【転校生は魔法使い】1/3

 クリモ港は出会いと別れの広場だ。

 涙を流し別れを惜しみ、笑顔で再開を喜ぶ。

 

 そんな光景が毎日繰り広げられる場所だ。

 

 僕はそのクリモ港の入り口で立ち尽くしていた。


 手のひらに握った小さな魔石が輝きを放っていた。

 港に停泊する魔導帆船に近づけば近づくほど、魔石は輝きを増した。


 本当に期待なんてしていなかった。

 船が着く時間に港に来るのは、単にランニングのペース配分の目安にしていただけのことだった。


 「もしかしたら」なんていう淡い期待を持っていたのは、はるか昔のことで、今はそれすら忘れるただの日課になっていたのだった。


 けど、お守りのように肌身離さず持っていた魔石は確かに光を放っていた。

 僕はまさかと思いながらも、目を凝らした。 

 




 アオイ・アゴウニュと出会ったのは、初等学校ロウスクール高学年の頃だ。

 彼女は転校生だった。薄紫色の髪の毛を肩の上で切り揃え、赤い瞳を隠すように前髪が長かった。そして、二つくらい下の学年の生徒と言われても信じてしまうほど体は小さかった。


 クラスの人数が奇数で、たまたま二人用の机を一人で使っていた僕の隣に彼女はやってきた。

 一応、自分から自己紹介した。


「俺はペペイラ・ロングチーノ。ペペイラでも良いけど、みんなからはぺぺって呼ばれてっから、お前もペペでいいぜ」


 せっかく愛想良く話しかけたというのに、アオイは小さく頷くだけだった。なんだか暗そうな奴だなと思ったけど、それでも、僕は続けた。優しさってのは与えるものだと思っていた。


「わかんないことがあったらなんでも聞いてくれよな」 


 できるだけ威張っているようには見えないように。けど、舐められないように。


「ま、そうは言っても勉強は教えられないけどな。なんちゃって」


 さらに、それにプラスして冗談まで言った。転校初日で不安そうな彼女を笑わせようと思ったんだ。

 それなのに、アオイは笑いもせず縮こまったまま頷くだけだった。


 無愛想な奴だ。愛想がなくて根暗っぽい。声も小さいし。

 これはやりにくそうな隣人がやってきたな、とがっかりしていると、クラスの連中がアオイの元に集まってきた。

 転校生が来ると大体いつもこうなる。質問攻めだ。


「どこから引っ越してきたの」

「あだ名とかあった?」

「髪の色珍しいけど地毛?」

「そのペン可愛い! どこで買ったの」

「好きなアイドルとかいるの?」


 そんなこと、今聞く必要あるの?

 って質問すらあって、横で見ていても、こんな風に囲まれたら嫌だなぁという感じだった。

 いくら無愛想で根暗な奴とはいえ、流石にこれは可哀想だった。

 場を冷ましてしまうのは少し申し訳ない気もしたけど、皆の質問をせき止めて口を挟んだ。


「あのさ、あのさ。アゴウニュも転校してきたばっかで緊張してんだろうから、今日はそのくらいにしたら?」


 すると皆は意外にも僕の意見に同意してくれた。

 周りから人が去って、一息ついていると横から視線を感じた。

 アオイが僕を見ていた。


「ペペ君」


 感謝の言葉でも言われるのかと思った僕は先回りして手を振った。


「気にすんなよ。みんなも悪い奴じゃないからさ」


 けど、アオイは予想外の言葉を放った。


「……別に緊張とかしてないんだけど」


 アオイはじろりと僕を睨みつけていた。

 

「わたし、元々友達とかは作る気ないし。わざと愛想悪くしてただけで、緊張とかしてないし。おせっかい」


 言いたいだけ言って、アオイはプイッとそっぽを向いた。

 感謝されることを想定していた僕はツンとしたアオイの横顔を見て呆然とした。

 なんだこいつ。無愛想で根暗で、そんで嫌な奴じゃん。と思った。


 そんなアオイだから友達は出来なかった。転校してきて数日は、休み時間や給食の時間になると、誰かしらに話しかけられていたけど、話は盛り上がらなかった。


「友達なんかいらない」と言い放った彼女だ。どんなふうに会話をいなしているのか、僕は聞き耳を立てていた。

 何回か盗み聞きをしていると大体の会話のパターンがわかってきた。


 それはこうだ。

 誰かに話しかけられたアオイは俯きがちに小さな声で一言二言答える。

 が、絶妙に会話のキャッチボールにならないような返答なので話はまったく広がらず、なんだか妙に気まずい空気になって、お互い黙ってしまったりして、それで話相手はそそくさといなくなってしまう。……こんなパターンがほとんだだ。


 横で見ていて僕は思った。


 友達がいらないとかって言うより、単に口下手じゃね?

 

 決して「友達なんていらない」と豪語していたアオイが、わざと話を盛り下げているという風には見えなかったわけだ。

 ただ単にシンプルに話が盛り上がらないだけだった。


「友達とか作る気ないし」とか言ってたくせに、アオイは会話がしりつぼみで終わる度に、一瞬寂しそうな顔を見せて肩を落としていた。

 けれど、隣の席の僕の視線に気づくと、急に何かを思い出したように背筋を伸ばして、


「別に友達なんていらないもん」


 とか、わざわざひとりごとを言うのだった。


 これはもしかして、最初に強がって友達なんて不要だ、と口走ってしまっただけで本心では皆と仲良くしたいと思っているのに、ただただ話が下手で誰とも仲良くなれないだけなんじゃないのか。


 そんな風に隣の席で一部始終を見ていた僕は思ったのだった。


 ある時、クラスの女子数人がアオイを遊びに誘ったことがあった。

 会話の流れの中で、今度の休みの日に映画を見に行こう、とかなんとか。


 誘われたアオイは一瞬嬉しそうな顔になった。けど、僕の視線に気づくと何かを思い出したようにツンっとした顔になって「その日は用事があるの」と断ってしまった。

 女子たちが離れて行った後、流石に僕も口を出した。


「遊べばいいじゃん」

「なんで」

「仲良くなるチャンスじゃん」

「別に友達なんかいらないもん」


 アオイはそっぽを向いたままだった。


「強がんなよ」

「強がってないし」

「俺が友達になってやろうか」

「お断りします」

「んだよ、頑固」

「別に頑固じゃないし」


 なぜか、僕に対してはスラスラと憎まれ口が出てくる。ま、会話自体が盛り上がったりはしないけど。


 そんな調子だったから、次第にアオイに話しかける者はいなくなった。

 自分で最初に「友達なんかいらない」と言っていたのだから、それは望んだ結果のはずなのに、アオイは時々寂しそうな顔をしていた。なので話しかけた。


「なー。お前、いいかげん素直になれば?」

「何が?」

「友達作ればって言ってんの」

「友達ってわざわざ作るもんじゃないでしょ」

「ったく、あいかわらずだな」

「別に普通だもん」

「普通……かねぇ。それよりさ、算術の宿題やってきてんだろ。ちょっと見せてよ」

「ペペ君、また宿題やってこなかったの?」

「忘れたんだよ。やらなかったわけじゃない。見せてよ」

「やだよ」

「んでだよ。友達だろ」

「……友達じゃないし」


 その頃には、クラスでアオイと会話をしているのは僕くらいなものになっていた。

 席が隣のせいで、授業とかクラスの課題で二人組になれって時に、いつも組まされていたのだ。

 別に会話なんてしなくても良いのだけど、ずっと沈黙してるのも居心地が悪いので、僕は時々アオイに話しかけた。


 内容は大したことない。世間話だったり教師の悪口だったり、あとは宿題を見せてもらったり、難しい単語を教えてもらったり、宿題を写させてもらったり、宿題を写させてもらったり、あと、宿題を映させてもらったりだ。


 基本的に僕が一方的に話しているだけで、アオイは僕が話しかけるとすぐにそっぽを向いて不機嫌そうな顔になる。そして、僕が何を話してもつまらなそうな顔で文句を言った。

 けど、彼女は僕の話を絶対に途中で遮ったりはしなかったし、なんだかんだ毎回、宿題も見せてくれた。


「どうせ宿題やってきてないんでしょ?」


 なんて、そっぽを向きながらも、アオイからノートを見せてくれることもあった。

 無愛想で根暗で変な奴だけど、いつも宿題は見せてくれるし、もしかしたら悪い奴ではないのかな、と思い始めていた。



 夏のある日、母におつかいを頼まれ、隣町の魔道具屋に行った。


 そこで初めて学校の外でアオイに出会った。


 白夜レミルナイトと呼ばれる太陽が沈まない季節で、街はいつも以上に観光客で賑わっていた。

 夕方、用事を済ませ、船着場ポートで帰りのボックスボートを待っている時だった。

 ふと顔を上げると運河の向こう岸に見覚えのある姿を見つけた。


 夕暮れに照らされた薄紫色の髪、線の細い小さな体。間違いない。アオイだった。

 通学リュックは背負っておらず、小さな紙袋を大事そうに抱えて歩いていた。

 そういえば、アオイがどこに住んでいるか聞いたことってなかったな。

 この辺りに住んでいるのか。それとも僕と同じように買い物にでも来ているのか。

 興味が湧いた。


 僕はアオイの後を追いかけてみることにした。

 アオイは観光客が行き交う土産物屋の通りを抜けて、運河にかかるアーチ橋を越えて歩いていく。


 やがて繁華街から外れて路地裏に入った。観光客が喜ぶような綺麗に塗られた白壁の商店街は消え、ひび割れ煤けた壁の集合住宅が並ぶようになった。

 この辺りは交通の便が悪く街から孤立した地区なので、少し治安が悪いと聞いたことがあった。

 若干、不安な気持ちも頂きつつ、アオイの後を追う。


 落書きだらけの看板に「この先は行き止まり」と書いてあった。けれど、アオイは構わずに歩いていく。

 こんなところに彼女の家はあるのだろうか。


 歩みを緩め、できるだけ距離を保ちながら進んでいく。

 しばらく歩くと通りの向こうから、うっすらと少年達の騒ぎ声が聞こえてきた。なんとなく嫌な予感。歩みを止めて目を凝らす。

 通りの向こうの人のいない船着場ポートに少年達がたむろしていた。僕よりも一回り身体が大きい。きっと二つか三つ年上の少年達だろう。

 乱暴な言葉使いで下品なことを言っては笑い、禁止されている煙草をふかしていた。


 ここの地区は不良少年が多いから寄り道しないで帰りなさい、と母親に言われたことを思い出したが、すでに遅い。


 もしかして、アオイは彼らの仲間なのではないか。おとなしそうな顔をしてあいつ、不良少女なのではないか。


 ……と一瞬疑ったが、もちろんそんなことはなかった。


 アオイは彼らの姿を見ると慌てて立ち止まり、身を隠すようにアパートの影に身を寄せた。

 それで僕も急いでアパートの影に隠れた。


 さて、どうしよう。

 アオイのことは気になるが、不良達に目をつけられてカツアゲでもされたら大変だ。小遣い稼ぎに出かけてきてお金を取られたら元も子もない。

 ともかく様子を見よう。アパートの影で息を潜めた。


 不良少年達は通りの先、行き止まりの水路の脇で、何かを蹴っ飛ばして遊んでいた。

 初めはボールかと思って見ていたが、目を凝らしてみるとそれは小さな猫竜ミッツキャットだった。

 蹴飛ばされる度に、弱々しい悲鳴をあげる猫竜ミッツキャット

 なんて酷いことをしているんだ。

 どうしよう。助けてあげたいけど相手は三人組だ。

 下手に出て行っても勝ち目はない。

 けど、このまま見過ごせば、あの猫竜は殺されてしまうかもしれない。


 どうしてあんな酷いことをするのだろう。少年たちはまるで玉蹴りでもするように交互に猫竜を蹴飛ばしてはゲラゲラと笑っている。


 様子を伺いつつ視線をアオイの方に移すと、アオイはいつの間にか、アパートの外壁に付けられた非常階段を登っていた。


「あいつ、こんな時にどこ行くんだろ」


 アオイの不思議な行動に目を奪われていると少年たちの声が一際大きくなった。視線を下ろせば、少年たちは猫竜を水路に蹴落とそうとしていた。


 あんなに小さい猫竜を怪我させた上に水路に落としたらどうなるか、わかりそうなものなのに。

 止めなきゃ。そう思った。

 けれど、自分よりも体の大きな少年たちに刃向かったら、ボコボコにされて、お金を取られて自分が猫竜の代わりに水路に落とされるかもしれない。


 足がすくむ。やらなきゃいけないことはわかってるのに、足が動かない。でも、このままじゃダメだ。あの仔猫竜を助けなきゃ。

 震えながらも声をあげようとしたその時、


「「風よ! 薙ぎ払え!」」


 頭上から空気を張り裂かんばかりの叫び声がしたかと思うと、突風が吹き下ろしてきた。

 叩きつけるような強風は轟音とともに少年達の体を宙に放り投げた。

 少年たちは悲鳴をあげる間もなく吹き飛ばされ鉄柵を越え次々に水路に落ちていった。


 今のは一体なんだ。

 見上げると、アオイが両手をかざしていた。


 まさか、あいつがやったのか?

 そんなわけないよな。

 呆然としていると、アオイがこちらに気づいて「しまった」という顔をした。


 水路では少年たちが悲鳴を上げながらジタバタと助けを求めていた。


 ともかく、あの猫竜を助けなきゃ。

 立ち上がり、ぐったりしている猫竜の元へ駆け寄り抱えあげた。アオイもアパートの非常階段から降りてきた。


「ペペ君、どうしてここにいるの?」


 アオイをつけていたなんて言えない。 

 水路で悲鳴を上げている少年たちは幸いにも僕たちに気づいてはいない。


「えっと……ともかくここから離れよう」


 猫竜を抱きかかえたまま、僕らは駆け出した。


 橋を渡り運河を越えて、路地裏を抜け、誰も追いかけてきていないことを確認して、ようやく路上に座り込んだ。 


 猫竜って見た目によらず重いのだ。疲れた。


「マール。大丈夫?」


 アオイは僕が地面に下ろした小さな猫竜に向かって声をかけた。


「こいつ、アゴウニュの飼猫竜?」

「違う」


 アオイは首を振った。

 学校帰りに見つけた野良の仔猫竜らしい。飼いたいと家の人に言ったけどダメと言われ、それでも諦められず、こうして内緒で餌を買っては、こっそり持ってきているということだった。


 いつもの三割り増しくらい、声の大きなアオイだった。学校でもこのくらいの声量で話せばいいのに、と思ったが、それより何より、僕の頭はさっきの不思議な現象でいっぱいだった。

 あの強風はなんだったんだ。アオイがやったのか?


 疑問は口に出さないと気が済まないタチの僕は聞いてみた。


「お前、魔術が使えるのか?」


 そしたら、アオイは俯いて唇を噛んだ。

 答えるか少し迷っているような仕草だったけど、黙って返答を待っていると、観念したように顔をあげた。


「違う。……魔法」


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