第4話 弟子入り

「シィ、怖いの小さくなった」

 部屋の扉を開いて、驚く程にきれいな女の子がこちらを見ている。

 青みを帯びた銀色の髪はサラサラで、ふさふさのまつ毛の奥に金色の瞳が見える。肌は透き通るような白さで、髪の間から尖った耳が少し見えている。十歳にも満たないくらいだろうか。俺の漏れ出た魔力で怖がらせてしまっていたようだ。

「あら、ユール。怖がっていると聞いていましたが、こちらに来てくださったのですね」

「うん。もう大丈夫。その人?怖いの」

 俺の方を指差して、首を傾げる様子がすごくかわいらしい。

「人を指差してはならんぞ、ユールヴィア」

 厳つい筋骨隆々の男が、しゃがみこんで幼女に言い聞かせている。燃えるような赤い髪は短く刈られていて、鋭い目は金色だ。耳が尖っているあたり、この人も亜人なのだろう。

「はぁい。オーヴェルグ、ごめんなさい」

「すまないな、お客人。我らはノザリアの民。我が名はオーヴェルグ・スヴェン・ヴァルザーニ。この子はユールヴィアという。よろしく頼む」

 オーヴェルグと名乗った男性は、ユールヴィアを軽々と抱き上げて、こちらに近づいてきた。

「オーヴェルグさん、ご丁寧にありがとうございます。俺はレン。クレーデルに連れてこられた人間です」

 俺が挨拶を返すと、じっと目を合わせて見つめられた。

 オーヴェルグの瞳孔は縦に割れていて、俺の顔を見て瞳孔がきゅうっと細くなった。

「オーヴェルグでよい。レン、そなた見た目通りの年齢ではないな?」

「クレーデルに容姿をこちら寄りにされたんだ。そのときに若返ったみたいで……。十代に見えるけど、実際は三十五歳だ」

 逆にオーヴェルグは話し方のせいでおじさんのように思えたが、年齢は意外と若いように見える。

「それにしても底の知れない魔力量だな。これでは制御は難しかろう」

「やはりそうですよね。レン、しばらくここで魔力制御と魔法の基礎を学んで行ってください」

 オーヴェルグが見つめていたのは、俺の魔力量を測っていたようだ。俺には、制御が難しいほどの魔力量がある。シィエンルーアが魔法について教えてくれるらしい。

「報酬は何をお渡しすればいいですか?」

 何の対価もなしに魔女が何かをすることはない。俺はシィエンルーアに報酬について尋ねた。

「……そうですね。私が呼んだら必ず来てくださる、というのはどうでしょうか」

「俺が来ることって何かの足しになりますか?」

 何か特別な力があるわけでもないし、魔女であるシィエンルーアの役に立てるとは到底思えない。

「あなたの調停者の力が必要になるかもしれないですから」

 魔女は先の先まで見通すものなのですと笑うシィエンルーア。シィエンルーアには本当に何か見えているのではないかと心臓がどきりと跳ねた。

「それでは、お世話になります」

 俺は素直に教えを乞うことにする。俺が差し出す対価は、さほど負担になることではないし、分からないままでいるのは良くない、ということぐらいは分かる。

「レンもシィの弟子になるのね!それなら私は姉弟子ね!」

 ユールヴィアはうれしそうにオーヴェルグの頭に抱きついている。ユールヴィアも、シィエンルーアに師事しているようだ。

 かわいい姉弟子ができたな、と笑っているとオーヴェルグに頭を撫でられた。オーヴェルグの方が俺より年下のようなのに、子ども扱いされて憮然とする。

「この子も魔力量が多すぎるのです。友人であるユールヴィアの母親に頼まれて、ここで魔力制御を教えているのですよ」

 シィエンルーアがユールヴィアがここにいる事情を説明してくれた。オーヴェルグは、ユールヴィアの母親の弟さんなのだとか。

「俺はこの子の付き添いだ。よかったら、体術と剣術の稽古もするか?」

 オーヴェルグの申し出にも頷いておく。この先、何があるか分からないから、できることを増やしておくに越したことはない。

「ああ。オーヴェルグさん、よろしくお願いします」

「オーヴェルグでよいと言うに。それなりに使えるよう鍛えよう」

「うん。オーヴェルグ、よろしく」

 こうして、俺はシィエンルーアの屋敷に滞在している間、午前中は座学、午後から魔法の実技と体術、剣術を行うことになった。


「そろそろ、夕食にいたしましょう。レンもお付き合いくださいませ」

 執事が何かをシィエンルーアに耳打ちし、シィエンルーアから夕食の誘いを受けた。

 お腹は空いているし、屋敷に滞在しておきながら夕食を断るというわけにもいかないので、こころよく了承する。

「今日は何かなぁ。お肉かなぁ」

 ユールヴィアは、ウキウキと足取り軽く、夕食の献立を予想しながら歩き始める。

「食堂へ移動をお願いいたします」

 執事に促され、居間から食堂へと場所を移すことになった。


 一行が食堂に着くと、長方形の長いテーブルが置いてあり、細かいレースの縁取りをしたテーブルクロスが敷かれている。

 照明はキラキラと光をこぼすシャンデリアで、ふわふわと光が舞っているのが見える。

「光の精霊だ。シィエンルーアは精霊に愛されている。この屋敷のほとんどが精霊と妖精によるものだ」

 オーヴェルグが光の正体を教えてくれたが、俺には精霊と妖精の違いがよくわからない。

 座学で種族やそれらの関わりなど、そのあたりの知識も得られるだろうか。

「お席へどうぞ、レン様」

 執事に言われるがまま、指定された席につくと、料理が運ばれてくる。

 野菜や豆の煮込み、肉と野菜を焼いたもの、平べったいパンのようなもの、いろいろな具の入ったスープ、それらが大きな器から、目の前のプレートやカップに取り分けられる。

 コース料理じゃなくてよかった、と思うべきか。これならばよほどのことがない限り、マナーで失敗することはなさそうだ。

「日々の糧を与えてくださる神に感謝を、この恵みをいただきます」

 こちらではお祈りをしてから食事をする文化らしい。俺も両手を合わせ、頭を下げた。

「いただきます」

 まずは、スープを口に含む。野菜の甘みと、肉の脂の甘み、いろいろな具が入っていることにより、複雑に味が絡み合い、疲れた体に染み渡る。

「……美味い」

 思わず、口から賞賛がこぼれ落ちた。

「ここの食事は美味いのだ。料理人が異世界人でな」

「異世界人、俺と同じ?」

 たしかに、俺にとって馴染みのある味だった。

「ジュン、あなたとレン、もしかして同じ国から来たの?」

 シィエンルーアが、壁際にいた男にそう尋ねた。

「その兄さんが日本から来たのなら、同郷だな」

「そうです!日本から来ました」

 料理人の男は、本名はわからないがジュンという名をこちらでは名乗っているらしい。

 いわゆる強面で、焦げ茶の髪に同じ色の瞳で、筋骨隆々の大男だ。オーヴェルグにも引けを取らない。

「俺は元々日本でも料理人でな。こっちの料理が残念だってんで、神さんに連れてこられたんだよ」

 クレーデルはよほど自由にしているようだ。

「他にも何人かいるって聞きました」

「有名なところで言うと、ガルディアの王妃様だな。あとは、発明家のおっさんと、歌姫か」

 同じ時代に俺と同郷の人が何人もいると知って、喜んでいいのか呆れたらいいのか、困ったように笑うしかなかった。

「ジュンさんはずっとここにいるんですか?」

「いや、来てすぐに大陸中旅をして、食材を把握したな。それから、好きなように料理ができて、仕入れにも困らねぇから、お嬢のとこで世話になってるんだ」

「そうやって居着いてしまう人もいるのですが、魔力がある程度ないと、この森には滞在できないので、人が溢れずに済んでいます」

 どうやらこの森は、魔力の素になる魔素が濃いらしく、魔力の少ない人が長時間いると、酷い魔素酔いを起こしてしまうようだ。

「ジュンのごはんおいしいから、私このお屋敷だいすきよ」

 ユールヴィアは、口にソースをくっつけて、にっこりと笑う。めちゃくちゃかわいい。

「まぁ、あれだ。食べたいものがありゃ、リクエストしてくれ。大体のもんは作れるからよ」

 そう言って、ジュンは厨房へと戻って行った。

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