第32話.探ろうとしたら
――それぞれの妃について。
依依よりも彼女たちを知っているだろう純花から、個人的な感想は聞いてきている。
それらを頭の中で依依は紐解いていく。
まずは貴妃、
年は十七歳だから、彼女は依依よりひとつ年上だ。
桜の精と呼ばれる絶世の美女で、二胡が得意なため、楽の才により貴妃の座を射止めたと言われている。
林杏によれば、皇帝からのお通りは最も多く、最初に懐妊するのは彼女ではないかと後宮内では噂されているらしい。
そんな桜霞への純花の印象は、
(『いい子ちゃんぶってて、むかつく。腹の中はきっと真っ黒に違いないわ!』)
……とのことだった。
次に淑妃、
年齢は二十歳で、外見も華やかで色っぽい。舞踊に秀でており、舞の才により淑妃の座に選ばれたと言われている。
また、美しいものや珍しいものに目がなく、後宮内の流行のほとんどは彼女が作り出しているのだそうだ。
そんな深玉への純花の印象は、
(『減らず口ばっかり叩くし、わたくしの赤髪を売り物扱いしてきた下品な女』)
……ということらしい。
最後に徳妃、
年齢は二十二歳と、皇帝である
着飾るのは好きではないのか、四夫人内ではかなり地味めな化粧と服装だ。本人も物静かな人物で、詩吟の才により徳妃の座に上ったと言われている。
そんな桂才への純花の印象は、
(『陰気な根暗女。ぼそぼそ喋るし、あんな女は妃に相応しくないわ!』)
……うん。
ここまで反芻したところで、依依は思う。
(純花、悪口しか言ってないんだけど!)
我が妹ながらちょっと心配である。
だが、全員に対して純花が猜疑心を抱いているのは事実だ。そこは依依としても見過ごせない。
――さて、四夫人と腹心の女官のみが集うお茶会の始まり。
四夫人が集う場なんてそうそうないだろうから、依依としてはこの場で積極的に情報を集めたいところだ。
林杏に散々脅しつけられていたし、純花からも四夫人の悪い評判しか聞いていなかったので、依依が想像していたのは腹の探り合いである。
しかし、始まってみると雰囲気はわりと和気藹々としたものだった。
給仕役の女官が持ってきたのは、珍しい硝子製の茶器である。
その中に、瓶詰めされていた茶色い玉のようなものを入れる。
女官がとぽとぽとお湯を注いでいくと……丸まっていたそれが、少しずつ開いていった。
そこでようやく、その正体が茶葉だったのだと依依は思い当たった。
(おお……)
同じく見つめていた妃嬪たちも、それぞれ表情を緩ませる。
「……綺麗」
「茉莉花茶ですわね。風に乗って、上品な香りも感じられます」
「本当に。すごく美味しいです」
「うふふ、そうでしょう? 時間をかけて何度も、茶葉に茉莉花の香りを移していていって……って、あなたはどうしてもうお茶請けのお菓子を食べてるのよぉ!?」
急に顔を真っ赤にして怒鳴った深玉と、自分用の卓子に置かれた皿の上を交互に見る。
ちなみに日傘の後ろに立つ林杏はといえば、深玉と同じ顔色で歯軋りしていたのだが、やっぱり気がつかない依依であった。
「いえ。お菓子だけではなく、干した
「そういう問題じゃないのよぉ!」
「……? あっ、よろしければ円淑妃もご一緒にいかがですか?」
「『名案を思いついた』みたいな顔しないでくださる!? あのねぇ、今は花茶が花開くところをみんなで楽しむ風流な場面なのぉ!」
何やら主宰の深玉には、お茶会の進行に並々ならぬこだわりがあったらしい。
申し訳ないことをした、と思いつつ、焼いた生地をくるくると巻いた蛋捲の最後の一本を、依依はもぐもぐと食べる。これ、すごく美味しい。
それを見ていた桜霞が、くすりと笑みをこぼした。
「……お茶会は始まったばかりですけれど、なんだか楽しいです」
依依と深玉が同時に見ると、桜霞が柔らかく微笑む。
「わたくしたち、今まで灼賢妃のことをよく知らなかったのですね。だから円淑妃も、こうして彼女のことを知ろうと会を開いてくださったのでしょう?」
(え? そうなの?)
まじまじと見ると、深玉はどこか拗ねたように唇を尖らせている。
「……あたくしは別に。ただ、晴れやかな宴の場で階段から落っこちるなんて真似をした誰かさんを、嗤ってやろうと思っただけですからぁ」
「え? 誰か階段から落ちた方がいらっしゃるんですか?」
「それわざと言ってるのぉ!? あなたよ、あなた!!」
尖った爪の先を突きつけられ、依依はきょとんと目をしばたたかせた。
桜霞も、心配そうに眉を下げている。
「春彩宴のときは、大丈夫でしたか? まさか階段から落ちてしまわれるなんて……」
「ああ、それなら平気ですよ。頑丈ですので」
依依は笑い返したが、桜霞はどこか申し訳なさそうだった。
「助けられた妃も、とても感謝していましたわ。本来ならすぐに灼夏宮にお礼に伺うべきだと、本人も承知しているのですが……」
なぜかそこで、桜霞が言葉を濁す。
依依は「いつでも歓迎しますけど」と答えたが、そこで深玉がふっと小馬鹿にするような笑みを漏らした。
「あらぁ、今日の灼賢妃は本当に鈍感ねぇ。肝試しじゃあるまいし、誰も呪符の貼られた宮になんて行こうと思わないでしょう?」
「あ……」
依依が呟きを漏らすと、桜霞が咎めるような目で深玉を見る。
だが深玉は肩を竦めて、気がつかない振りを決め込んでいるようだ。
(そうだった。純花は、呪われた妃って呼ばれているのよね……)
林杏と明梅がありがちな態度で接してくれるから、うっかりしていたけれど。
純花の身の回りでいくつかの不審な事件が起き、そのせいで四人もの女官が後宮を逃げだしたのだ。
きっとあることないこと言われて、今まで純花たちは肩身の狭い思いもしていたはずだ。
そういえば春彩宴のとき、桜霞も言っていた。
初めて、目を合わせて呼んでくれましたね――と。
(だから純花は、他の妃たちと積極的な交流ができなかったのかも……)
彼女たちに対して、ほぼ悪口みたいな印象しか残っていないのもそれが遠因なのだろうか。
それを思うと、ますますなんとかしなければという思いが強くなる。
しかし同時に思うのは。
(四夫人の人たちは、ちっとも怪しい感じがしない……)
単純に仲良しこよし、というわけではないとは思う。
ただ、桜霞と深玉には人前でそれなりの交流を育むだけの余裕があるように思える。風流たれという後宮の不文律を、優雅に守って過ごしているのだ。
依依を心配する言葉は本音のように聞こえたし、それならば純花に対して嫌がらせなんかしないだろう。
(うーん、でも決めつけるのは早いわよね。何か探りを入れようかしら……)
依依がそう思った直後、変化があった。
それまでほとんど口を開かなかった桂才が、唐突に席を立ったのだ。
何事かと見上げる妃たちの視線を浴びながら。
無表情の桂才が、じっと依依を見下ろす。
なんだろうとどぎまぎしつつ、依依は彼女を促した。
「潮徳妃? どうかされましたか?」
すると近づいてきた桂才が、ずいっと顔を寄せてきた。
依依の耳元で――女にしては低い声で、ひっそりと彼女は囁いたのだ。
「あなた、灼賢妃ではないですね」
依依は、驚きのあまり後ろにひっくり返りそうになった。
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