年末の思い出

蕪 リタ

懐かしい味

 南の夜空にオリオン座が輝きだす頃、急いで自転車に跨る。



「・・・・・・ぅうわっ、さっむ!!」



 息がすっかり白くなるほど冷え切った冬の日、堤防で自転車を走らせる。あ、耳あて忘れた・・・・・・風が沁みる!痛い!都会だろうと田舎だろうと、水辺の風は冷たいものだ。


 手で耳を覆う事もできず、寒さに耐えながら必死に自転車を目的地まで漕いだ。



***


「先生!良いお年をー」

「お餅食べ過ぎないでね、先生!良いお年を!」

「ハイハイ。車に気をつけて帰るんだよ!良いお年を!」



 生徒たちに大好きな餅の食べ過ぎを注意されつつも見送り、表のシャッターを半分下す。今年の年の瀬も何ら変わらず、受験生たちは熱心に受験勉強。それを見守るのが、俺の仕事。今日も今日とて、受験勉強。心の底から「お疲れさん、三ヶ日くらいしっかり休めよ」と思う。経験者的には、休息した方が頭に入るから休めよと大々的に言いたいが、本人たちがやる気なのでそのやる気まで削ぐのは惜しいと思い、心の中だけで伝えておく。


 ピコン、ピコン、ピコン、ピコン・・・・・・。


 ヒーローの活躍が今にも三分終わりそうな、そんな音が外の喧騒の中で小さく響く。ポケットにあるスマホを取り出すと、案の定姉夫婦からのメッセージだった。



『休みが合わないから帰らないわー。侑士は明日帰る?』

『侑士くん。こっちは年始明けの三連休で帰るけど、帰るか決まったかい?』



 嫁さんもいなければ、彼女とも別れたばかりでクリぼっちを過ごした俺にとっては、有難いことに姉弟間は仲が良いため、寂しくない。七つ離れている義兄にも可愛がられているので、いつもスケジュールを確認して飲みに連れて行ってくれる。


 今回のは、帰省の話だった。明日は大晦日。姉夫婦が帰らなければ、両親と少し寂しい年始を待つことになる。


 まあ、物理的に遠い場所に住んでる姉夫婦の帰省は、荷物を詰めたり、飛行機に乗ったりで移動に一日もかかれば仕方がないことだが。



(とりあえず、帰るよっと。ああ、今年ももう終わりか。年越しか・・・・・・)



 姉たちに返事を返しながら帰り支度をし、戸締まりをする。そういえば両親も歳だから、年越し蕎麦を準備するのも億劫だろうな。そう思いながら、自転車に跨る。遮るものがない堤防は冬風の通り道らしく、やはり一段と寒かった。


 家に入る前、ふとアパート隣のコンビニの光が目に入った。あ、蕎麦。


 少し考えて、開けかけた鍵を閉め直し、コンビニに足を向けた。



 雪のちらつく翌朝。エコバックから出さずにいた、昨夜買った蕎麦を自転車カゴに入れ、今日は完全防備で自転車を走らせる。実家までは電車で三駅だが、昨日の餅騒動が頭にチラつき、自転車を一時間漕ぐことにした。おかげで、着く頃には軽くジョギングした後のように汗ばんだ。



「ただいまー」

「あらあら、寒かったでしょう?手洗って炬燵で暖まりなさいな。あら、汗かいてるじゃない!しっかりタオルで拭きなさいよ」

「おう、帰ってきたか!帰らんかと思ったわ!お帰り侑士」

「あ、母さんこれ。年越し蕎麦にどう?」

「あ!ちょうどね、父さんと買いに行こうと思っていたのよ〜」



 弥生たち、帰ってこないでしょう?と姉夫婦の帰省を残念がりながら、ありがとうとエコバックから緑のたぬきを三つ取り出す母。しっかりとタオルを握らされた。


 父に至ってはもう食っちまおうかと、早速湯を沸かし始めた。姉たちが帰ってこないためすることもなく、大人しく汗を拭ってから手を洗い、炬燵で待つことにした。たまには昼前からのんびり年末番組でも観て、童心に帰ったように親とカップ麺を啜るのもいいかもしれない。



(ちょっとは餅、減らそうかな?いや、運動が先か)



 自分の横腹を軽くつねり、ベルトに乗りかかる腹と相談する。アラサー独り身だと気にする相手もいないが、結婚願望はあるためか若い教え子たちの言葉には、グサッとくるものがある。


 こういう仕事をしていると、少しでも腹持ちがいいものを選びがち。気にする相手もいないおかげで栄養偏りが酷く、教え子たちに注意され・・・・・・のループ。うーん、どうしようか。


 一人で渋い顔をしながら腹と相談しているところに、食欲をそそる出汁の甘い香りが漂ってきた。


 目の前に犯人を降ろす父に「あと一分待てよ」と釘を刺されつも、軽く蓋をめくって天ぷらを入れる。俺的には少ししっとりした天ぷらが好きだが、両親はサクサク感を味わってから出汁に浸った天ぷらが食べたいため、我が家では器とは別に箸と共に置かれる。なんだか懐かしいやりとりだ。前にもこんなことがあったような・・・・・・。



「そういえば、前にもあったわね。三人だけで年越しに緑のたぬき食べたこと」



 母さんも同じことを考えていたのか、温かいお茶を乗せたお盆片手に話しながら居間に来た。



「あれは〜、確か侑士の受験の時じゃなかったっけか?弥生は研修で帰ってこれねえって、帰ってこんかった年」

「そうそう!あの時は、侑士がなかなかキリがいいところまで勉強が終わんないって言って、年越しギリギリまでお蕎麦食べなかったのよねー」

「うっ。その節はご迷惑をおかけしました」



 深々と冗談半分の土下座をし、掘り起こしてほしくない黒歴史を流してもらおうとする。あの時必死に頑張って睡眠削って、受験日に盛大に寝こけて第一志望を落とすことになった。だから、我が生徒諸君にはしっかり休んでほしいんだが・・・・・・。



「まあ、いいじゃないの。あれがあったから、今の生き生きと仕事をする有志がいるんだからね」



 この話はもうお終いと言わんばかりに、さあ三分経ったわよ!と蓋を開け始める母。それに続く父と俺。久しぶりの親子水入らずの緑のたぬきは、少ししょっぱい懐かしい思い出の味がした。


 



 緑のたぬきに舌鼓を打ちつつ、年始からも受験生たちと共に夢に向かって頑張ろうと思うのであった。

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年末の思い出 蕪 リタ @kaburand0

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