第7話 2回の表、戦慄
2回の表、俺は小走りでマウンドに向かう。スパイクで土を蹴り上げる感覚がまだ新鮮だ。
「わり、球ちゃん、ダメやわあれ。かすりもせん」
「頼むわ荻原。一点取られたら負けるでこれは」
後ろから猛スピードで駆けてきたウチの2番と3番は、俺にそう声をかけながら、そのまま自らの守備位置目掛けて走り抜けていく。
「任せ」
短くそう言い切った俺は、帽子を深くかぶり直し、気合を入れた。
一回のウラ、俺から始まった白銀中学の攻撃は見事三者凡退で終わった。桜井と田辺が三振で切って取られるというのは、正直想定外だった。
俺たち白銀中学のチームスタイルはスモールベースボール、いわゆる「一点を守り切る堅守」を売りとしている部分があった。決勝までの戦績を振り返っても、先制点をもぎ取り、最後までその点を守り切るという試合展開が多かった。それゆえ、初回の攻撃で一点をもぎ取れなかったのは、正直言うと、かなり痛い。
野球はスポーツだ。1回から9回(中学野球は原則7回だが)までの展開は、理想と現実の乖離をどうやって埋めるか、そしてどうやってその展開から勝利へと進むかという点に全てが集約される。勝利と敗北が、明確な理によって示される。
勝者に理由はなくとも、敗者には必ず理由がある。
ウチの監督はいつもそういっていた。俺もそう思う。
つまり、今まさに俺たちは、敗北への理由を貰い、その道を歩まされようとしているわけである。
先取点を取られたら、負ける。
その考えがおそらくチーム全体によぎっている。
「しまっていくぞー」
キャッチャーの山城が締まりのない声を上げる。俺はロジンを2回右手で弾ませて、打者と対峙する。
――刹那。
――俺は、心の臓をつかまれたような感覚に陥った。
圧倒的な、威圧感。そして、俺を射殺すような眼光とオーラを感じた。
鳳院学園4番バッター北条が、バッターボックス内からゆったりとしたフォームで俺を見据えている。
見事な恰幅、明らかに中学生のそれとは思えないガタイの良さを目の当たりにする。
「は・・・やば、こいつ・・・まじか」
俺は思わず言葉を漏らす。セットポジションに入っていないから、ボークにはならないが、俺の心は明らかに動揺していた。
山城は何の気なしにミットを構えている。
外角低め、いつもと同じお決まりのコース。何度も打者を打ち取ってきたそのコースが、今は。
俺は、確実に焦っていた。
多分、それが良くなかったのだろう。
揺れる心で投げた外角低めの直球。確かに力を籠めて、渾身の一球を放ったはずだった。
ガキイィィィィィィィィン
「――――は」
聞いたこともない音が、北条の一振りと共に鳴り響く。
目にもとまらぬ速さで白球はレフトスタンドへ一直線に飛んでいった。
左本塁打。
0-1
均衡は早々に破られる。
選手名録
『北条亮太 適正:オールラウンド
打:SS パワー: SS 走: A 守:A 肩:S 精神:S 特性:なし 左打左投
ログ:中学一年生から不動の四番。この年齢でプロのスカウトから一目置かれているほどの実力者。父親は体操の元メダリスト、母親はソフトボール日本代表。兄は現役プロ野球選手。アスリート一家の中で、そん色ない才能を秘めている青年。無口。』
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