一年前のある日

「ここが水魔の洞窟か」


 それは海岸沿いの切り立った断崖の下、ちょうど日陰になっている砂浜の一角にあった。静かに打ち寄せるさざ波を飲み込むように、暗い洞窟が大口を開けている。魔獣の住む密林、悪魔の徘徊する古代遺跡、かつて踏破してきたそれらの危険地帯に比べれば、なんてことない場所のように思えた。


「綺麗な場所ね」


 カルナが後ろで小さくつぶやいた。確かに砂浜は白くて綺麗だし、波も穏やかだ。だが海で遊んでいる人間は一人もいない。それはまさにこの洞窟が存在しているせいだろう。


「油断は禁物ですよ、カルナさん。美しい花にこそ恐ろしい毒が秘められているものです」


「……その例えは少し違うような気もしますけど」


「おや、そうですかな」


 ランデルはいつものようにはっはと笑う。花だの毒だのこの大男が言ったところでまるで説得力はない。どんな相手であっても正面からぶつかり、力でねじ伏せる。豪快なんだか鈍感なんだかよくわからん奴だ。


「まあさっさと宝とやらを見つけて、酒場で美味い魚でもいただくとするか」


「ほんとそればっかり。お酒と食べ物のことしか頭にないの?」


「あ? 大事な事だろうが」


「そういうことではないのだよ、ルッツ君。はて、恋する乙女を薔薇の花に例えたのは、なんという詩人だったか……」


「ほ、ほら。いつまでもしゃべってないで早いところ入っちゃいましょ」


「なんだ、珍しくやる気だな。言っとくけど取り分はちゃんと三等分だぞ」


「はぁ……わかってるわよ」


 三人の冒険者は洞窟の闇の中へと消えていった。

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