たちは勝手に盛り上がって、誰が隊長になるかで揉め始めた。
アオイは黙って、通学リュックに教科書を詰めていた。横目で彼女を見る。俯いたままの彼女の表情は薄紫色の髪に遮られてわからなかった。
「……おい、ぺぺ。お前ももちろん参加するよな?」
「え?」
「え、じゃねえよ。お前だって、魔法使いなんてこの世からいなくなればいいと思うだろ?」
その言葉にアオイの手が止まった。
「な? ペペ?」
同意を求められて、僕は答えに窮した。僕を取り囲んだ友達は僕の同意の言葉を待っている。
無邪気な無言の圧力に僕は屈した。
「……うん」
答えた瞬間、乱暴に椅子を引いてアオイが立ち上がった。
「あ……アオイ、帰るの? 気をつけてね」
アオイはチラリと僕の顔を見た。けど、何も答えてくれなかった。
アオイは無言で僕たちの後ろを通り抜けて教室の出口に向かった。
「アゴウニュ、お前も魔法使いっぽい奴を見かけたら俺たちに教えてくれよ」
友達の一人が声を掛ける。
「俺たちがとっ捕まえてやるからさ!」
アオイは「うん」とだけ答えて去っていった。彼女は振り返らなかった。
アオイが去って、友達はまだ色々と喋っていたけど、話は全然頭に入って来なかった。
最悪だ。僕はアオイの前で酷いことを言ってしまった。
罪悪感を抱えたまま教室を出る。
もっと上手い受け流し方があったはずなのに。後悔が胸に残る。
校庭で地域班の子らと合流したときも、
アオイは失望したはずだ。僕のせいでこんな事になったのに。
知らん顔で魔法使いなんていなくなれば良いって意見に同意してしまった。
僕はなんて臆病で卑怯なんだろう。せっかく友達になれたのに。僕はアオイを裏切ってしまった。
でも、だけど、あんな状況で皆と違う意見なんて出せない。
あそこで「魔法使いにだって良い奴はいると思う」なんて下手なことを言うわけにはいかなかった。
余計な波風を立てるのは得策じゃないと思ったんだ。
だから、そういう見方をすれば、さっきの僕の受け答えは間違いじゃなかったんだ。
自分の責任を受け止められなくて、僕は自分に言い聞かせた。
僕の受け答えは決して正しい答えじゃなかったけど、決して最悪なものでもなかったはずだ。そうだ。 アオイだって冷静になればわかってくれるはずだ、と。
ともかく、明日、学校でアオイにあったらタイミングを見計らって話をしよう。
今日のことは謝って、そしてこれからのことを考えよう。
そう思って、その日は家でじっとしていた。
けど、次の日、アオイは学校に来なかった。
クラスは魔法事件の話でもちきりで、アオイが休んだことなど誰も気にしていなかった。
僕は色々な最悪の事態が頭に浮かんで、不安だったけど、魔法使いが捕まったという話は出なかったので、それだけを心の拠り所にして静かにしていた。
けど、アオイは次の日も、その次の日も学校に来なかった。
家の場所も知らないし、連絡網を頼りに伝話をしてみたけど、誰も出なかった。
先生にアオイについて聞いても、体調が悪いそうよ、と言われるだけで、何も聞き出せなかった。
そして、アオイが学校に来なくなってから一週間ほど経った頃だった。
嫌な噂が流れてきた。
『魔法事件の犯人はアオイ・アゴウニュだ。あいつは魔女だ』
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