第31話.集う四夫人
四夫人のひとりである、淑妃・
他の四夫人たちも招いてのお茶会の招待状を受け取った依依は、さっそく
明梅はすぐに頷いてくれたのだが、林杏はしばらくわなわなと震えていた。
「参加するなんて正気じゃない。あなたのことだもの、何か粗相をしでかすに違いないのに……」
「じゃあ、行かないほうがいい?」
「そんなの駄目に決まってます! 欠席なんてしたら、円淑妃になんて言われるか!」
(どっち?)
そんな風にぷんすかしつつ、最終的に林杏も頷いてくれた。
その翌日である。
春彩宴ほどではないが着飾った格好へと着替えた依依は、二人の女官を従えて、深玉の住む
四夫人が集うといっても公式行事でなく、内輪でのお茶会なのだと文には書いてあった。だからもう少し気を抜いてもいいのではと依依は思ったのだが、林杏からはとんでもないと呆れられてしまった。
四夫人の振る舞いには、四家それぞれの矜持が掛かっているという。依依がみすぼらしい衣装を着ていれば、それは家の品位を貶めることになるのだと。
(面倒ねぇ)
灼家は、依依にとっても実家となるわけだが、個人的にはなんの関わりもないので「お家のために!」とか思ってもあまり実感がない。
そのため依依はもっぱら「
最近は灼夏宮の庭を走り回って棍棒を振り回すくらいしか運動もできていないので、荷重訓練にもなる。
「灼賢妃、お待ちしておりました。既にお三方は揃っておられますので」
宮の入り口で応対してくれた女官が、ひややかな顔つきで頭を下げる。
(そうなの? 早く来たつもりだったんだけど……)
到着が早すぎてはいけないが、四夫人の中では最も位の低い純花が遅刻するわけにはいかないと、林杏が時間を調整してくれていたのだが。
「最悪だわ……! きっとあたしたちにだけ遅い時間を知らせていたのよ!」
回廊を進む間、何やら後ろから悔しげな呟きが聞こえてくる。
地団駄は堪えてね、と依依は心の中で林杏にそっと話しかけた。
そんな一悶着もあったが、無事にお茶会の会場である庭院へと辿り着く。
満開の白い梅が整然と咲き誇る様は、まさに風光明媚で、依依は瞳を輝かせて見回した。
朱塗りの太鼓橋がかかる池に落ちる、白い花びらの一枚さえも計算され尽くされているようで、うっとりとするほど美しい庭だ。
「すごい、立派なお庭ね。枝伸ばしっぱなしの灼夏宮とはぜんぜん違うわ」
歯に衣着せぬ物言いに、案内役の女官がくすりと笑う。しかし林杏はすごい顔をしていた。失言だったらしい。
袖で口元を押さえた依依は、案内役のあとに続いて、梅と同じくらいに白い敷物の道を進んでいく。
白い景色の中に、一層映える美女が現れたのは、その数十秒後のことである。
「――ようこそ、灼賢妃。お待ちしておりましたわぁ」
立ち上がり、語尾を伸ばした言葉を放ったのは深玉だ。
本来は位の低い妃から他の妃へと挨拶すべきなのだが、今回はお茶会の主宰である深玉から出迎えてくれたのだろう。
春彩宴でも見かけたが、容姿の華やかさにおいては妃嬪の中でも随一ではなかろうか。
少し色素の薄い髪は結い上げ、こぼれた毛は色っぽく肩や鎖骨に影を落としている。
鼻先にむんと漂うのは、濃い白粉の匂いと強い香水の香りだ。
春彩宴のときと同様、豊満な胸元を強調するような衣装をまとっているため、あだめいた妓女のようにも見えるが――決して下品に感じないのは、深玉が胸を張り、堂々と着こなしてみせているからだろう。
そんな彼女に微笑み返し、依依は丁寧に頭を下げる。
「円淑妃。この度はお招きいただきありがとうございます」
「ご到着が遅いものだから、何かあったのかと心配してしまいましたわぁ」
眉を寄せて、深玉が笑う。
後ろでぎりぎりぎり、と林杏が歯軋りをする音が聞こえた。彼女は深玉が苦手らしい。
遅刻を林杏たちのせいにするわけにはいかないし、深玉に責められるのもいやだったので、依依はとっさに答えた。
「ええ。あまりにも白梅が美しいものだから、道に迷わされてしまったのかも」
「……まぁ」
深玉が目を見開く。
それからぽってりとした唇を舐めると、少し悔しげに。
「嬉しい誉め言葉ですわねぇ。さぁ、どうぞ席に。もうみな様、揃い踏みですから」
どうやら返事としては及第点であったらしい。
打って変わり、ふんふんと満足げな鼻息をこぼしている林杏と、明梅を後ろに連れて、依依は空いている南側の席へと向かう。
東側に貴妃・
西側に淑妃・円深玉。
北側に徳妃・
それぞれの家の治める領土の方向に合わせて、庭院に設けられた席には四夫人たちが座っていた。
日除けの傘の下に入った依依は、彼女たちとも挨拶を交わした。桜霞は相変わらず友好的だが、桂才は心ここにあらずという様子でぽーと空を見上げており、何を考えているかよく分からない。
それにしても、後宮で最も気高き華たる彼女たちが勢揃いしている様は圧巻である。
(でも、もしかしたらこの中に、純花を狙っている人が居るのかもしれない)
四夫人の立場には序列があるものの、現状での大きな差はないのだと純花は言っていた。
というのも話は単純で、この中の――もっと言えば、後宮内の誰ひとりとして懐妊していないからだ。
皇帝の子――
そのため、純花を蹴落とそうと考える人間が居ることはおかしいことではないらしい。
(きっと今日、このお茶会で手がかりを見つけてみせるわ!)
それを思うと依依の目はぎらぎらしてしまう。
あまりに眼力が鋭かったのだろうか。桜霞がおっとりと首を傾げていた。
「大丈夫ですか、灼賢妃。目が血走ってらっしゃるような……」
「あっ、すみません樹貴妃。寝不足なだけですから、ご心配なさらず」
目元を拭って誤魔化していたら、深玉つきの女官が、茶器を乗せた茶盤を手にやって来た。
「今日のために用意した花茶ですわぁ。みな様のお口に合えば良いのですけれど」
まなじりに強い朱を引いている深玉が、うふふと笑う。
こうして、四夫人揃ってのお茶会が始まった。
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