第56話.純花との再会
(やっぱり、こうなったわね)
と思う依依の眼前。
そこには依依――ではなく、依依そっくりの顔立ちをした少女が立っている。
「お姉様、お久しぶりね」
笑顔を浮かべているのは純花。
容姿こそ似ているものの、田舎育ちで男勝りな性格の依依に対して、純花は生粋の灼家の姫君だ。
赤く艶やかな髪に、同じ色をした長い睫毛。
赤銅色の瞳は星のようなきらめき。整った鼻筋、薔薇色の頬、紅で色づいた唇は可憐極まりない。
依依にとって双子の妹である純花だが、何度眺めても感嘆の溜め息が出てしまうほどの美少女だ。
そんな純花は賢妃として後宮に入っている身。
彼女が男だらけの集まりである武官寮に居るのは大問題なのだが、これには事情がある。
皇帝である飛傑が、直接純花に依頼したのだ。
『灼純花の名と身分を、依依に今一度貸してくれないか――』と。
(あの人がそう言い出すのは、予想の範疇だったけど)
それが最も手っ取り早い手段だと、飛傑は最初から考えていたのだろう。
飛傑の命により、後宮に住む瑞姫という皇妹に会いに行くことになった依依だが、皇帝付き武官といえども後宮内をひとりで出歩くのは人目につく。
それに依依と純花の顔立ちは似ている。後宮内を堂々と闊歩しては、誰にいつ、依依の正体が看破されるか分からない。
また一介の女官に扮したとして、女官風情が皇妹に何度も会いに行くというのも現実的ではない。
それならば一時的に瑞姫の女官になるのはどうかと依依は提案したが、それも飛傑に却下された。
仙翠をはじめとする瑞姫付きの女官たちは、瑞姫が体調を崩してから神経を尖らせており、部外者が近づくのを厳しく制限しているそうなのだ。
……と、様々な条件を吟味した結果、依依が再び純花の身代わりとして後宮に参じることになった。
賢妃である純花ならば、瑞姫に会いに行ってもそこまで不自然ではないからだ。
純花は今日、後宮内から外廷へと繋がる唯一の抜け道を使い、清叉寮にやって来た。
その道はもともと、彼女が可愛がる
「久しぶり、純花」
そう軽く返す依依。
二人は清叉寮の裏庭にある物置小屋の中で向かい合っている。
小屋は古くから建っていたもので、以前は仕置き部屋として使われていたらしい。
宇静が将軍でなかった頃は、武官寮内で日常的に体罰が行われていたそうだ。血痕らしいものもいくつか見つけていた。
(これは純花には内緒だけど)
依依が手ずから壁や床板を取り替えて熱心に掃除したので、きっと純花も許してくれることだろう。
すっかりこぎれいになった小屋を物珍しげに見回してから、純花はじっとりとした目つきで依依を睨む。
「いろいろと言いたいことはあるわ」
「そうよね」
「でもわたくし、我慢しているの。なんでか分かる?」
「なんで?」
「ちょっとは考えてよ」と武官服の袖を引っ張る純花。
「お姉様はわたくしが困っているときに助けてくれたから、わたくしもお姉様を助けてあげたいの」
「純花は優しくていい子ね」
いい子いい子、と可愛い妹の頭を撫でる依依。
口元を緩ませていた純花だが、しばらくすると慌てたように手を払った。
「でも、わたくし以外の女に会いに行くなんて許せないわ」
誤解を招く物言いである。
「私じゃなく皇帝陛下からの依頼なのよ?」
「どちらにせよ他の男の頼みでわたくしを利用するなんて、許せないわ」
皇帝の奥さんの台詞とは思えないことを宣う純花。
「しかも女官になってってお願いしたのに、まだ武官のままだし!……まぁ、許してあげるけどね」
やっぱり純花はいい子だ。
依依と純花はお互いの服を手早く交換していく。
武官服を着て、髪を隠すための頭巾を着ける純花はどこか懐かしげだ。
「またわたくし、記憶喪失にならないといけないわね」
おかしなことを真面目な調子で言うので、依依は笑ってしまう。
「そうね、お願い。
「あの人たち、気はいいけれど失礼なことを平気で言うのよ」
依依の同期である涼や、先輩武官である牛鳥豚は面倒見がいい。
また依依が記憶喪失になったと聞いても世話を焼いてくれるだろうが、依依と異なり純花は運動が苦手だ。その点を指摘されて以前も純花は怒り狂っていた。
「そういえば太っちょって言われてたわね」
「そこまでは言われてないわよ!」
着替えを終えた純花が、後ろ手に隠していた何かを依依に差し出す。
「……お姉様。お守り代わりに、あげる」
「これは?」
「香袋よ。わたくしが作ったの」
緋色の香袋を手渡された依依は目を瞠る。
布の上には、金糸によって縁取られた
何度も何度も針を刺して、丁寧に形作っていったのだろう。
一日や二日で作れるとは思えない。きっと何日も時間をかけて、依依のために用意してくれたのだ。
淡い花の香りを感じ取りながら、依依は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう、大切にする!」
なくさないよう、しっかりと懐に入れておく。
ぽんぽん、と軽く叩いてみると感触が返ってくる。離れていても一緒に居ると、純花が伝えてくれているかのようだ。
「純花は刺繍や裁縫が得意ですごいわね」
「ふ、ふん。別に大したことじゃないわっ」
純花は照れたようで謙遜するが、本当に見事な腕前だ。
依依は破れた服を繕って補修することはできても、こんな風に美しい刺繍を施すことはできないのだから。
「そんなに言うなら、……こつを教えてあげてもいいけれど?」
上目遣いで見つめてくる純花。
「いえ、遠慮しておく」
「なんでよ!」
「細かい作業、得意じゃないし」
そう断ると、純花はぷりぷりと怒り出してしまう。
宥めるのに苦労した依依は、妹が二人きりで過ごしたいがための申し出をしたということには、まったく気がついていないのだった。
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