幻想世界 ⑥

「恭介、どうしたの?」

「どうしたって、何が?」


 どこかの和室に恭介と彩音がいた。多分、昨日の続きなのだとしたら、おそらくここは旅館なのだろう。二人は浴衣に身を包み、部屋の窓際でのんびりと酒を嗜んでいるようだった。


「なんだか最近変だよ。昼間だって大きな声出して」

「ごめん、最近仕事がごたごたしてるから気が立ってるのかも」

「……嘘つき」

「え?」

「だって、じゃあどうして私の顔見てくれないの?」


 恭介自身も自覚がなかったのだろう。ハッとしたような表情を見せてようやくその視線を彩音に向けた。

 彼女の顔を見た瞬間、恭介の表情が曇ったのは気のせいではないだろう。


「なにか悩んでるなら、教えて?」

「別に、何も悩んでることなんかないって」

「………恭介って、昔からそうだよね」

「え?」

「バカっぽくて楽天的なくせに、肝心な部分は誰にも見せてくれない。人に世話焼いたりちょっかい出したりするのに、自分が誰かに助けてもらおうとは考えない。心のどこかでいつも何かに怯えてる。私にはずっとそんな風に見えてたよ」

「………」


 恭介は遠慮がちに目を伏せた。おそらく図星なのだろう。

 彩音は恭介に歩み寄り、彼の背中にそっと寄り添った。


「恭介が思ってること、知りたい」

「………」

「待つから。ゆっくりでいいから」

「………」

「………」

「………彩音のことは、ずっと好きだよ。今も昔もこれからも」

「うん。私もそうだよ」

「でも………」

「………」

「でも………!」

「………」

「———俺は、他人に責任を持つことができないんだ」


 そう言葉に出した時、恭介の身体が僅かに崩れ落ちた。彼は両手を床につけ、まるで懺悔するように顔を伏せる。その声には明確な悲しみの色が滲んでいた。泣いていた。


「俺はっ、おれ、は………っ」

「恭介………」

「俺には、誰かのために生きるなんてこと、できないんだよ……」

「誰か?」

「俺は、俺のために生きたいのに、でも、彩音のことも好きで」

「………」

「ごめん……っ、ごめんっ………」

「恭介、謝らないで?」


 言葉にならない言葉で謝罪する恭介と、そんな彼の顔を心配そうにのぞき込む彩音。そんな二人の姿を見て、自分はどうしようもなく、不愉快だった。

 自分と恭介は間違いなく親子なのだということを、まざまざと見せつけられたから。

 他人のために生きられない、たとえ誰かを愛し愛されていようとも自分のために生きたいと願う恭介は、間違いなく自分の親であり、もう一人の俺だった。


「なぁ、彩音……」

「なに?」

「———別れよう」

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