02 魔法。





 東から射し込む陽射しを、左手に集める。

 生い茂る庭園は、花と草に満ちていた。蓮華の花畑に座り込めば、フワッとして柔らかくて気持ちが良い。

 ロシエルが、私の掌にたんぽぽの種を置いた。それだけでたんぽぽの黄色い花が咲く。みるみるうちに、黄色い花びらは純白になり、そして白い綿となって、スカイブルーの空へと舞い上がった。


「すげーな、リズお嬢。魔法がもう使えるなんて!」


 口をあんぐり開けて、綿毛を目で追いかけたロシエルは、大喜びする。


「成長を早める魔法よ。東の陽射しと魔力を混ぜ合わせるだけで咲くの」


 本で見た。


「でも、魔力の使い方って、十二歳になったから学校で教えてもらうんだろう?」


 魔法学園の入学は、十二歳。魔法を使えるほどの魔力を持つ子どもは、入学を勧められる。それまでは、使えないことが当然だ。


「この魔法は、陽射しと魔力が合わさればいい。だから陽射しを浴びた左手に集中してみただけ」

「……ふーん」

「わかってないわね」

「うん」


 適当に相槌を打つロシエルは、あっさりと白状した。

 教えてあげることにして、私は左手をロシエルの右手と重ねる。

 今は私の方がちょっぴり大きいけれど、ロシエルの方が指が少し太い。私が細すぎるせいね。でも、互いに感触はもちもちしている。


「熱を感じるでしょう?」

「うん。いつもより熱い」

「それをもっと熱くさせるイメージをするの」

「わかった」


 ロシエルはコクンと頷いて、東の太陽に種を乗せた左手を掲げた。

 すると、また綿毛がスカイブルーの空に飛んだ。


「うわっ、出来た!」


 ロシエルは声を弾ませた。無邪気な笑みが咲いている。私に向ける瞳は爛々としていた。


「もっと教えて、お嬢」


 そう言ってロシエルが、私の両手を握る。

 もう一つ、出来そうな魔法は何かと思い出してみた。


「光の魔法がいいかな。太陽の光を力に変える」


 ロシエルに一度手を放してもらい、両手を空に向かって広げる。熱を集めるように、また集中した。

 両手からドーム状の光が集まり、それが大きくなると一つのドームとなる。その中は、キラキラと金のラメが輝くように漂っていた。

 私もロシエルも眺めていたけれど、ロシエルはそっと私の手と重ねる。一緒に光のドームを持っているみたい。

 すると、そこで私の両手が、大きな手に掴まれた。

 不完全な魔法は、溶けて消える。


「だめじゃないかっ!」


 止めたのは、ロシエルの父ロダン。

 珍しく取り乱した風に、声を上げた。


「魔法は学校に通ってから使うものだ、リズティアスお嬢。ロシエルもだ」


 膝をついて、ロダンさんは私達を叱る。


「魔法は強い。間違った使い方をしたら、誰かが怪我をしてしまうかもしれない。だから学校で学ぶんだ」

「……ごめんなさい」


 私が謝ると、ロダンさんは満足そうに笑みで頷いた。

 それから私を立たせると、ロシエルの手も引いて、屋敷の中にいるお父様の元まで連れて行かれる。

 お母様とソファーで寄り添っていたお父様は、魔法と使った件を聞いて、顔をしかめた。


「早すぎる……十歳頃だろう?」

「早咲きだな。これから目を光らせないと」


 深刻そうな会話から、通常は十歳を超えてから始めて使えるようになることを思い出す。

 ゲームの主人公は異例の遅咲きで、途中から魔法学園に入学する。わからないことだらけで不安な主人公に、容姿端麗の攻略対象者達が手を差し出す。

 魔力が暴走しないためにも、学園に入学する。魔法は危険な代物。

 私は反省して俯いた。


「ごめんなさい……」

「わかればいいんだ、リズ。ロシエルも聞いていくれ。魔法を使うと、自分または他の誰かを傷付けるかもしれない。十二歳になって魔法学園に入学するまで、使わないと約束をしてくれ」


 お父様は床に膝を置くと、私とロシエルの手を握り締めて、真っ直ぐに目を覗き込んだ。

 見つめ返して私は、コクリと頷いて約束した。

 続いてロシエルも、コクンコクンと頭を縦に振る。


「よかった。……暫くは家にいられるから、うっかり使わないように見張る」


 私達の頭を撫でたあと、お父様はロダンさんに顔を向けて見張りを頼んだ。

 使い始めたことがきっかけになり、暴走を恐れている。

 護衛も務めているロダンさんは、適任だ。

 お父様も一緒に家で私達の様子を見張る。

 悪いことをして叱られた気分になり、しょんぼりした。

 でもお母様が手を差し出して、どんな魔法を使ったのかと尋ねたので、隣に座って綿毛を飛ばしたことを話す。


「それは見てみたかったわ」


 微笑んで、私の髪を撫でてくれた。


 翌日。

 私は書斎部屋の中にある魔法に関する本を抜き取る。そして、お気に入りの窓辺に座って読んだ。


「……リズお嬢。使わないって約束しただろ、なんで魔法の本を読んでるんだ?」


 家事の手伝いをしていたロシエルが覗き込むと、首を傾げて理由を問う。


「使わないとは約束した。でも、学んではいけないとは言われていないわ」


 そう答えたあと、入り口から私を見張っていたロダンさんに目を向けた。学ぶことは禁止されていない。

 ロダンさんも肩を竦めるだけで、止めなかった。


「……お嬢。読み終えたら、オレに貸して。オレも同じ魔法を学びたい。大きくなったら、また一緒に魔法で遊ぼうぜ」


 私の右手に左手を重ねると、ロシエルはニカッとはにかんで笑った。

 大きくなったら、か。

 十二歳になった頃に、またそう言ってくれるのかしら。

 でも、まぁ、遊べたら楽しそうなので、私は微笑みを返して頷いた。





 

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ステキな性格の悪役令嬢。 三月べに @benihane3

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