第115話.依依お手製茶
てきぱきと石を積み上げ、竈を作っていく。
火種には靴の中の塵を使う。日に当たって乾いていた枝に火が燃え広がったところで、次に使うのは鍋である。
実は最初から依依の手持ちにあった――わけではなく、洞窟の出入り口付近に埋められていたのを掘り返したのだ。
(たぶん密猟者が置いていったのね)
洞窟を見つけて、ここで同じように焚き火をしたのか。あるいは荷物を置いて洞窟内を探索したのか。
最終的にその人物がどうなったかは分からないが、ひとつだけはっきり言えるのは、そのおかげで依依たちはお茶が飲めるし、料理もできるだろうということだ。
近くには川が流れている。洞窟の湧き水よりも腹を下す可能性が高まるので、これを煮沸するのに鍋は必須だ。土で汚れた鍋を洗うにも、川の水は役立った。
(やっぱり心理的に、洞窟があるのも大きいわ)
依依はわざと洞窟を背にして、準備を進めていた。
というのも少し前の依依たちにとって、洞窟は終わりのない牢獄だった。
が、今は違う。内部について大まかに把握できているので、黒布に遭遇したとして有効に使える逃げ道に生まれ変わったのだ。
そんなことを、どう分かりやすく深玉に説明したものだろうと考えながら、依依は準備を続ける。
飛傑と深玉はせっせと働く依依を見守っている。二人とも洞窟生活で髪が乱れているし、衣装が汚れている。もちろん、あくせく働いた依依はもっと汚れている。
ことこととお湯が沸いてきたところで、依依は煮立った鍋に茶葉を入れる。その音に安心してきたのか、深玉は少し眠そうだ。
煮立てすぎると茶が苦くなってしまう。湯の色が濃いめの黄赤色に染まったところで、依依は手巾を使って鍋を地面に下ろした。
少し冷めるのを待ってから、分厚い葉で折った笹舟にお茶を淹れる。皿代わりだ。
まずは飛傑、次に深玉へと手渡した。
「どうぞ。粗茶ですが」
粗食に続いての粗茶だが、洞窟内では水すら満足に飲めなかったのだ。
一口含んだ深玉が、ほぅ、と温かそうな吐息を漏らす。つり目がちの彼女の目元が和らいでいるのが見て取れた。
「……これ、すごくおいしいわぁ。なんの茶葉を使っているの?」
「雑草茶です」
深玉が口の中身を噴きかけた。
すんでの所で堪えたのは妃としての矜持だろう。ごほごほと咳き込みながら、涙目で依依を睨んでくる。
「しっ、信じられない……なんてものを飲ませるのよ!」
「おいしい雑草を集めてきたので、大丈夫ですよ」
「そういう問題じゃないわよぉっ!」
深玉は怒るくらいの元気を取り戻したようだ。怒鳴られながら依依は安堵した。
その横で、飛傑は気にせず飲み干している。このあたり彼は豪胆である。
「分かりました。次は薬草茶を淹れますね」
依依は清叉寮や灼夏宮の庭に種を持ち込み、薬草を育てている。その一部は乾燥させ、今回の旅に持参していた。
主に傷薬と胃薬の材料になる薬草だ。今のところ怪我人や腹を下した人は出ていないので、お茶に回すくらいの量はある。いざとなったら山中で確保もできるだろう。
そうして薬草茶を啜って待っていると、ひとりその場を離れていた宇静が戻ってきた。
布包みを背負っている。出発するときは彼の背は膨らんでいなかったが。
宇静は期待の目を一身に浴びながら、布包みを開いてみせた。
依依は目を見開く。
布の中身は――山盛りの茸と果実だったのだ!
「しっ、しかもこの二つ、霊芝じゃないですか!?」
依依は声を弾ませ、巨大な茸を指さした。
霊芝は仙薬とも呼ばれる、非常に珍しく高価な薬用茸である。切り株などに自生するが、枯れやすいため入手がかなり困難なのだ。
「赤じゃなくて黒霊芝ですし!」
様々な種類の霊芝があるが、黒は最も珍重だとされる。
「目敏いな。だがお前にはやらんぞ」
「そんなぁっ」
嘆く依依だったが宇静は聞く耳持たず、その場に膝をつく。
霊芝を捧げ持つ相手は無論、飛傑である。
「皇帝陛下に献上いたします」
香国では霊芝見つければ皇帝に捧げよ、と言われている。
先の皇帝には、霊芝を見つけてきた平民を近侍に仕立てた、という逸話も残っている。皇帝でなくても権力者に渡せば、金銀財宝に匹敵する恩恵が得られるのだ。
飛傑は頷き、宇静からの献上品を受け入れる。
そこで彼が視線を移したのは依依だった。
「依依。清叉将軍から捧げられた霊芝を、お前に預ける」
(えっ)
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