第6話 荻原球太 8月4週 プレイボール
1回表、俺の守備。
先頭バッターはいかに足の速そうな、小柄な左バッターだった。バットを短く持って、バスター打法(バントするように見せかける構え)で俺をにらみつける。
俺はいつものように振りかぶる。ゆっくりと息を吸い込みながら、右足に体重を乗せ、そこから滑らかに左足で踏み込んで、右腕を振るう。そして、リリースの瞬間ありったけの力をボールに注ぎこむ。
それが俺の投球スタイルだ。
細かい技術なんて知らない。ただボールを放るだけ。
それだけのために、最適化された動き。
打席に誰が立っているかなんて、俺にとっては些事なこと。
外角一杯のストレート。ストライク1つ。
外に逃げるスライダー。ストライク2つ。
ド本命の内角ギリギリのストレート。ストライク3つ。
山城の構えるミットめがけて放る一球一球に、俺は魂を込める。
文句なしの三球三振だった。
――絶対打たせてやるもんか
俺はフンと鼻を鳴らしながら、首に伝う汗をぬぐった。
相手の鳳院学園は、全中連覇を狙う超が付くほどの強豪校だ。プロ入りに最も近いと言われるほどの実力で、その選手層の厚さや安定っぷりは世間的にも有名だった。
だが、そんなこと、知ったこっちゃない。
俺は、俺の野球をやるだけだ。
全身全霊の自慢のストレートでブチ抜くだけだ。
そんなことを考えながら、俺は三者連続三振で初回のスタートダッシュを決めたのだった。
***
その裏、一番バッターの俺は打席の前で軽く素振りをしながら、敵チームのボール回しを眺めていた。
統率の取れた無駄のない動き、ただうるさいだけではない強豪校の放つ掛け声。
グーっと心が湧き上がってくるのを感じた。俺は、今、こんなに興奮しているのだと実感している。いつのまにかバットを握る両手はじんわりと汗ばんでいた。
俺は、バッティンググローブは付けない派だった。
「プレイッ!」
俺がバッターボックスに入るや否や、主審の声が球場全体を引き締める。
俺たち白銀中学の攻撃が始まった。
鳳院学園の投手は左投だった。いわゆるサウスポーというやつである。
初球。体を大きく使ったサイドスロー(横投げ)が俺の内角一杯に決まる。
ストライク1つ。凄まじくいい球だった。球が速いわけではない、球威がものすごい訳でもない。ましてや変化球でもない。純粋な直球だった。
要は、そのボールの魅せ方が凄まじく良かったということである。
俺と同じくらいの高身長の体を思う存分使って、ボールの出所をしっかりと覆いつくす、その上で、長い腕のしなりを活かしながら最遅のリリースでボールを放る。
俺と相手を結ぶ18.44メートルの世界が、リリースポイントによって更に縮小された世界になる。ボールの出所が見えづらく、尚且つ球持ちがいいお陰で、体感の球速は俺の直球にも勝らずとも劣らないものがあった。
ドッドッっと鼓動が速くなっていくのを感じる。
ああ、そうだ。これだ。
野球は投げて、――打つもんだ!
相手投手が二球目のために振りかぶる。
再び大きな体をひねりながら、差し込むようなボールを放ってくる。
ストレートだった。
カキィィィン
金属の快音が響き渡る。勢いよく振ったバットから伝わる感触が、俺の素手にじんわりと伝わった。
「アウト!」
主審が俺のすぐ後ろでコールする。俺が一塁へ走り出す間もなく、勢いよく飛んだ打球は、相手投手目掛けて、そしてそのグラブに収まっていた。
目にもとまらぬ速さのピッチャーライナーだった。
「おいおい、まじかよ・・・」
およそ人間の反射神経で捕れる速さではなかったはずだった。打った俺ですら打球の行く先を一瞬見失っていた。
それを、この投手は何の変哲もない顔で、当たり前のように取りやがったのだ。
スラっとした体躯に、冷ややかな眼差しの男。凍てついているといっても過言ではない。
――いい顔だ。やってやろうじゃねえか
俺は唖然としながらもベンチに戻り、バットを再度ギュッと握りしめた。まだ両手に残るジンジンとした感覚。速さはないが、ズシリと重みのある球だった。
バックスクリーンに浮かぶ相手投手の名前を見やる。
「椎名」という相手投手の名前が、背番号「1」を示していた。
エースがつける、名誉の背番号。それが背番号「1」
「よしゃーいけーー!!」
「しっかり見てけー! 雅人ー!」
俺たち白銀中学のベンチからも、啖呵を切ったように、威勢の良い声が響き渡る。
1回の表裏。この試合の立ち上がりから、俺はこの興奮冷めやらぬ激闘の世界へ誘われていたに違いなかった。
選手名録
鳳院学園先発
『椎名瑞基 投手適正:SSS
スタミナ:S 制球力:SS 変化球 A(スライダー・シュート) 直球:B
特性:クロスライン、鈍重球威、威圧
ログ
・中学一年から鳳院学園のスタメンとして試合に出場。2年夏から投手に転向して以来、圧倒的なコントロールとノビのある直球で不動のエースを勝ち取る。
身長170センチの中学生にしては巨体ともいえる体だが、柔軟性が高く、球威と請求で打者を黙らせる本格派左腕』
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