番外編2.お姉様が足りない (書籍2巻発売記念SS)
「……お姉様が足りないわ!」
その日、灼夏宮にて純花は叫んでいた。
賢妃たる主人の叫びの意味がよく分からなかった林杏と明梅は、顔を見合わせる。
代表して問うのは林杏である。
「灼賢妃。足りない、というのはどういうことでしょう?」
「お姉様に会えなくて寂しい、ということよっ!」
くわっと叫ぶ純花。
というのも、生き別れの姉である依依と再会した純花ではあるが、武官である依依と、妃嬪である純花とでは顔を合わせる機会に限りがある。
依依は何度か純花の身代わりを務めているものの、その間、純花は武官寮で過ごしているのだ。
必然的に、二人にはあまり会話する時間もない。どうやらそれが純花には不服らしい。
卓子の上に突っ伏し、右に左にと身体を揺らす純花。
行儀の悪さに唖然とする林杏だが、よく懐いている姉に自由に会えない純花の身の上を思うと注意するのも憚られる。ここ最近元気がないのも、おそらくはそれが原因だろうから。
「……あ、そうだわ」
どうしたものかと思っていると、純花は名案を思いついたようにむくりと身体を起こした。
「林杏と明梅、お姉様の振りをしてわたくしの心を慰めてちょうだい」
「ええっ!?」
ひどい無茶振りである。
狼狽える林杏に、「そうよそうよ!」と調子づいた純花が続ける。
「それならわたくし、元気が出るかもしれないわ。ね、お願い!」
ごくり――と林杏は唾を呑み込む。
楊依依の破天荒ぶりについては、林杏もそれなりに知っているつもりだし、今までしょっちゅう巻き込まれてひどい目に遭ってきた。
だが彼女のように奔放に振る舞うなどと、演じるとしても簡単なことではない。
(だけど、灼賢妃が元気になれるなら……や、やるべきなの?)
林杏は咳払いをしてから小さく口を開いた。
「しゃ、灼賢妃。えっと……」
「純花、よ!」
「ちゅ……純花、様」
「だから純花!」
純花が唇を尖らせるが、林杏としては堪ったものではない。
「む、むりです。灼賢妃を呼び捨てするなんてっ」
むりむり、と激しく首を横に振りたくる林杏。輪っかのように耳の横に垂れる髪の毛が、動きに合わせてふるふると揺れる。
それを聞いた純花はむっと頬を膨らませている。
「何よ、もう。やってくれると思ったのに……」
昼からふて寝しそうな純花。
そこで動き出したのが、もうひとりの女官――明梅である。
「…………」
言葉を持たぬ彼女は純花の傍に歩み寄るなり、どっかりと胡座をかいて座り込む。
かと思えば卓子の上に置いてあった皿を引き寄せ、盛ってあった一切れの林檎を素手で口の中に放り込んだのだ!
「み、明梅っ。なんてお行儀の悪い……」
普段の明梅からは考えられぬ粗暴な仕草に、林杏は仰天して目をむく。
だが純花はといえば頬を紅潮させて、幼子のような笑い声を上げた。
「それ! それよ明梅! とってもお姉様ぽいわ!」
「…………」
しゃくしゃくしゃく、と林檎を噛み砕きながら、明梅が「うむ」というように鷹揚に頷く。
(え? こんな感じでいいの?)
林杏は困惑したが、純花がはしゃいでいるので何も言えない。
明梅は手でぼりぼりと腹をかき、ふわぁと大口を開けて欠伸をしてみせたりと、ますます純花を楽しませている。もはや純花は、目に涙をにじませてけらけらと笑っている。
「う、うふふ。おっかしい、明梅ったら。それじゃお姉様じゃなくてお猿さんじゃないの」
「……」
「ほら、口を開けて。林檎をあげる。んもう、そんなにがっつかなくてもまだまだあるわよ!」
(ま、まぁ。元気が出たならいいのかしら……)
林杏は小首を傾げつつ、追加の林檎を運んでくることにする。
以前と異なり、すっかり愉快な灼夏宮であった。
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本日、第2巻が発売です!
そして嬉しいお知らせです。本作のコミカライズが決定いたしました……!
小説も漫画も、応援よろしくお願いいたします。
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