第3話 森の魔女、シィエンルーア

「森の魔女、シィエンルーアです」

 すごく綺麗な淑女の礼をもって、森の魔女シィエンルーアは俺を迎えた。

 魔女と言われなければ、すごく顔が整った貴族のお嬢様にしか見えない。

 ふわりとした夕焼け色の長い髪、若草色の瞳は長いまつ毛に縁取られ、マネキンのごとく均整の取れた身体は、爪の先まで動きが美しい。

「クレーデルに連れてこられました、レンです」

 クレーデルから言われていたとおり、自己紹介をした。

「……そう。大変でしたね。中へどうぞ。しばらくここで過ごすとよいでしょう」

 言外に何かを察せられた気がしながら、俺はシィエンルーアに礼を言った。

 シィエンルーアのあとに続いて、開いた扉から屋敷の中へと足を踏み入れていく。扉をくぐると、中は重厚な色の絨毯が敷かれた落ち着いた雰囲気の建物だった。

 置かれている調度類は、品が良く揃えられており、目にうるさくない。

 調和の取れた空間というのは、こういうことをいうのだろう。

「こちらへどうぞ」

 通されたのは暖炉のある応接間で、中には何人かの人が壁際に立っている。興味深そうにこちらをじっと見ているからか、俺は緊張して動きがおかしくなる。

 勧められた椅子になんとか座って、姿勢を正した。

 執事らしき人が音をほとんど立てることなく、お茶をいれてくれるのをじっと見つめる。

 執事がふわりとほほ笑んで、目の前のテーブルにお茶がそっと置かれた。

「クレーデルに連れてこられたということは、こちらのことを知る必要がありますね」

 シィエンルーアは、慣れた様子でそう切り出す。

「シィエンルーア様は、いつもクレーデルにこのようなお役目を任されておられるのですか?」

 毎回こんなことを押し付けられているのであれば、嫌気がさしたりしないのだろうか、などという考えが顔に出ていたのか、シィエンルーアは小さく笑いながら答える。

「あの方はご自分の都合で人を連れていらっしゃいますから、幾度かご案内したことはございますよ」

 この場にいない神を思ってか、シィエンルーアは困ったように笑う。

「それで、あの方からあなたはどんなお役目を授かったのでしょう?」

 シィエンルーアは世界について説明するにあたり、役目を把握しておきたいらしい。

「俺は調停者だと、そう言われました」

 契約を調停する者、やはり何をしたらいいのかは俺にはさっぱりわからない。

 そのうち、自分の役割を理解する日は来るのだろうか。

「……調停者。なるほど、また難しいお役目を与えられましたね。あらゆる者の間に立つ者。あなたならば、よき調停者となるでしょう」

 シィエンルーアは頷き、中空へと手を差し出した。その手には、一冊の本がどこからともなく現れて、持たれている。これが魔女の魔法ってやつか。

「これは、この世界の案内書――そう、あなたたちの言葉で言うところのガイドブック――のようなものです。これから話す内容、話し切れない内容は、この本を開けば書かれています。そして、知りたいことを思いながら開けば、そこに知りたいことが書かれています」

 シィエンルーアから手渡された本は、ずっしりと俺の手に重みを伝える。

 何もないところから本が出てきたことに驚きながら、ガイドブックがあることにも驚いた。

「口頭説明だけでは困るのではないかと思って、以前作ったのですよ」

「ありがとうございます。メモを取らないといけないなと思っていました」

 それから、シィエンルーアはこの世界について、話し始めた。


 この世界は、創世神の名をとってクレーデルと呼ばれていて、今いる大陸には、五つの大国といくつかの中小国家があります。

 五つの大国には、それぞれ神と契約した者がいて、国を統治しています。

 契約している五柱の神々は、大地の女神ネルトゥス、火の神アドヴェルブ、水の女神ユールサールカ、風の神シルヴァンセブ、大樹の神イグミンスール。

 私シィエンルーアは、大樹の神イグミンスールと契約し、森の民を治めています。

 大地の女神ネルトゥスは、中央のガルディア王国。火の神アドヴェルブは、北のノザリア王国。水の女神ユールサールカは、東の桃華帝国。風の神シルヴァンセブは、南のサウジェス王国。

 私がイグミンスールと契約する前、私の祖国、西のウェスタリア王国は、中央のガルディア王国から枝分かれした国で、契約する神を持たず、大樹林の侵食に悩まされていました。

 拡がり続ける森林と、耕作地を失い続ける日々に、我が領地は大樹林に飲み込まれ、私が魔法で森林を抑えていました。

 大樹林の侵食は、イグミンスールの暴走によるものでしたので、私と契約することで侵食は止まり、現在は私がこの森の王となったのです。

 私がウェスタリア王国ではなく、森の王となったのは、イグミンスールの希望によるところですので、そのお話はまたの機会にいたしましょう。

 それぞれの国は神々の加護により、さまざまな恩恵を与えられ、それゆえに産業に特色となって表れています。

 たとえば、ガルディア王国では大地の女神の恩恵により、作物が育ちやすく、農業が盛んで大陸の食糧庫と呼ばれるほどの収穫量を誇ります。

 また、ノザリア王国では、霊峰ドラゴイグニカの立ち入りできる範囲に坑道があり、鉱山としてたくさんの鉱物資源が取れる影響により、鍛冶の腕の良い者が集まっています。

 桃華帝国では水の加護により、良質な真珠が取れるので、装飾品などの細かい細工ができる職人が多く、宝石加工も盛んです。

 サウジェス王国は、風をうまく利用し、船を操る能力に長けているので、漁業と水運が発達し、商業国家として栄えています。

 我々森の民は、大樹の恵みにより、木材の輸出や木材の加工品の販売も行っているのですよ。

 このように、神々の力を借りながら、この大陸では発展を続けてきました。しかしながら、加護を持たぬ国にとっては面白くないのでしょう。基本的には、近くの国が契約している神に力を借り、うまく運営している中小国家が多いのですけれど、たびたび、神の加護を簒奪せんとする勢力が現れては、神々と契約を結ぶことができずに、貧しい暮らしを余儀なくされることもあるのです。


「それよりも、レン。あなたまずは魔力制御を覚えないといけないですね」

 神々と国の話から、いきなり魔力制御の話題へ転換された。

「そんなに制御できていませんか?」

 俺にはそんな自覚はまったくない。

「膨大な魔力が溢れ出てしまっています。そのせいでこの屋敷の者もほとんどが近づけずにいるのですよ」

「そんなに!?」

「ええ。それではまったく魔法を使うことはできません」

「『コンパス』の魔法を使えるけど?」

 俺がそう言うと、シィエンルーアに納得した顔をされた。

「それは、魔法ではなくスキルですね。魔法とは、魔力を使用し、術式で定義した事象を具現化するものです。対して、スキルとは、魔力を使用するところは魔法と同様ですが、自己の経験を具現化するもの。つまり、まったく異なるものです」

 魔法とスキルでは、アプローチの仕方が違うというわけだ。

「魔力制御ってどうやってやればいいですか?」

 まったく魔力などない世界から来たのだ。俺には感覚すらもよくわかっていない。

「完全にできるようになるまでは時間がかかるかもしれませんが、応急処置として概要を説明いたしましょう」


 一つ、魔力を感じろ。

 一つ、世界の力の流れを感じろ。

 一つ、自分とそれ以外の魔力を区別しろ。

 一つ、自分の魔力を自分の内に納めろ。


 シィエンルーアの説明をまとめると、ざっとこんな感じだ。魔法初心者の俺にはそんなすぐに全部を自分の中に納めることはできるはずもなく、少し漏れてしまっている……程度で許してもらったのだった。

 



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