第119話.再びの襲撃


「どうされたんですか。疲れました?」

「……足が、痛いのよ」

「すぐに見ましょう」


 深玉は首を横に振る。


「だめよ。皇帝陛下に知られたくないの」

「二人とも、どうかしたか」


 飛傑が声をかけてきたので、依依は慌てて答えた。


「淑妃と一緒に手洗いに行ってきます」

「分かった。だが、あまり離れないようにな」


 依依は深玉を連れて、少し離れた岩場へと移動する。

 汚れを払い、岩に腰かけた深玉が、顔を顰めながら履き物を脱ぐ。


「これは……」


 右足も左足も、つま先の血豆が潰れている。

 ここまで我慢して歩いてきたのだろう。深玉は変なところで強がる傾向があるようだ。というより男性陣(依依含む)がわりと平気な顔をしているので、言い出せなかったに違いない。


(私が気遣うべきだったわ)


 深玉は武人ではないし、身体を鍛えた経験だってないだろう。少しの距離を行くにも馬車に乗るようなお妃様なのだ。しかもその履き物は、きらきらと光る宝石を縫いつけた豪華なもので、長距離を歩くにはまったく適していないものである。


「気がついてあげられなくてごめんなさい。まず手当をしましょう」

「あなた、あたくしの足に触れるつもり?」


 深玉が頬を赤くした。貴婦人の足に夫でもない男が触れるなど、破廉恥なことだからだ。


「ご安心を。気になる人のひとりや二人いますから、円淑妃に懸想したりはしませんよ」

「……ああ、そんなことも言っていたわね。なら許すけれど、さっさとしてちょうだい。あんまり遅いと、陛下に変に思われちゃう」

「承知しました」


 手当される側だというのに、なぜか深玉は尊大な態度である。

 近くに流れている小川まで移動して、まず両足を洗ってきれいにしていく。


「痛いですか?」

「……だい、じょうぶ、よぉ」


 強がりだ、と顔を見れば分かる。喉奥から絞り出した声だけでも分かる。


「わ、分かってるわよ。最初は陛下に近づくとか協力しろだとか偉そうなこと言ってたくせに、って思ってるんでしょう?」

「いや、そんなことは」


 それはさすがに被害妄想が過ぎる。


「甘かったわよね、それどころじゃなかったわぁ。そもそもこんな汚れた格好じゃあ、陛下に近づく気にもなれないし」


 深玉が嘆息する。


「薄汚れていても、円淑妃はきれいですよ」

「汚れてなんていません、本日も麗しいですって言うところでしょう、そこは」


 すみません、と依依は素直に謝っておいた。


 依依は深玉の足裏を拭いてから、傷口に丁寧に塗り薬を塗っていった。深玉は声を上げるのを懸命に堪えている。

 最後は慣れた手つきで包帯を巻いていく。手当を終えたところで、依依は自身の足元を指さした。


「良かったら僕の沓を履いてください。少しは歩きやすいと思いますから」


 依依の足は深玉より大きいが、詰め物をすればなんとかなるはずだ。

 が、提案はあっさりと断られる。


「いやよ。くさそうだし」


(ひどい!)


 ものすごい暴言だが、否定できるかというと微妙だった。深玉に悪気がないのが余計に辛い。


「またその沓を履いたら、怪我が悪化するかもしれませんよ」

「もうすぐ温泉宮でしょう? なら平気よ」

「でも……」


 そっぽを向く深玉の説得に困っていたときである。

 依依は左後方に、何者かの気配を感じ取っていた。


(――殺気!)


「円淑妃、伏せて!」


 言いながら、きょとんとしている深玉に依依は覆い被さっていた。



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