第2話 まずは人里を目指す
俺こと佐々木蓮十郎は、異世界クレーデルで家名も何もない、ただのレンになった。クレーデルいわく、異世界から来た人というのは、この世界では富をもたらすものらしく、余計な苦労を背負うことになるのだとか。俺もそのような余計な苦労など背負いたくはないため、あっさりとレンと名乗ることにした。
クレーデルから旅に必要な物資などを受け取り、ひとまず人里を目指すことにする。あっさり受け入れすぎだと思われるかもしれないが、細かいことは考えずに流れに身を任せた方が案外ラクだと考えていた。
それに、小説や漫画で異世界召喚物を読んで、冒険に憧れない男子なんているのだろうか。ここではないどこかへ……一度はそう考えたことのある人はきっといるはずだ。
まったく見知らぬ土地で、力を与えられて、自由にできる。危険もあるのかもしれないけれど、俺はとてもワクワクしていた。
「ここから東に向かうと、森の魔女の家があるから、立ち寄ってみるといいと思うよ」
これからの冒険に心を躍らせながら、もらった地図を見て、どこに行こうかと思案する。そんな俺に、クレーデルはそう提案した。
クレーデルからもらった能力のうちの一つである自動翻訳のおかげで、もらった地図も問題なく読める。東西南北が同じで良かったと思っていたら、それも翻訳のうちらしい。
「自動翻訳って便利だな」
俺が思わずぽつりとつぶやいた言葉を拾って、クレーデルが得意げに胸をそらせる。
「……でもさ、魔女って怖いイメージしかないんだけど」
シワシワの婆さんがでっかい鍋をかき混ぜているイメージは、地球では共通の認識だろう。魔女といえば、悪い魔法をかけられるか、食べられるのだ。
しかし、日本では魔女っ子とか美女だったりもする。森の魔女はどのような人なのだろうか。そもそも、人なんだろうか。そんな疑問に、クレーデルが答える。
「森の魔女は、別名大樹の女王とも呼ばれていて、大樹の神と契約を交わした子だよ。夕焼け色の髪がすごく綺麗な女の子で、知識に長けた子だから、いろいろ教えてもらうといい」
クレーデルの笑顔がある意味怖い。しかしながら、他にとくに行き先にあてがあるわけではないので、素直に森の魔女に会いに行くことにする。
この世界のことなどをクレーデルに聞けばいいのだろうが、まともな返事が返ってくる気がしないな、と今までのクレーデルの態度から推察した。
答えてくれるかはわからないし、魔女ってタダでは何もしてもらえないイメージがあるけれど、森の魔女にいろいろ聞いてみようと思った。
人里を目指すと言いながら、個人宅の訪問になってしまっているのは、気が付かなかったことにしよう、と心の中で呟きながら。
それから俺はクレーデルと別れて、まずは体を休めることにした。夜帰宅したあとランニング中に召喚されてしまったから、正直もう体は疲労を訴えている。それに、暗い森の中を歩くのは危険だろうと考えた。
魔女の家に向かうのは、朝になってからにしようと決め、野営の準備に取り掛かった。
野営マニュアルなるものが物資の中に入っていたので、それを見ながら、魔除けの香を焚いて近くに焚き火をする。食料も物資の中に入っていたので、それを食べることにした。
「プロテインバーみたいな感じ?意外とうまい」
俺が今いるのは夜の森で、周囲を警戒しなければいけないのだろうが、心身の疲労は抗えない眠気となって襲ってくる。
やばい、目を開けていられない。
ひとりで野外で寝落ちって本当にやばいって。
そんなことを思っていたのに、次に気がつけば朝だった。
「ぐっすり寝すぎだろ」
森の中で爆睡するなんて危険すぎるだろうと、俺は自分に呆れながら、出発の準備をする。
とはいえ、バックパックを背負うような、そんな荷物なんてない。所持品は全てお約束のストレージ(容量は無限)の中だ。
旅人の装備――布の服に皮の胸当て、布のボトムに皮のブーツ、極めつけに皮のフード付きマントだ――を身につけ、ベルトにナイフを提げて出来上がりだ。
そこから、東に向かって歩き始める。東西南北は、『コンパス』の魔法で把握できた。
初めて覚えた魔法が『コンパス』なんてすごく地味だと思う。でも、星が確認できない場所や天気でも、正確に向かう方向がわかるのはありがたかった。
ここは、木々の高さが高すぎて、空なんてほとんど見えない。空を頼りに方角を見極めるのは無理な環境だ。
そもそも、異世界だから星を見ても俺には方角はわからないし、自転公転の法則なんかが地球と同じとは限らない。
地図によると、現在地はロザリエント大樹林という大陸の西側のかなり広い範囲を覆っている広大な森だ。
地図は魔法の地図で、現在地と目的地までの推奨ルートが表示される。カーナビかよというツッコミを入れてしまったのは俺だけではあるまい。
ちなみに、魔物とか魔獣なんて呼ばれるようなものもこの森では出るらしい。
俺は現代日本人であるし、もちろん戦闘訓練なんて受けたこともなければ、武道の嗜みなんてものもあるわけではない。走るのが趣味というか日課の、ただのおじさん見習いだ。
果たして、無事に魔女の家まで辿り着けるのだろうか。
「しかし一人で森の中歩くのって体力より精神削られるな」
思わずひとりごとも出てしまうくらいには、何もないし何も出ない。
「そういえば、クレーデルからもらったスキルの中に『鑑定』ってのがあったな。試してみるか」
唐突にそう思い立ち、周りにあるものを『鑑定』してみることにした。
サルーナ草……ポーションの材料になる。
ただの石……ただの石。
ハパナの花……可憐な見た目に反して毒がある。
ヌヂの木……堅い木。建材としてよく使われる。
「なるほど。よくわからんけど、使えそうなものは採取しておこう」
お約束のストレージもあることだしな、と使えるものは便利に使っていく。このストレージ、『入れ』と思ったものを回収することができる優れもので、逆に出したい時は物を思い浮かべながら『出てこい』と思うだけでいい。
一覧を表示させたければ、ステータス画面から見ることができる。表示させてみると、タブレット端末が宙に浮いてるような状態になる。
俺は歩きながら、使えそうなものをガンガン入れていく。容量を気にしなくていいから、あまり吟味することなく採取できる。
植物や鉱物、生き物由来の素材など、いろいろなものを集めることができた。何の役に立つのかは今のところ俺にはわからないけれど。きっとそのうち役に立つ。
ところで、生き物の気配はするのに、襲ってくるどころか、近づいてくる気配もない。
昨日の魔除けの香がまだ効果あったりするのかな、などと思いながら、採取に励みながら歩いて行った。
そうして、採取と野宿を繰り返すこと五日程。俺はついに、魔女の家にたどり着いた。
結局、一度も魔物にも魔獣にも、野生動物にさえ出会えなかった。
それによって、孤独感は増し増しだ。
たどり着いた家を見上げて、俺は口を開けて呆然とした。
「これは家じゃなくて屋敷だろ」
地図が指し示した魔女の家。そこにあったのは、豪邸とかってものではなく屋敷だった。
魔女の家っていうから、小さな家でひとり暮らしでという想像をしていた。
しかし、これは確実にひとりで維持できる規模ではない。
執事やらメイドやらが何人もいるレベルだ。
運良く、門のところに出られてよかった、と俺はほっと胸を撫で下ろした。塀伝いに歩き続けることになっていれば、心が折れるところだ。
「あの、すみません」
門番と思しき、西洋甲冑の人に声をかける。顔が見えないせいか、生気を感じない。
門番は無言で俺の方を向いて、門を開けてくれた。
「入っていいんですか?」
開けてくれたとはいえ、入りました、斬りかかられましたでは洒落にならない。
門番はまたも無言で首肯し、中に入るよう手振りで促す。
もしかしたら、話せない事情などがあるのかもしれないと思いながら頭を下げた。
「お邪魔します」
そう言って、敷地に足を踏み入れる。
その瞬間、何か膜のようなものを通り抜けたような感触がした。
「なんだ、今の?」
こちらの世界に飛ばされたときと、感覚は似ているものの、少し違う気がする。
「あなたがクレーデルの言ってたお客さまですか?」
突然、声をかけられて跳び上がった。
いきなり声をかけるのが、こちらのスタンダードなんだろうか。こめかみを冷たい汗が流れる。
声の方に顔を向けると、夕焼け色の美しい髪の女性が、にっこりと笑顔をこちらに向けていた。
この人が魔女だ、咄嗟にそう判断する。
「森の魔女?」
失礼な問いかけをしてしまった気がするが、もう声に出してしまっている。
魔女は全く意に介した様子もなく、にっこり笑ったまま頷いた。
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