第59話.呪われた姫
「明梅、ちょっと手伝ってー。このあたり、やたら雑草が多いのー」
同僚を呼ぶ林杏の声が、灼夏宮の庭に響き渡っている。
私室からひょっこりと顔を出した依依は、
「もう、ほんとしぶとい。一気に鍬で掘り返してやろうかな」
「違うわ林杏。それ、雑草じゃなくて薬草なの」
「……はい?」
ぽかんとする林杏の後ろで、駆けつけてきた明梅もまた唖然としている。
傍らにしゃがみ込んだ依依は彼女らに構わず、出てきた芽の様子を確かめた。
「おお、順調順調」
清叉寮の裏庭にもいくつか故郷から持ってきた種をばらまいたが、こちらのほうが育ちが良い。
おそらく土壌が良いからだろう。高い肥料を使って、灼家の象徴花である扶桑花を育てている土だ。
「というわけで抜いちゃ駄目よ。育ったら二人に薬草茶も振る舞うからね」
「灼夏宮の庭で、よく分からない植物を育てないでもらえます!?」
きんきんきん、と脳を揺さぶるような声音で叫ばれても依依は怯まない。
「もう少し育ってきたら、瑞姫様にもお茶をあげたいんだけどね」
仙翠が許可をくれるか分からないが、茶会の際に依依が飲んでみせれば毒見にもなる。
「……あまり関わり合いにならないほうがいいのでは?」
林杏は不満そうだ。深入りしないほうがいいと思っているのだろう。
実際に飛傑に頼まれたのも、妹に会って話し相手になってほしいということだけだ。
しかし依依はすでに決めていた。
「林杏、明梅。私、瑞姫様をお助けしたいわ」
おねだりされたといえども、彼女に姉と呼ぶことを許したのは依依自身。
姉たちは全員後宮を出て行ったという瑞姫は、大きな孤独を抱えている。
それに幼い少女が原因不明の病に侵され、呪われているとまで噂が流されているのに、見て見ぬ振りはできない。
(姉は、困っている妹を放っておいたりしないもの)
懐に入れた以上は、瑞姫を取り巻く問題を解決したい。
しばらく黙っていた林杏だが、諦めたように大きく息を吐いた。
「……まぁ、いずれそう言い出すかなとは思ってました」
言葉を持たぬ明梅も、こくこくと頷いている。
どうやら二人には依依の考えることは最初からお見通しだったらしい。なんとも頼もしい女官たちだ。
「知っていること、教えて」
「ええと。まず二年くらい前に皇妹殿下がお倒れになって、皇后様と太子殿下……今は皇太后様と皇帝陛下ですが、お二方は優秀な侍医や医官を何人も後宮に呼びました。でも皇妹殿下の病はどうしても特定できなかったそうです」
「具体的な症状は分かる?」
出会ったその日に本人に訊くべきではないだろうと、先日は質問できなかった。
咳き込み、青白い顔をしていたのと、食が進まないのか痩せ細っていたのが印象的だったが。
「そこまでは分かりません。情報があまり漏れてこないので。ただ、前帝の妃嬪たちは病であるなら後宮から出すべきだと何度か訴えていたそうです。すべて皇太后様によって退けられたのですが」
世話をする仙翠たちは特になんの装備もしていなかったが、体調に異常を来している様子はなかった。
そこから分かるのは、人から人に感染する伝染病の類ではないだろうということ。
(だから、呪われているという説が濃厚になったと)
答えが分からないから、呪い。そう大雑把に結論が出されるのはなんともおそろしい話だ。
だが致し方ないとも言える。純花のときと同様だ。後宮内に限った話ではなく、人々による自衛の策なのだろう。
(理解できないものは、呪いとして遠ざける)
そうすることで自身や周囲の平穏を得ることができるのだから。
「病が特定できないなら、毒とは考えられなかったのかしら?」
紅桃も、純花の食事に毒を入れたのだ。
後宮で最も使われる暗殺の手段といえば、毒が考えられるが。
うーん、と林杏が首を捻る。
「恋華宮の侍女は、全員が皇太后様によって選出された樹家出身の人材ばかりで、すごく優秀なんです。毒見も徹底していて、以前毒花を誤って持ち込んだ侍女は厳しく処罰されたと聞いたことがあります。だから可能性は低いかと」
(ああ……)
毒を持つ花には、見た目が美しい種のものも多くある。
それを知らずに愛でてしまう女性というのは珍しくない。
「なるほど……林杏、ありがとうね」
紹介された侍医や医官の全員が、無能ということはあるまい。
若晴から薬の調合について一通り学んだ依依だが、専門家である彼らより優れた見識が自分に備わっているとまでは自惚れない。
(病なのか、毒なのか、呪いなのか)
身内の助けはあったといえども、疑う視線は数多かった。
瑞姫や侍女たちは肩身の狭い思いをしたことだろう。
皇太后は必死に我が子を守ったのだと思われる。彼女の尽力あって、瑞姫は安全な後宮に留まることができている。解決策もないまま都を出ていれば、瑞姫の症状は悪化の一途を辿っていたかもしれない。
しかし純花を取り巻く問題は解決してみせた依依だが、呪いやら何やらについては門外漢なのは否めない。
そういった方面で頼りになる人物――というと、依依の脳裏にはひとりの顔が浮かぶ。
「……次は、あの人に聞いてみるしかないわね」
あまり気は進まないが、彼女が適任だ。
依依はさっそく、とある人物に訪問したい旨の文を書いた。
返事は、その日のうちに届いた。
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