第118話.知っていくこと
依依は意見を仰ぐように、深玉の後ろに立つ飛傑の顔を見た。
彼は軽く頷いてみせる。
「こうして巻き込んでしまったのだから、淑妃にも知ってもらうべきだろう」
確かに、隠し通すべきではないのかもしれない。深玉には知る権利があるのだ。
依依は自分が見たものについて、深玉にも話すことにした。
だが話し終わったところで、大きな後悔が首をもたげる。
(純花とは犬猿の仲の、円淑妃のことだもの……)
ここぞとばかりに灼家を口撃するか、強い反発心を抱くかもしれない。彼女がこんな目に遭わされたのが、灼家のせいとなれば当然ではあるが。
だが、想像するどれもと、深玉の実際の反応は違っていた。
「違うわ」
深玉は、依依の言葉をまず否定したのだ。
ぽかんとしているのが分かったのだろう。深玉が、自身の髪に触れながら言う。
「ち、違うとは、言いきれないかもしれないけど……でも、畏れ多くも皇帝陛下を狙うおぞましい陰謀があったとして、灼賢妃は加担していないと思うのよ」
飛傑は、そんな深玉の言葉に興味を持ったようだった。
「淑妃。そう思う根拠はあるのか」
国政において皇后に意見を求めるというのは、珍しいことではない。長い歴史を振り返れば、武器を手に取って戦う皇后もいたくらいだ。皇后になってから兵法を学んだわけではなく、将軍職にあった女性が皇后の座に就いた、という話なのだが。
しかし今まで、飛傑は自身の妃にそのように接することはほとんどなかった。四家の一角を担う重鎮の裏切りが疑われる状況で意見を求めるなど、以ての外だろう。
そのせいか見開かれた深玉の双眸には、大きな驚きが浮かんでいた。
少しの間、深玉は黙っていたが、やがて決意を固めたように話し出した。
「あの子、本当に気弱で臆病で……誰かに馬鹿にされても、相手を涙目で睨むくらいしかできませんの。そんな子が、皇帝陛下を狙うなんて恐ろしい計画について黙っていられるはずがありません。温泉宮への同行者を決める賭け事に敗れたときだって、本気で悔しがっていましたし」
それにそれに、と絞り出すように言い募る深玉を、飛傑と宇静は興味深そうに眺めている。
(円淑妃……)
依依も、きっと同じような顔をしていたことだろう。
意外なことに深玉は、ここにはいない純花を庇ってくれているのだ。根拠とするにはあまりに薄弱な理由ではあれど、その必死の思いが伝わってくる。
そういえば、深玉は純花を嫌っていると決めつける依依に対して、桂才は何かを言いかけていた。桂才だけは、彼女の隠された本音を察していたのかもしれない。
(宮城を出てから、たくさんのことを知った気がする)
ただ飛傑を守るついでのように深玉を扱っていたのなら、絶対に気づけなかったことだ。高飛車な妃が女官を助け、反目している妃を庇うような発言をする人だなんて。
――皇帝直属軍である清叉軍。
本来のその役目は、あくまで皇帝の御身を守ることにある。
優先順位でいうと、頂点に飛傑が君臨する。次点として皇太后や皇妹といった、彼に近しい立場の皇族が続く。
皇后ではなく、懐妊してもいない深玉の優先度は、実のところ高いものではない。彼女の地位が、どんなに高貴なものだったとしても。
深玉は最後に、まっすぐな目をして締め括った。
「ですから灼家が関与しているにしても、灼賢妃以外の人間を処していただきたいです」
……いや、言っている内容はなかなかに恐ろしいのだが。
「円淑妃。そこまではあなたが判断すべきことではない」
宇静に窘められ、深玉がさっと顔を青くする。
飛傑が言ったのは、純花が陰謀に加担していない根拠を述べよ、というところまでだ。たとい灼家に逆賊の疑いがあるとして、その処分にまで他家の人間が口出しするのは
「申し訳ございません。あたくし、差し出がましいことを」
「いや、良い。貴重な意見が聞けて良かった」
飛傑はそう微笑んだのだった。
その後は今日の動きについて話したところで、いざ出発である。
といっても方針は単純明快だ。下山しつつ、木の上から見えた温泉宮の方角へと向かっていく。
皇帝が温泉宮に向かうはずだということは、当然ながら黒布も予想しているだろう。だが、わざわざ目的地まで迂回していく必要はない。現在地を悟られていない以上、彼らには予想を絞ることができないからだ。
汁物七杯ではお腹いっぱいというわけではないが、依依の胃袋はほこほこと温かくなっている。今日は気力体力ともに充実している。松茸のおかげである。
霊山には霧がよく出た。黒布から身を隠すのに役立つが、視界が利かなくなるのはこちらも同じだ。方角を見失わないように、依依たちは注意深く進んでいった。
「ちょっといい? 楊依依」
おおよそ三里ほど進んだところで、依依たちは昼休憩を取っていた。
すると、深玉がこそこそと話しかけてきた。
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