第2話 中波秀斗 中学3年 12月
地面にはうっすらと雪が積もっていた。
吐く息も白く、周辺の人々が皆分厚い防寒具を着ているのが目に入る。
随分あったかそうだな、と他人事のように思った。ウィンドブレーカーを上下に羽織っているだけの俺は、彼らに比べると薄着だ。それでも、寒くはなかった。――走っているからだ。
軽快な足取りと、一定の呼吸リズムで、俺は雪路を走り抜ける。目的地は家から5㎞ほど離れた河川敷だった。もう少し近場に練習場があってくれればいいのだが、ランニング練習だと思えば、まあそこまで悪いものでもなかった。
大きな十字路の交差点の赤信号が目に入る。俺は足の動きはそのままに、横断路の前で立ち止まった。俺の家近辺は、人通りがそう多くはない。こんな寒い12月の朝っぱらから出歩いているのは休日通勤する会社員と、ペットの散歩をするおじいちゃんおばあちゃんたちくらいのものだった。中学生などいるわけもない。
俺はウィンドブレーカーの襟にすっぽり顎下まで埋めていた。
中学3年の夏、地方予選決勝9回裏一打逆転のチャンスのあの瞬間。
俺が三振したことで、俺たち羽佐間中学野球部の夏は終わったのだ。22年ぶりの全国大会出場を目の前にして、応援に来ていた同中の生徒たちの眼前で、その希望は打ち砕かれたのだった。4番キャプテンの無様な三振によって。
ギュッと締まる心を寒さのせいにして、俺は再び走り出した。信号は俺の走り出しを見ていたかのように、青に変わる。
「あの場面、中波が打てなかったなら、チームの皆も思い残すことはないだろう」
試合後のミーティングで監督が発した第一声が蘇る。球場から少し離れた練習場の芝生で、俺たちのチームは小さな円を組んでいた。
すすり泣くチームメイトたちの声が聞こえる。俺は俯いていた。
「お前らはよく頑張った。俺に大きな夢を見せてくれた。これで今年の夏は終わりだが、まだまだこれから先の人生は続いていく。だから、胸を張って、この三年間を誇っていいんだ」
今まで鬼のように厳しかった監督が、力強くそれでいて優しい声をかける。その言葉にチームメイトたちの嗚咽が一層強まるのを感じた。
俺は、泣けなかった。己の未熟さに、甘さに、愚かさに、悲しみを超えて呆れていた。
チームの4番として、キャプテンとして、情けなかった。
あの日、俺の中で何かが大きく砕けてしまった気がした。
高校受験を控えた中学三年生。野球はもうやめようと思った、高校では物静かな部活に入って適当な日々を送ろう、そう思った。
でも、そうはいかなかった。そうするわけには、いかなかった。
雪を踏みしめる音が自然と強くなるのを感じた。
この悔しさだけは、晴らさなければならない。
ギュッと握りこぶしを固く作って、背負っていたバットとグラブを持ち直した。
雪が降りしきる歩道で、俺は熱烈に滾っていた。
選手名録
『中波秀斗 適正:?
打:A パワー:C 走:D-- 守:D- 肩:B-- 精神:F-
特性:精神的弱者、燃える心
ログ
・3か月のブランク・・・各能力の基礎ポイントダウン
・燃える心を取得・・・練習による能力向上効率上昇、体力消費量ダウン』
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