第111話.闇の中で光るもの


 風の音を聞いた依依は、宇静と共に勢いよく引き返していた。


「皇帝陛下! 円淑妃! 風音がします!」


 興奮を抑えきれずに叫べば、休憩中だった二人も早足でやって来る。


「間違いないのか」

「はい、この耳で聞きました。引き続き僕が誘導しますので、ついてきてください」


 飛傑が手にしていた松明を依依に戻す。

 再び一行は歩き出す。足取りには活力が戻ってきていた。

 風の流れが生じているということは、近くに洞口がある。洞窟の出入り口が近づいている、ということである。


 依依は耳と鼻を動かし、風の通り道を探っていく。

 気が逸ることも、無駄な焦りもなかった。宇静と話したおかげだろう。依依の集中力はここに来て極限まで研ぎ澄まされていた。


 目を閉じていても、地形が把握できる。どこに壁があり、どこの地面が盛り上がっているのか、目蓋の裏に寸分狂わず展開されている。


(暗闇に慣れたおかげかしら)


 地上では、このような感覚に目覚めたことはない。そして殻を破ったような鋭敏な神経は、護衛中だとか空腹のまっただ中だとか迷いが晴れた直後だとか、様々な要因が重なったことによる、今だけの限定的なものだという自覚もあった。


 ちょっぴり残念に思ったりもするが、足は止まらなかった。一生を暗闇で過ごすなど、依依としてはまっぴらごめんだからだ。

 今だけの奇跡を使って脱出できるなら、それで万々歳である。


(それにしてもこの洞窟、本当に巨大ね)


 今の依依の超常的な感覚をもってしても、全貌が見えてこない。

 おそらく内部でいくつかの洞窟が繋がっていたのだろう。そのせいで天然の迷路になっているのだ。


 そんなことを考えながら角を曲がったところで、ひゅうう、と一際強い風が吹く。

 その直後、依依は声を上げた。


「将軍様、松明の炎が!」


 なんと出口の気配を前にして、頼りの炎が消し飛んでしまっていたのだ。

 いちいち風が吹くたびに炎をつけ直していては、前に進めなくなる。かといって暗闇を進むのは言語道断だ。


(私の感覚は、まだ持ちそうだけど)


 この中で、目をつぶって歩くなんて芸当ができるのは依依だけだ。とはいえ飛傑たちと手を繋ぐとか、縄をお互いの腰に結ぶとかは、いくらなんでもどうなんだろう……という気がする。


(緊急事態だから、許してくれるかしら)


 飛傑はともかく、深玉が許してくれる気がしないが。

 とりあえず依依は提案してみようとした。飛傑に説得されれば深玉も絆されるかもしれないし。


「……依依。腰が発光している」


 だがそこで、後方で立ち止まっていた宇静から思いがけない指摘を受けた。


「え? 私の腰が?」


(今まで一度も光ったことないのに)


 もしかしたら能力が開花したのに従って、腰まで光る仕様になったのだろうか。

 どきどきしながら視線を下げていくと、本当にぴかぴか光っていたので依依はびっくりした。


 見てみると、発光しているのは依依ではなく帯飾り……それも宮城を出発したその日、瑞姫が贈ってくれたきれいな石の部分だ。


 手に取ったそれを不思議そうに眺めていると、飛傑がふむと顎に手を当てる。この洞窟内でも密かに処理しているのか、彼も宇静も髭が伸びていない。衛生面としても正解である。


「それは――夜明珠だな」



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