第112話.導きの夜明珠


「夜明珠?」

「真の暗闇の中でのみ、強く光を放つという……香国では、皇族しか所有できない貴石だ。希少な石だから公に取引されることはほとんどない」


 つまり今までは松明の炎があったので、依依を含む誰も夜明珠に気がつかなかったのだ。


 そこで全員が、依依の顔をまじまじと見やる。


「あなた、まさか……宝物殿から盗んだとか?」


 代表するように深玉に問われ、依依はぶんぶんと首を横に振った。


「違いますよ。一昨日、瑞姫様からいただいたんです」


 そんなとんでもない宝物だと気づいていたら、その場で返していただろう。

「なぁんだ」と安堵されるかと思いきや、ますます三人は厳しめな顔になっていた。夜明珠のおかげで表情がよく見える。


「……いや、本当ですからね。嘘じゃないですからね。温泉宮に着けば、瑞姫様も証言してくれますから!」


 依依は必死に言い募った。出口を目の前にして泥棒扱いされるなんて勘弁である。

 そこで飛傑が緩く首を振る。


「別に、そなたが嘘を吐いていると疑っているわけではない。……先ほど、皇族であれば夜明珠を所有できると言ったろう」

「は、はい」

「所有できるのは、ひとりにつき二つまで、ということになっている。そして譲渡できる相手は側室を除く伴侶に限られる」


 何やらおかしな発言があったような気がして、依依は首を捻る。


「……側室を除く伴侶」


(側室を除く、伴侶)


 口の中で唱え、心の中で繰り返してみるが、言葉の意味が変わることはない。

 道理で、仙翠が変な顔をしていたわけだ、と今さらながら依依は思った。


「まぁ、厳密に定められているというわけではない。ひっそりと決まりを破っている皇族もいるだろうしな」


 珍しく、飛傑は取り成すようなことを言う。

 依依は丁寧に頭を下げた。


「聞かなかったことにさせてください」


 その申し出を、誰も断ることはなかった。運命共同体としての憐憫によるものかもしれない。


 退路を塞がれている感じというか、袋の鼠というか……とにかく明らかになったのは、どうやら瑞姫が皇太后の企みについて承知しているということだ。

 だが本気で、依依と婚姻を結ぼうとしているわけではないだろう。彼女は依依が女だと知っている。


(それはとにかく)


 今大事なのは、瑞姫が夜明珠という珍しい石を依依に贈ってくれたことと、その夜明珠の光が、風が吹く中でも辺りを照らしてくれるということだ。


(ありがとう、瑞姫様!)


 心の中で手を合わせて拝む。

 衝撃的だったいろんなことは忘れ、依依は瑞姫に感謝していた。まさかこのような事態に陥ると想定していたわけではないだろうが、彼女のおかげで暗闇問題が解決したのだ。


「では夜明珠の光を頼りに、進みましょう。きっと、あともう少しですから」


 再び依依が先頭に立つ。

 依依は歩き出した。その腰が光り輝いているので、後続も迷わずについてくる。


(私はいつも、妹たちに助けられてばかりね)


 瑞姫を侵す毒を取り除くのに役立ったのは、純花がくれた簪だった。

 今回は、瑞姫からの贈り物が危機を救ってくれたのだ。


 だからもう、依依は迷わない。自信を持って、出口への一歩一歩を踏み出すことができる。


 くねる道を曲がれば、遠くにぼんやりと白い光が見える。依依は走りたくなるのをどうにか堪えた。先を争うように駆け出せば、誰かが怪我を負うかもしれない。

 平静さを失わずに、足を進める。全員が今や依依の腰ではなく、同じ光を見つめているのを感じながら、依依は丸い光の中に躊躇わずに飛び込んでいった。


(まぶしい!)


 咄嗟に、手で庇を作る。

 閉じた目蓋の裏が、かっと白く光っている。その刺激が少しずつ去っていけば、顔を照らすのは、明るい日の光だった。


 依依はゆっくりと目を開ける。

 目の前に広がるのは雄大な自然だった。緑や赤色をした木々が、延々と連なっている。

 頭上で枝葉が擦れる音。小鳥が鳴く声。それらすべてに、依依は湧き上がるような愛おしさを感じていた。


「で……っ出られたぁー!」


 近くに黒布がいるかも、という懸念はあったものの、依依と深玉は、ほとんど同時に快哉を叫んでいた。


 四人にとって、二日ぶりの地上であった。



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