幻想世界 ①

「ねぇ、恭介きょうすけ

「ん?どした彩音あやね


 とある日の午後、二人の男女がカフェにいた。どちらもこれといって特徴のない姿をしている。強いて言えば男の方の髪型がパーマがかっているくらいか。見たことのない内装に見たことのない店名だったが、少なくともその二人がテーブルに置いていたティーカップの中身は珈琲で間違いないだろう。彼らが座っている席の周りにも同じような座席がいくつも並び、ポツンポツンと間隔をあけるように他に何人かの人々が腰を落ち着けていた。


「私達、付き合い始めてどのくらいになるんだっけ」


 彩音と呼ばれた女性が、とても興味があるように見えない顔でそう問う。どうやらこの二人は付き合いが長いらしい。

 それを受けて恭介と呼ばれた男性は、嬉々として回答した。


「今日で一年と十ヵ月十三日だな!」

「いやなんでそんな細かいとこまで記憶してるの」


 彩音という女性が僅かに口角をあげるが、自分的には正直気持ち悪さというか、うすら寒いものを感じた。

 

「好きな相手と付き合った記念日を覚えてるのは当然だろ?なんなら俺は親の誕生日は覚えてないけど、彩音と付き合った日付だけはバッチリと覚えてるよ。もちろん告白したときのシチュエーション込みで!」


 恭介という男はそう言って親指を立てる。

 なんというか、陽気ではあるのだが一緒にいて疲れるタイプの人種だと感じた。とても面倒くさそうな男だ。自分なら自己紹介された時点で「キミとは仲良くしないから」と言ってしまうだろう。

 

「あの時の彩音の驚いた顔とその後若干照れくさそうに俯きながらもゆっくり頷いてくれたその仕草が、俺は今も忘れられ———」

「はいはい。せめて親の誕生日は覚えようか」


 彩音が面倒くさそうに男の話を打ち切った。彼女とは気が合う気がする。


「んで、それがどうかしたの?」

「いや、まぁもうすぐ二年になるわけだし、二人でなんかしたいなぁと思って」

「あー、そういやそうだな。どっか旅行でも行く?なーんて」

「いいよ」

「え。聞き間違いかな、いまなんて?」

「旅行、行ってもいいよって言ったの」

「はぁ!?」


 恭介が一際大きな声をあげた。近くの席に座っていた客たちが振り向くレベルで。


「ちょ、そんなに驚くことないじゃん」

「いや、だって、どういう風の吹き回し?あのインドアな彩音が旅行したいとか」

「心境の変化ってやつかな。てか、そんなのどうでもいいじゃん。行くの?行かないの?」

「行く!感激だわ……」


 そう言って恭介がじんわりと瞳に涙を浮かべる。よく分からないがこの彩音という人と旅行に行けるのがそこまで嬉しいのか。

 彩音の方も困惑したのか、さすがに気まずそうに声をかけた。


「え、なんで泣いてるの恭介」

「いや、嬉しすぎて」

「もう」


 彩音は、どこか暖かみを感じる笑顔を浮かべていた。

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